2010年10月30日土曜日

言霊

   先日、幼馴染のMちゃんが雑誌のコラムの話しをしてきました。そこには「言霊」とゆう言葉が・・・
人が話す言葉の中には魂がある。とゆう事で私は理解しているのですが・・・・

   そのメールを読んでいると姪とその友人が会話をしていた事を思い出しました。
数年前、2人はサイパンに遊びに来ました。姪は何度も来ているのですが、友人は初めてのサイパンです。美味しいレストランに連れて行ってあげよう!と思い行きました。セットメニューをオーダーしました。

   2人は一口食べると「やばっ!マジ、ヤバイ・・・」(姪)「わっ!ヤバッ!ホント、マジヤバイ」(友人)
の会話をしました。一口また食べると「やばっ!」(2人)叔母の私は「美味しくない?」と聞いてしまいました。2人は「美味しいよ。マジ美味しいって・・・ヤバッ!」と言っています。「ねぇ~どうして美味しいのにヤバイって言うの?」と聞くと2人は答えに困っていたようですが「めちゃくちゃ美味しいからヤバイんだよ」とゆう内容の返事をしてきました。分からない・・・

   それで2人の会話が成立しているからこっちも「やばっ!」となるわけです。このままじゃ日本語の崩壊は目の前だ・・・話を聞いていると全ての喜怒哀楽にこの「やばっ!」を使っているようにも思えました。
たまらず私は彼女達に言いました「お姉ちゃん達が貴方達の歳の頃にヤバイって言葉に発するようになったと思うけど、その時は本当にどうしよう!このままだったら・・・とゆう場面で使っていたよ」と話しました。(姪が小さい頃から私の事をお姉ちゃんと認識させている。本当は叔母にあたるのにお姉ちゃんと言わせているところが正しい日本語ではないけど・・・)

   滞在中、彼女達は数えきれない思い出を抱いて帰って行った。そして我が家で数えきれない「ヤバイ」を連呼して、私達の脳裏に確実に埋め込んでいった。そうなるとこの「ヤバイ」も現代日本語の言霊なんだろうか?

   しかし今でも不思議だ・・・「ヤバイ」だけの会話で「美味しいね」とゆう内容になるなんて・・・
もし姪が「ヤバイ」(美味しい)と言っても、友人の口がこの味を受け付けなかった場合「ヤバイ!気持ち悪くなりそう」(美味しくない)と思っているかもしれないじゃない?と思ってしまうのは私だけ?

   きっと「やばい!」とゆう会話をしていても顔の表情や声のトーンで理解しているんだろうな・・・
やっぱり携帯が主流な時代でも顔を合わせて話す事が1番で、その言葉の中には心を動かす言霊があるんだろうな・・・メールの文章の中で言霊とゆうのはあるんでしょうか?

2010年10月29日金曜日

人間の品位(SEA SHELL PINK)

   この鞄、ジュート(黄麻)で作られたもの。
ジュートと言ってピンとこない方もいらっしゃるかな?実は私、初めて聞く言葉でした。大量のコーヒー豆を入れるゴワゴワした硬い袋を思い出して下さい。それがジュート(黄麻)なのです。でもこの鞄はちゃんと布として縫製されているので表面は滑らかで手触りは普通の布と変わりません。でもジュートの強い繊維である良い特徴を生かして作られているので、型崩れもなくとっても優れものなのです。お手頃サイズでその用途は広い。化粧ポーチも楽々入る。これは女性にとって嬉しいですよね。

   他にもいろんな鞄がありますが、今回はこのジュートで作られたお薦めバックを紹介しました。

   アクセサリーも沢山あります。手作りのものが多いですよ。

   ここのお店は以前にも紹介した事があります。
「SEA SHELL PINK」 です。このお店の廻し者か?と思われるかな・・・私が19年前にサイパンに来た時、初めて入ったお店はがこの「SEA SHELL PINK」日本から持って来た夏服だけじゃ足りなかったし、このお店がいいよ。と知人に言われました。スカート2枚・白のパーカー・バナナの葉で作ったスリッパを買いました。デザインはシンプルだけど、不思議な事にブラウスにもTシャツにも合うスカート。何より着心地が良かったし楽だった。すっごくお気に入りになって毎日着ていたような気がします。何度も何度も洗濯をして着る繰り返し。それでも5年は軽く着れましたよ。島には沢山の服を売るお店があります。だけどこのお店は昔から島の人達が大好きなお店だし、日本からの観光客の方々にも沢山のファンがいる。サイパンで1番のお店だと私は自信を持ってお薦めします。

   今回、お話したいのはこのお店の事もそうだけど、ここのオーナーの女性のお話。島のみんなからは「ミヤちゃん」と言われています。彼女がこの島に来たのは1982年。でも年齢不詳。私よりちょっと年上だと思うけど、元々陽気で気さくで明るいミヤちゃんは時々「私よりも年下なんじゃないか?」と思う事もあります。そして我が息子のコガシラ(15歳)と話しが合うし、知人の子供達とも同じ目線で同じ内容で友達みたいに話している彼女、本当に幾つなのか?分からない。かと思えば、年配の方々から厚い信頼を受けている。一度しか会った事のない私の母まで「ミヤちゃん」と言って彼女の話しをよくしている。それが彼女の魅力なんだな・・・

   「写真撮らせてよ」とミヤちゃんに頼んだけど、逃げられました。お店に入るといつもニコニコして笑って迎えてくれます。来年2月で彼女が愛する旦那様が天国に召されて3年。突然、不慮の事故で他界された時・・・みんなどんな言葉を彼女にかけていいのか分かりませんでした。ご主人はアメリカ人。彼が経営するレストランは島で1番人気のお店でした。それは味もさることながら彼の人柄でもあったと思います。
相思相愛の2人は周囲からも羨ましがられる仲の良さ。その関係はとってもナチュラルでお互いの仕事も現実も尊重し合い、夢を重ねているように見えました。今でも感じる事があります。天から降り注ぐ暖かい光と空気が彼女を丸ごと包んでいる事を・・・
「SEA SHELL PINK」の看板の下にはご主人の名前の入った会社名がちゃんと記されています。この看板には彼女の今までの努力とご主人との日々が沢山詰まっているように思えます。

   私は彼女に何度も悩みを相談した事があります。18年前から引きずっていたものを話した時、彼女がこんな事を言ってくれました。「貴方の周りには大人が居なかったのね。もし私がその当時、貴方と今みたいに知り合いになっていたら、私が貴方を助ける事ができたのに・・・」その言葉で全てから解放され楽になりました。彼女は10話すと100の慰めで癒してくれる。何を否定する事もなく、自分でさえ気が付かなかった事の真髄を教えてくれる。とっても頭のいい人と同時に彼女の今までの人生を感じる事がある。いつも笑っていながら、その影ではいろんな事があって1つ1つ乗り越えてきた人なんだな・・と。
いつか彼女に恩返しができるように・・・彼女が前にこんな事を言いました。「私が死ぬ時は延命処置はしないでね。早く彼の所へ行きたいから。でも絶対にバカな真似はしないよ。彼が1番嫌がる事だから。でも死んだら、彼の遺灰と一緒に地元の地に埋めて欲しい。そして桜の木を植樹して欲しい」と・・・
私はその場に絶対に立ちあいたいと思いました。ご主人の遺灰と同じ容器に入れて、ミックスしてシャッフルしてシェイクして混ぜ混ぜして・・・2度と離れないように・・・そして沢山花を咲かす元気な桜の木を。

   そしてこのお店には陽気で優しいフィリピン人のスタッフの方々が数名います。彼女がデザインする服を丁寧に1枚ずつ縫製しています。お客様がいらっしゃると、とっても素敵な笑顔で迎えてくれます。決して若くないけど、素敵なおばちゃま方です。去年11月。この島に連邦法が導入され、外国人労働者の行く末にいろんな噂が飛んで確かな情報が取れなかった時、彼女はスタッフを守る為に必死でした。スタッフも彼女のその姿勢に応えていました。信頼関係が抜群のお店ですから、1つ1つの商品に愛を感じます。サイパンにいらしたら是非寄って欲しいお店です。必ず気に入った物が見つかるお店ですよ。サイパン到着時にこのお店に来て布を選んで好きなデザインを言えばミヤちゃんがそれにちゃんと対応してくれます。帰国時には出来あがり。帰国時に寄られた場合は日本まで送ってくれます。(送料は別途)
日本からお問い合わせもできます。


この夏にお店は移転しリニューアルオープン。上記HPでは定休日が日曜となっていますが、現在は月曜になっています。

場所:ガラパン(サイパンの繁華街)にある、フィエスタリゾートホテルを背にすると正面に歩行者天国の通りがあります。その通りの右の通り。ディスコ(クラブ)GIG(ピラミッドをモチーフにした建物。大きなスフィンクスがあります)それを目印にして下さい。GIGの向かいに「SEA SHELL PINK」があります。
お客様をお迎えする玄関はいつも綺麗で、沢山の植物が並べてあります。

   サイパンへお越しの際には是非「SEA SHELL PINK」に寄ってみて下さい。

2010年10月27日水曜日

早起きは・・・

   「早起きは三文の徳」と言いますがその通りでした。午前4:50に目が覚めて朝ご飯作りを開始。
いつもより40分早く起きた今朝。余裕があります。6時にコガシラを起こす。朝ご飯を食べている時間に空を見ると・・・・上記の写真の色合いの空。朝焼け・・・

   私は空や雲を見ると時々連想するものがあります。それは「仏」です。きっと幼少期の頃、祖父が教えてくれた事が今でも頭にしっかり残っているんでしょうね。「仏様は雲の上に。天国は空の上にある」
今朝の空を見ると祖父の言った事は間違いじゃないと思う。本当に綺麗な空だった。この10分後には太陽がしっかり昇りその色は消えてしまったけど、今は真っ青な空に太陽の光を反射させる入道雲。いつものサイパンの空になっています。

   時々サイパンの空とゆうのもは不思議な色を見せてくれます。満月の時も、雨あがりの時も、朝も夕暮れも。それは全ての色が発光していて瞬時に自然の世界に投げ込まれるような感覚って言ったらいいのかな?その色の中に自分がいる事が不思議に思える。そんな色を見せてくれるんです。

   と言いながら、ヤバイ・・・早起きしたせいで今睡魔が襲ってます。あぁ~眠い。
「早起きは三文の徳」に因み、こんなお話し。「早起きは100円の得」実家のある小さな町、初冬になると「お薬師様」のお祭りがあります。どっぷり日も暮れて賑わう時間は午後7時頃。10時近くまで行われるこのお祭り。小さな町のお祭りとはしては規模が大きい。お祭りの場所が実家からすぐとゆう事もあり、小学生の頃からある「噂」が広がったのです。「翌朝、早くお祭り後の道をずっと下を見て歩くとお金が落ちている。運が良ければ1000円ぐらい拾えるよ」と・・・早速翌朝その通りへ行ってみた。近所の子も来ていました。(みんなコッソリ内緒で来ているんですよね)通りの上から下にかけて数人の子供達が下を見て歩く。欲が深いとお金を見落とす(我先へと急ぐあまり、肝心なものを見落とす)要領が悪いとお金は拾えない(お金が落ちていそうな場所を友達に占領されてしまう。よってお金が落ちていないような場所を探す事になる)幼い頃の経験は悔しい程に大人になる為の社会へ出る為の教訓となる?通りの下まで歩けば300円は必ずゲットできる。しかし、この噂が広まり隣の地区の子供も来るようになる。年々その数は増し焦りさえ感じるようになる。時間になり、急いで家に帰り朝ご飯を食べて学校へ行く。
「今日は300円拾った」「私、200円」集団登校をしていた私達の会話だった。(小学生の頃)しかし、中学生だった姉が学校から帰って来ると「〇〇ちゃんがあの道で学校へ行く途中1000円札を拾ったらしいよ」と言った。小学生にとっては登校時その道は通らないが、この道は中学への通学路になっている。
子供達が数人でお金を拾った後、その○○ちゃんは1000円札を拾ったと言うのだ。これを人生に置き換えると「運がいい」と言う事になるんだろう・・・

   今朝の空は「早起きは三文の徳」だけど私はどちらかとゆうと「早起きは現金の得」が好きかもしれない。しかし不況のサイパン、下を見て歩いても1セントたりとも落ちていない。厳しい現実で得た教訓は「下を向いて歩くな。何も落ちていない」とゆう事でした。

   良い子の皆さんへ。
「お金を拾ったら、すぐに警察へ届けましょう」

2010年10月26日火曜日

こんな時だから

   毎日暗いニュースばかりだから、せめて夫婦喧嘩は明るくしてみました。女将勝利!

2010年10月20日水曜日

偶然か奇跡か?

   前のブログに書いたように・・・今年私は25年ぶりの再会を果たしました。
25年前、旅行会社に就職した新入社員。その時に会った某大手旅行企画会社の営業の方。今は会社を変えられて、某旅行会社のサイパン支店長。2週間前、その方と既に再会を果たしていた方と3人で宴会をしました。既に再会を果たしていた方は、サイパンに来た初日の夜に偶然買い物先で会いました。今はホテルにお勤めですが・・・「マツ?」(旧姓:松原なのでマツとその人に呼ばれていました)「〇〇さん?」
今でも彼の驚いた顔を覚えているんだけど、私も同じような顔をしていたに違いないと・・・・

   こうして25年前に旅行会社の岐阜営業所でお会いした方々とサイパンで再会。偶然なのか?それとも奇跡なのか?彼らと会う事で私は自分を取り戻した部分があった。それは私にとって神様がくれた救いの道だったような気もします。感謝・・・・

   ってな事で、私達3人の会はこの先も続くんです。サイパンで会えて良かった。サイパンに来て良かった。この出会いを大切にしたいと思っています。これは偶然とゆうよりも、私は奇跡と思いたい。

2010年10月5日火曜日

硬い話しになってしまうけど

   こんな綺麗な朝のサイパン。でもその島は崩壊の危機にさらされています。

   政府にお金がない。とゆう理由で先週金曜から政府関係の役所が閉鎖されています。(警察・消防・病院・アメリカから資金を受けている役所。は閉鎖されていません)

   知事が職員の給与カットの為、2週間で16時間の時間短縮案を提出。議員がその半分の8時間案を提出。知事の案が可決しない為、この強硬手段に及びました。今年の赤字は来年に持ち越さない。これが法律として確立されたのは立派な事だけど、この手段はないだろう・・・

   隣に住む大家さんの長女は水質調査を行う役所で働いています。ここはアメリカからの資金で運営されているので、毎日仕事に行っていますが彼女曰く「関係役所が閉鎖されているから全く仕事にならない。知事の案と議員の案。大きく違うように見えるけど、実は議員の提出案の中には8時間削除だけじゃなくて、違った形で削除される案も入っていて、最終的には知事の16時間削除と同じ内容。前に金曜も休みになった時期があった時、電気代の節約として週休3日になったけど、一晩中電気はつけっぱなしだったし・・・・ホントに恥ずかしい話しだけどね。政府は300人のリストラが必要だと言っているけど、役所に勤めている人達は政府の関係者や親戚筋にあたる人達。だからリストラができない。この先、どうなってしまうんだか・・・私の周囲の人達も民間企業に就職した方がいいよ。って言い出している人達も多くなってきたよ」と・・・・彼女はアメリカの大学を出てサイパンに戻り政府関係の職に就いた。先進国を知っている事もあってこの状況を地元民として恥ずかしく思っているようでした。そしてちゃんとした考えを持っている女性なのです。

   ここは血統主義。生まれた家系で生まれた瞬間からその人の人生が決まる。地元の人達から安定した職場は政府関係者及び政府関係役所。勉強が嫌いな子でもいい家系に生まれればその道は約束される。貧しい家に生まれれば勉強が好きで奨学金で大学へ行っても地元に戻ってきたら職はない。
島の子供達に「将来は何になりたいの?」と聞くと、多くの子は「軍隊に入る」と答える。必ず貧しい家の子ばかりではなく、中級クラスの家の子も同じ。それは職がない。とゆう現状から軍隊の道を選ぶようです。そんな時に戦争が勃発すれば、必ず戦地へ行く。行かなければ憲法違反になる。

   実際に日本も不況で政府が経済が少し上向きになったと発表してもそれはごく一部の職種だけであって、実際に私の地元は美濃焼で盛んな町だけど、年々その不況は深刻化していてその先は闇だらけなのが現実。でも役所は閉鎖する事はない。3年前に半年間、多い時で12時間、平均9時間の停電生活をさせられた時・・・火力発電の島の政府にお金がなくガソリンを買えない為、発電機の修理が行えない為の2つの理由が重なり島民の生活に大打撃を与えた。電気を使えず、電気代は異常的に値上がり、新聞では世界1電気代の高い島として掲載された。電力会社は長年、政府からの電気代支払いが滞っている。その為に会社は経営が難しい状態にある。その為に島民に対して電気代の値上げをした。政府とは民と救うものであって、犠牲にするものではないのに。サイパンは逆のようだ・・・その時もアメリカからの援助を得たはずなのに、問題はクリアーされる事はなかった。その時も日本と比べた。「ライフラインが確保されている日本。どんなに不況でも必ずチャンスはある」と思いました。現在の状況を見ても日本はまだまだチャンスがある国だから、諦めないで!と強く思います。

   安い人件費の生産国から市場流通に乱れが生じみんなの生活水準が下がった。価格の自由化が導入され、どの業界もダンピング合戦が始まり他社よりも1円でも安く。が時代の先を走った。安い物に対しての需要と供給。利益が出なければ給料にも影響する。ボーナスカット・給料の上がりはない。今じゃワークシェアリング・・・・昔のように品物に対して「最低価格」のラインを決める事が経済復活になるんじゃないか?と思ったりする。生産国日本は中国にその地位を奪われた。でも日本はそこで諦めるわけじゃなく、技術力日本として立ち上がろうとしている。私は日本を誇りに思う。日本人である事に誇りを感じています。だから日本政府の方々も派閥や足の引っ張り合いをしているのでなく、強い姿勢で日本を守って欲しい。「1番じゃなきゃダメなんですよ。2番じゃダメなんです」生産国じゃない日本になった。技術力の日本に生まれ変わろうとしているんだから、2番なんてあり得ない。

   私達が子供の頃、団塊の世代とゆう方々から「MADE IN JAPAN」を残して貰った。今、私達が子供に残してやれる物は何か?ちゃんと考えよう。

   硬い話しになってしまったけど、今のサイパンを見ていて強く痛く感じるこの頃です。