2011年9月29日木曜日

サイパン

   今日はちょっとナーバスなお話になってしまいそうです。でもこれがサイパンの現実。

私が「サイパン」を知ったのは小学4年生の時でした。夏休みの課題で「読書感想文」を書く学年になり、祖父が書店で買ってくれた1冊の本。第二次世界大戦時のサイパン。戦火の中の日本民間人のお話でした。「玉砕って何?」「サイパンって何処にあるの?」祖父に質問をしながら読みました。短大を卒業して、旅行会社に就職し「サイパン」を販売する事になりました。ハワイを小さくした島がグアム・グアムを小さくした島がサイパン。そんな事を教わりました。入社して3年程経った頃でしょうか?運輸省(現在:国土交通省)からのFAXを読みました。サイパンに大型台風が直撃して、島のホテル・空港の使用ができずツアー販売にSTOPがかかりました。「台風:キム」その数年後、サイパンに来てお世話になった方から「キム」の話しを聞きました。日本で運輸省からのFAXを読んでいた時、自分がそのサイパンに住むとゆう事なんて想像していなかったし、小学4年生の時もそう・・・本の中の島に自分が住むなんて思ってもいなかった。そう思うと、人生って面白いと思う。

   今年11月でこの島に来て21年目に入ります。山もジャングルも変わっていないけど、繁華街も住んでいる人達も大きく変わりました。でも私以上長く住んでいる友人はもっと昔のサイパンを知っていて、島の半分はジャングルだったよ・・・と言っています。舗装された道など1本しか無かった島。信号なんて無かった島。それが今では道の殆どは舗装され、片側2車線の道路ができて・・・便利になった。

   でもガソリンは高くなった。物価も上がった。便利になればなるだけ人がこの島に入ってきて、韓国系・中国系・日本系等のお店がどんどん出来て簡単に品物が手に入るようになった。でも世界経済が悪くなるにつれて、サイパンはそれ以上の速さで経済の崩壊が始まり、今では政府にもお金がない状態になり、沈没寸前。頼みの綱の日本人マーケットの観光も衰退し、飛行機さえ飛んで来ない状態。成田からの便はジャンボ機から小さな飛行機になり、その席数はジャンボ機の座席数の半分以下。それでもガラガラで飛んでくる。

   2年前、アメリカ連邦法が導入され、この島で暮らす外国人のこれからの行方が先日発表されました。この発表に混乱しているのは、外国人だけでなくこの島の人達もそうです。
先日、ローカルの政府職員の女性がこんな事をカシラに言ったそうです。「先日、ロタに行ってきたんだけど、お米が50ドルもしたのよ。外国人がこれからどんどん島から出て行くだろう。でも外国人だけじゃない、ローカルの人達だってどんどん出て行っている。消費が落ちて物価がどんどん上がるだろう・・・そうしたら私達ローカルはこの島で生活できなくなってしまう」と・・・仕事があって物価が上昇するのは理解できる。でも仕事が無くて物価だけが上昇すれば、本当にこの島の人達は暮らしてゆけない。

   2年前、連邦法が導入された時にアメリカは外国人に永住権を出すと言ったのですが、島の知事が猛反対。血統主義の島。外国人が永住権を取得した場合、7年後には選挙権が出てしまう。ローカル政権が維持できなくなる恐れもある。グアム・ハワイの二の舞になる。これでかなり混乱して、今年11月28日をもって連邦法導入時にサイパン政府が出した、2年間滞在許可のビザが切れてしまう。そして今になってそのビザに変わる、アメリカのビザの種類が発表された。でもそれは外国人労働者にとってメリットがあるものではないし、ビザが取得できても経済がこの状態じゃ暮らせない。

   アメリカ人の友人達がもう何人も母国に帰った。日本人も韓国人も「この島に先がない」みんな同じ事を言って帰ったのです。外国人だけでなく、この島の人達もこの先のサイパンに大きな不安を抱えているのが現実です。今日の新聞では、消費を落とさない為に外国人をこの島に置いておかなければ物価が上昇して島の人達もみんな暮らせなくなる。とゆうコメントが掲載されていた。賢い人はちゃんとこの先を見ていたわけですね・・・

   先日もサイパンに住むダイバーから「サイパンはこの先、どうなってしまうんでしょうね・・」と言われた。「私達が何を悩んで不安を抱えても、法を変える事はできないし、飛行機を飛ばす事もできない。状況に応じて自分達を変えてゆくしかない」それだけは確実に分かっている事です。もう長い時間、みんなの会話は「今後のサイパンの行方」だった・・・正直、もうウンザリだった。「なるようにしかならない」個人の力ではどうする事もできない。
だから今日を楽しむんだ・・・今日の海や空を思い切り楽しむんだ。今日って1日をこの島に住んでいるこの1日を笑って暮らしたいと思う。私はこの島が大好きだから。海も空もジャングルも空気の匂いも雨の匂いも・・・花が咲く道も、そしてこの島の人達が好きだから。

   ビザが取得できても、どうしようもならない程、サイパンの経済は崩壊し盛り上がる力を失っている。夕日が綺麗な日はこの島を心の底から愛しく思う。

2011年9月28日水曜日

満月の夢

   黒い画用紙の真ん中をくり抜いたものじゃないですよ。
これは今月12日の「中秋の名月」でございます。今になってこの話題ですみません。

昔、祖父に「満月の中でウザギがお餅をついているよ」と教えられました。山から昇った明るい満月の下、祖父が池の淵に生えたススキを切って母と祖母がお団子を作りそのお供え物の傍で満月を見ていた幼い思い出。小さい頃から満月が大好きでした。満月が出ると、いつも外に出てポケーっとしている姿は時に親を心配させたようですが・・・

満月になると「月の中でお餅をつくウサギを見られる」とゆう知識?を持ってから間もなくの事だったと思います。アメリカがアポロ11号の月面着陸を成功させた映像をテレビで観ました。家族は科学に感動し画面に釘付けになっていました。私は違う意味で釘付けになっていました。それは「お餅つきをしているウサギを探していたのです」

アポロ11号から送られてくる映像はウサギどころか、かぐや姫どころか・・・月面に点在するクレーターだけ。「この1歩は1人の人間にとって小さな1歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」アポロ11号アームストロング船長が言った有名な言葉ではありますが・・私には「人類にとっては偉大な1歩だが、私にとっては夢破れる現実を知る第1歩だ」とゆう感覚でしたね。

その反動か?20代になり満月を見るとやたら血が騒ぎ、吠えたくなった。狼女か?性格変わる?よ~く考えてみれば、岐阜の長良川で夜中にサーファーの友人達と泳いだ事もあった。この日も満月だった。友人達とドライブしていて車の窓を開けて「ガッー」と吠えた事もあった。これは20代後半でサイパンに来た時も同じ事をした。今は月光浴をしています。カーテンも閉めず、ベッドの上で月の光を吸収している。宇宙人みたい。でも地球に生息しているだけで、他の星から見れば地球人だって宇宙人なわけだから・・・それでいいのか・・



   今は満月を見ると落ち着いた行動をとっています。吠えたくなる衝動も抑えられる大人になりました。でも「今日は満月だ!」と思うと、外に出てポケーっとしています。その行動は時にカシラやコガシラを心配させているようです。幼い頃に親を心配させたような感じ?

「大丈夫?」カシラとコガシラに声をかけられる。

その声に雰囲気をぶち壊されてしまう現実。「私はあっちの世界と交信している」と言わないだけまだ2人はホッとしているようですが・・・・


   コガシラが小さい頃に「満月の中でウサギがお餅をついているよ」と話した事があります。コガシラは「感動」していました。現在、コガシラに「満月だよ!ウサギがお餅をついているよ!」と言うと「はいはい。分かったから・・部屋から出て行って!」と「勘当」します。あんまりだ・・・・

2011年9月27日火曜日

なんとなくね・・・

   先日の十五夜の月をお客様とビーチに行って見てきました。何枚か撮った写真の中でなんとなくね・・・こんな写真を載せてみました。

   月の光が海面を照らしている風景が大好きです。サイパンで1番好きな風景です。

2011年9月26日月曜日

何でもやってみるべきだね。

   24・25日とボートでお客様にくっついてテニアンに行ってきました。(船中泊)
ボートをチャーターしてのツアーでした。カシラは北島等も行っているし、このツアーも初回じゃないので船中泊ってのはよ~く知っている。でも私は生まれて(47年前に)初めての体験だったわけです。写真が1枚もないのは、船酔いしたローカルのおじさんに付き合っていたからです。

   このおじさん、サイパン生まれのサイパン育ち。海には強いはずなのに、ポイントで止まっていると船酔いをし船が動き出すとすぐに元気になる。とゆう面白い?おじさんでした。「なんでお前は船酔いしないんだよ」と言われても何と答えて良いのか?私は大なり小なりの船でも船酔いをした事がない・・・

   私に船酔いの「トラウマ」が無かったわけじゃないと思うんです。学生時代の友人が大型客船の客室乗務員をやっていた時、初回の航海がグアム・サイパン1週間。彼女は酷い船酔いをしてその様子を詳細に教えてくれた事がありました。だからおじさんがローカル英語の聞き取りにくい英語で苦しさを訴えても「あぁ~彼女はこんな状態だったのか・・・」と思ってしまったのです。おじさんは「&’)&$$’()%$#(なまりの強い英語)マタイ」と言いました。「マタイ?何て意味だったっけ?」と聞くと「死ぬって意味だよ」とおじさんは言った。チャモロ語なんですけどね。

   船が動きだすとおじさんも動き出す。その時にご飯を食べている。でもまたポイントに着いて船が止まると気持ち悪くなって吐いてしまう。梅干しをあげた・・・手に「船」と3回書いて舐めて!と教えたけど、船とゆう漢字を教える時に一点に集中させると気持ち悪くなのから「ボートと手に書いて!」と言いました(効果なし。やっぱり漢字で書かないとダメなのかな?)

   みんながダイビングしている時にクルーが「大丈夫か?船酔いはないのか?」と聞いてくれるけど、大丈夫!きっとカップ麺も平気で食べられる状態だと思う。と言った横でキャプテンがカップ麺を食べていた。私にもくれたけど・・・その横でおじさん吐いている。でもその横で私は食べていた。クルーは「お前は頑丈な奴だ」と言っていた。そうじゃない・・止まっている船は波で揺れている、そこで私が動いたらスープがこぼれてやけどするだろ!とゆう想定で動かなかっただけ。

   夜になって「おやすみ」の時間。寝られる場所を探した。1m程の幅のスペースにカシラと寝た。横にはカシラ、横にはジェネレーターの騒音が聞こえる穴。そこで爆睡した。絶対に眠れないだろう・・と思っていたけど、驚く程に寝た。自分は案外、神経図太いんだと思った。普通の女性よりも図太いと思った。もっと繊細な人だと思っていた。案外、自分でも分からないもんですね・・・いえ・・昔から何となく「そんな部分もあるんじゃないかな?」と思っていたのは、昔、旅行会社にいた時に添乗業務で海外に行っても、どんな物でも食べられる自分がいた事。さすがにマレーシアの屋台でジュースに入れる氷を頼んだ時に泥の混じる地面の上で氷を割られて泥と土のついた氷をグラスに入れて出された時は拒否(ネズミが何匹も走っているのを見ていたから)それ以外はOKだった。

   しかし・・今回で本当に自分は基本的にその状況に応じてそれに馴染んでいける事を知りました。朝起きて、持ってきたテーブルコンロでお湯を沸かした(やかんも持参)インスタントコーヒーをみんなに配った。海の上で飲むコーヒーは美味い!おぉ~・・・・

   サイパンに戻り、ポイントでまた止まりおじさんは私を探している。話し相手をする事でおじさんの酔いは少し楽になるようです。船が止まる度におじさんは私を探す・・・
島の北のポイントに向かう。おじさんは元気だが、お客様にサイパンの説明をしてくれようとする。私に「通訳をしろ」と言う。おじさんが話してくれたのは、アメリカ軍の大型の船について・・サイパンの沖合に停泊している船の説明だった。元気なおじさんはどんどん話してゆく。めちゃくちゃ説明をしてくれる。北方面のポイントに到着するとおじさんはまた静かになって船酔いに耐える。その横でクルー達が朝食を食べている。昨夜の残りのご飯とスパム(ハムの缶詰)とコーンビーフの缶詰がおかずになっている。火を通す事もなく食べている。ドンニと言われる小さな唐辛子を少しずつ生でかじりながらご飯を口へ運ぶ。「食べる?」と言われたが・・・もう朝ご飯食べたところだよ・・でも少し頂いた。きっと家では絶対に食べないものだけど、船の上で食べると何故か美味しい。またその横でおじさんは吐いている。もう慣れた。

   サイパンの港に到着。24時間ぶりの陸地だった。船にまだ乗っているかのような感覚はなかった。ちゃんと足が地に着いている感触で動けた。昨夜はベッドの感触にワクワクしながらよく眠った。今朝「あれ?船に乗っている感じがする・・・」と思った。今、こうして書いている時も時々船の揺れを感じて、体が斜めになっているような感じがする。分かった!
私は鈍感だって事なんだ・・・今日は楽しかった船の余韻を楽しめそうです。

2011年9月8日木曜日

サイパンの酒問屋で・・・

   1週間程前、カシラが焚火塾の塾長に「酒問屋ありまっせ!」とメールをするとすぐに「行く」とゆう返信が・・・昨日サイパンに到着された塾長。「酒問屋行きますか?それとも今日は冷たいビールで?」と尋ねるとさすがに目の前の冷たいビールに勝てなくて?昨日はそのまま宴会モードに突入。飲んでいても、塾長の口から「明日は酒問屋、酒問屋」と・・

   塾長は定年後、体調を崩されていてサイパンに思うように来る事ができない2年間がありました。その2年間の期間中にこの酒問屋を知り、元気になられたら塾長とここに来よう!と思っていたから、それが叶い嬉しかった・・
塾長が借りられたレンタカーで行きました。

   裏道・裏道を通り「ここが酒問屋です。ここが駐車場です」と言うと塾長は「え!」と。確かにお店っぽくないし、大きな倉庫だけだし、人気はないし・・・錆びたフェンスに囲まれた酒問屋は廃墟のような倉庫に見える殺風景さ・・・小さなドアを入ると入り口に小さなカウンターがあり、暇そうにフィリピン人の女性が座っています。でもその奥にはビールやら焼酎やらワインのカートンが山積みされています。

   「ホント、倉庫みたいだね」塾長は目をキョロキョロ・・・「カタログ見せて」と女性スタッフに言うと、バインダーを出してくれました。カンウターの横にあるパイプ椅子に座ってカタログを開いてみるとその種類の豊富さに驚き・・・

   「これもいいね」「これもいいね」焼酎の種類は麦・米・芋・・・種類豊富です。
泡盛好きな私は「おおぉ~こんなのもある!わぁ~こんなのもある!」

   芋焼酎に関しては宮崎在住のお客様から「黒霧島」を頂き、それからこの芋焼酎のファンになったのです。それがここで買えるなんて・・・塾長はまだ飲まれた事がないらしく、迷わず「よし!これにしよう!」と・・・この芋焼酎はいつ飲もうかな?楽しみです・・・

   塾長ってばカタログから「これも、あれも・・・」と。
「えええええぇ~こんなにぃ?」とビックリな私。「これで滞在中は大丈夫ですね」と言うと塾長は「え?足りないよ。いいよ。また来たらいいんだから・・・」と。でも冷静に考えると足りない?かも・・・・昨夜だってスコッチを1本空けてしまったからなぁ~単純に計算しても5日間分しかないし、1日1本とも限らない。

   女性スタッフに「これとあれと・・・」と言うと彼女はレシートにそれを記載しながら驚きの表情になり、それがいつしか笑いになっていた。きっと呆れているんだろうな・・・業者ならまだしも、個人で一度にこんに買う人はいないんだろうな・・男性スタッフがお酒を箱に入れて持って来てくれました。「車まで持って行くよ」と笑顔。レジのお姉さんも笑顔。
私がお酒を抱えて塾長が運転。その時、倉庫の大きなシャッターが開いた。みんな笑顔でこっちを見ている。「有難う」って意味なんだろうか?それとも・・・考えない事にしよう。

2011年9月7日水曜日

おぉ~

   気が付くと9月じゃないか・・・・

ずっと天気が悪かったサイパンも数日前から太陽が見えるようになりました。するとやはり常夏の島サイパンでも何となく秋の気配が漂っています。太陽光がね、夏に比べるとおとなしくなったような・・・そんな気がします。

   昨夜は昔から随分とお世話になっている方に会いました。
「結婚は人生の墓場」とゆう言葉について話していたのですが・・・この言葉は女性に向けられた言葉だと私は思っていました。でもその方は「男性じゃなかったの?」と・・・因みにこの方は男性。「それは我儘でしょ・・・」

   でも今は「草食男子」「肉食女子」と言われる世の中です。「結婚は人生の墓場」これは男性に向けられている言葉に変わったかな?と思ったりしますよぉ~と・・・そんな会話を秋の夜長で楽しみました。

   12日は中秋の名月、サイパンで大きな月が見れるように・・・この天気続いてくれるといいな。