2010年5月31日月曜日

暑い・・・

   前回のブログから1週間。実はこの1週間、薬を飲んでいました。原因が分からずの蕁麻疹。
夜になると痒みが酷くて、体中がボコボコになって体力消耗。実は数ヶ月前から「痒いなぁ~」とは思っていましたが、5月に入って酷くなりました。抗ヒスタミン剤の薬を飲んでいたので、朝はボーッとしていて、昼間もボーッとしていて、夜もボーッとしていて・・・1日中眠さと体のだるさ、そしてフワフワ感に襲われた1週間でした。昨日は薬を減らし、今日は飲んでいません。時間を追うごとに体が元に戻っています。今日はゆっくりしましょう。

   しかし、サイパンはめちゃくちゃ暑いです。例年なら5月中旬~下旬にかけて雷が鳴ります。そして1日にスコールが何度も来て雨季に入るのですが、今年はまだ雷が鳴っていません。そしてスコールもあるようでないような・・・朝起きると濡れたアスファルト。だけど日中に雨が降る事は殆どなく、明け方頃に雨が少しだけ降っているような・・・コンクリートの家ばかりのサイパン、太陽の熱がこもり夜になっても部屋の壁を触ると熱い。そこにクーラーかけても効かない・・・一雨来てくれるといいんだけど・・・

   サイパン、今日は休日。コガシラも家にいますが、電気代節約の為に窓開けて扇風機。友達の家もそうだと言う。だから今朝から友達と連絡を取り、涼しい映画館へ逃げて行きました。学生料金だから映画も安い。そして涼しい・・・その後は友達の家に遊びに行っているようです。子供なりに暑さを回避する方法を考えているようです。夜になってクーラーを入れた時の喜びはダイビングをしてシャワーをして冷たい飲み物をグビッと飲む快感と同じぐらい・・・

   あぁ~まったく暑い・・・

2010年5月24日月曜日

約1週間、さぼったね。

   さぼりました。すみません。言い訳がましいのですが・・・いろいろありました。
蕁麻疹~いろいろ、暑さと痒さ。蕁麻疹の薬を飲むと翌日は体が重くてまるで石像状態。イースター島のモアイの石像を想像して下さい。私、女将はそんな感じの表情で1日を過ごすのでした。昨夜はお腹の周りと可愛いお尻に蕁麻疹が出て、あんぱんのようなやわ肌を掻きむしった為に数か所にカサブタ。

   人は言います。「体質が変わる時期なんだよ」と・・単刀直入に言ってちょうだい。グサッとくる一言を・・今日から梅干食べることにしました。お客様から頂いた小梅がまだ少し残っていたので、2個食べました。今日は蕁麻疹出ていません。

   そんなこんなで1週間、さぼりました。明日からまた頑張ります。でもまた蕁麻疹でたら、さぼるかもしれません。ごめんなさい。

   昨夜飲んだ薬がまだ抜けていませんので、今日は早く寝ます。まぁ~体質が変われば治るようですが・・・これも更年期の前ぶれなんでしょうかね?

2010年5月17日月曜日

暑い日々と熱い宗教勧誘

   凄く暑いです。ここ数日の間、急に気温が上昇したかのようです。体もそれに合わせて反応するなら良かったけど、体感温度と体内温度と気温に誤差が生じて脳への伝達が少し遅れたような・・・簡単に言うと、歳のせいでしょうか?それとも暑さのあまり沸点に達しそうな脳みそが完璧に沸点に達して鈍感になったとゆう事です。多分、後者だと思う。日頃から暑い南の島、脳細胞がキュッとなる時期がない為にこのような状態になったと思えます。しばし、冷凍庫の中に頭を突っ込んで脳に少し刺激を与えねば・・とも思っています。冬に日本へ帰る事ができた頃には、このような症状は起こっていませんでしたので、やはりダラリンとした脳を想像してしまうのでした。

   しかし、暑いです。なので・・・ちょっと熱中症ならぬ日射病のようになっていました。水分を補給すれど、掃除をして少し動くだけで汗が出る。(新陳代謝が鈍っているかも?)明日いえ、明後日、いえ、週末頃には開始したい事があります。午後5時になったらこの周りを走ろうと思っています。汗をいっぱいかいて、真っ黒に日焼けしてやろうと思っています。暑さには熱い気持ちで対抗したいものです。


   熱い気持ちと言えば・・・今日、暑い中で洗濯をしていると玄関の網戸から私の名前を誰かが呼んでいる。見てみると・・・数か月前に仲良くなった宗教の勧誘のローカルのお姉さん。「貴方は神を信じますか?」と定番のように聞いてきた。いつもなら「私は仏教徒です」と言って「さよなら」とゆう雰囲気を出すのだが、この女性が来た時に私はブログで紹介した3月30日だったかな?MOON RISEを見て「神様」とゆう存在に興味を持っていた時期だったし暇だった。だから「私は仏教だけど、神様も信じています。日本では神様と仏様は違う存在で、神様は自然崇拝って言うのかな?偶像崇拝もあるんだけど・・・よく分からないけど、全ての神を信じています」と余計な事を言ってしまったのです。彼女は私としばらく話すと「貴方に会えて良かった」と言われた。私も初めてでした。宗教の勧誘の方にこんなに話しをしてしまったの・・でも神様について話しができて、その時は清々しい気持ちだったけど、今日で3度目・・・ちょっと怖い。でも私はあくまでも仏教徒でご先祖様とおじいちゃん・おばあちゃん・ロッキー(シェパード)・蘭丸(柴犬)・ニヤンコちゃん(真っ白な猫)・さくら(ミケ猫)・三郎:通称サブ(サイパンの雑種犬)を崇拝する仏教徒。そして自然崇拝者。大金積まれたら揺らぐけど、その信仰に変わりはない。彼女も分かっているから大丈夫。かな?今度は日本人を連れて来るらしい。
それをカシラに話したら「やられるよ」と言った。「私が?」「いや、相手が・・」どうゆう意味じゃ!そりゃタダでは転ばないけどね。

   以前にも違う宗派の勧誘が来た。「私は仏教徒です」と言うと彼達は「ブッタは何処にいるんですか?」と聞いた「天国にいるよ。それは雲の上にあるっておじいちゃんとおばあちゃんに教わった。初めて飛行機に乗った時、私は天国を探したけど無かったよ」と言ったら大笑いされ、2度と来ることは無かった。これは冗談としてとられたのか?バカにされたのか?分からないけど、話していると、宗教の相違を感じる。これもまた社会勉強なんだろうな・・・

2010年5月11日火曜日

山火事なのよ

   ただ今写真を撮ってきました。

時間は午後10時。実は火事に気がついたのは午後5時。コガシラが友人の家で宿題をして帰って来る時間でした。友達の家に迎えに行く途中「あれこれって煤?」車のフロントガラスの前をヒラヒラと木の燃えカスとゆうか葉の燃えカスとゆうか・・

夜になり、10時ちょっと前、自宅の駐車場に出たところ遠くの空が赤い。「そういえば・・・」それでコガシラとカシラと私の3人で火事現場に近い場所へ行ったのでした。

写真には収めきれないけど、まだこの右側にも飛び火をしていて長いラインのように火がたっていました。写真に撮った部分が一番火が高く上がっていた場所です。現場に向かう途中、煤が雪のように降っていました。

裏山で火事があるのに、手前の家はまだ普通に生活をしているようです。けっこう、火が迫ってきている感じもします。「今夜は寝ないで火の行方を監視するんだろうな。気の毒に・・・」と車の中で話してはいたものの、言葉とは裏腹にひょっとしたら、気にしないで寝てしまうかも?とゆう想像もしてしまったのです。何せ、サイパンの地元の人は大らかと言うか、その予想は否定できなくもない。

この火が山並みに沿って燃え移ってしまうと・・・サイパン動物園の上の山に来る。昔のサイパン動物園なら怖くなかった。って言うのは、豚・山羊・フルーツモウモリ等なんとでもなる動物ばかりだったから。でもこの数年前から猛獣も加わり、ライオン・トラ・熊もいる。興奮した猛獣が脱走するのだけは勘弁願いたい。いや、絶対に嫌だ・・・朝、ドアを開けた時に牛・山羊の子供と遭遇はしたが、ライオンやトラとか遭遇したくない。動物園のオーナーさん管理を宜しく!今夜は寝るな!と言いたい。と言っても、現場からそうとうな距離があるから・・・

しかし、消防車が1台も来ていないのはさすがだ・・・現場の山火事を見ていたのも私達一家の野次馬だけ。車を止めて見ているけど、全ての車は通り過ぎてスピードを緩める気配もない。
と言うのも、実はこの時期の恒例のようなもの。乾燥している今、雨も降っていない。降っても気持ち程度。洗濯物が干してあってもとりこむ事もないぐらいの雨。パラパラが数十秒。今日はちょっと風もあったのかな?いつものように自然発火だと思う。焼畑農業のような感覚かもしれない。

だけど山火事に限らず火事とゆうものは怖い。夜になると、それは一層リアル・・・
早く鎮火して欲しい。

山火事でいつも思い出すのは、サイパンに来て間もない頃。ネイビーヒルとゆう地区の一軒家でカシラとビデオを見ていました。それも消防士の映画。凄くカッコ良くて見入っていたのです。友人から電話があり「大丈夫?」と慌てた声。でも映画がカッコ良くて友達に「この映画、凄くカッコいいんだよ」と言ったら凄く怒られた。「何を言ってるの!あんたの家の周り山火事で真っ赤だよ!今、ホテルのロビーから電話しているんだけど、凄いよ!」と・・・ドアを開けてみたら、確かに火に囲まれていました。
「どうしよう・・・」とあたふた。カシラは「大丈夫。山とここの間には道があるから燃え移って来ないよ」とビデオを見続けていました。って・・・道って言っても車が2台通れるか通れないかの道じゃん!「今、下に逃げても通れないよ。火で・・・」「そうか・・・」周囲の家を見てもみんな普通にしていたので何故か安心。でも火の勢いはこの家の下の方が強く、さすがに民家も多かったこともあり消防車が来て活躍してくれていました。でも・・・風は上から下に吹く。こっちも燃えているんですけど・・・・でも消防車が1台も来ることなく、鎮火したのは翌日の朝でした。その時、私達も確かに爆睡していました。ローカルの人のことは言えない・・・山火事は手出しできないので、民家に迫った時には消防車も出動してくるわけです。

でも本当に早く鎮火して欲しいものです。
   

どうなってるの?

   昨日から水道工事の為このキャピタルヒル地区は正午~午後1時まで断水。と新聞に出ていました。が・・・・サイパンの現実は侮れず、断水は昨日の早朝~今日もまだ続いています。どこが正午~午後1時だ!と怒鳴りたくもなるけど、これがサイパンなのです。

   今朝、水道局に電話したの。丁重に「多くの苦情が寄せられています。すぐに担当部署に連絡します。分かり次第、そちらに連絡します」と言ったが、全然連絡すらない。これもサイパンの公務員。

   日本で出前を注文して「あ!すみません。今出るところです」と言われるよりもイライラする。サイパンもさ、連邦法が導入されてアメリカになったのなら、そうゆうところはちょっと考えて欲しいよね。一応、この小さな島でも先進国がバックについているんだからさ・・・と思う。
でもここは大きなタンクがあるから、今日1日中断水になっても問題はないけど、あまりにも酷いんじゃない?もう・・・ホントに・・・

2010年5月10日月曜日

プロム

   写真とは全く関係のないお話です。

アメリカの高校では「プロム」と言われる高校生学年末に行われる舞踏会=ダンスパーティーが行われます。通常は高校2年生からのようですが・・・卒業プロムは大きな行事だと聞いていました。

サイパンではやはり生徒数も少ない為に高校1年生からプロムの参加があります。今年、高校1年生のコガシラも先日土曜に「プロム」に参加しました。

男の子はタキシード女の子はドレスとゆうのが定番だそうですが、サイパンは暑いしね、そこは臨機応変に・・・コガシラもフォーマルの洋服を着て参加しました。黒のネクタイ・フォーマルな革靴(ビニールだけど)・シャツに黒のズボン・・・基本的には男の子が女の子を誘い、ダンスをするパーティーでございます。勿論、コガシラも女の子とペアでの参加。同じ学校でもいいし、他校でもいい。コガシラが誘ったのは、前は同じ学校だったけど違う学校へ転校した友達の1人。私もよく知っている子です。メールでずっとやり取りしていたようです。

コガシラの学校主催のプロム。会場はホテルのホール。送って行った時、それはそれはスーツ姿がまだ定着していないけど、立派な男の子達と・・・華やかに着飾った女の子達でホテルのロビーはいつもより豪華に見えました。

日本にはない、アメリカの学生の風習。私達も未経験ゆえに・・・いろんな人に聞きまくり情報を取って支度を整える。みたいな感じでしたよ。

アフタープロムはアメリカ人の親友宅で行われました。これにはパーティーで興奮した子供達に冷静さを取り戻す目的もあるようです。性行為やドラッグ等の機会を与えない為だと聞きました。学校主催のプロムが午後10時に終わり、その後午前1時まで友人宅でラフな格好に着替えて2次会。
会場を提供してくれた家のご家族は私達の友人でもあり、コガシラが3歳の時から家族のように受け入れてくれた人達。カシラが午前1時に迎えに行くと、奥さんが出てきて「入ってきてよ」と・・・でもコガシラが出てきたのでそのまま帰りました。でも彼女が「大きくなったわよね・・あんなに小さかったのに、もうこんなフォーマルな服を着るなんて・・・KAI(コガシラ)のスーツ姿見たかったわ・・・」としんみり。コガシラはその家に行く前にラフな格好に着替えていたのです。

私も見たかったわ・・・ネイサン(彼女の息子)がスーツを着ている姿。思えば、3歳の時からずっと一緒で5歳ぐらいからずっと泊りあっこしていて、今週は我が家・来週はあっちの家・・・毎週やっていたものね。いつも一緒だったし、ネイサンも私の子供のよう。去年の夏休みが終わって、会った時に彼は声変わりをしていて・・・背丈も急に伸びて、愛犬サブが死んでしまった時は私を抱きしめてくれた。寂しがっているコガシラに「俺がサブになってやるよ」と言ってくれた。ナイスガイです。

コガシラがスーツを着てプロムへ行く前に写真を撮りました。正直、ちょっと涙ぐんでしまった・・・
いろんな事が思い出されました。ここに来て下さったお客様や地元の方々・隣に住んでいたアメリカ人の初老のご夫婦。コガシラの友達とそのご家族・大家さんご夫婦。学校の先生方。みんなに育てて貰ったんだと実感しました。感謝・・・・まだ不格好なスーツ姿だけど、もうそんな服を着る年齢になりました。
皆さん、本当に有難うございました。そしてこれからもどうぞよろしくお願い致します。

2010年5月9日日曜日

いい気持ちでした

   金曜のブログに「蕁麻疹の為、家から出る気がしない」と書きましたが、それは大嘘でした。ごめんなさい。コガシラが「忘れていたけど、今日友達の誕生日パーティーがあるから」と学校帰りに言いました。

   高校生になって「お誕生日会」と笑ってしまうのですが、日本の感覚とはちょっと違い相手は女の子で場所はレストラン。パーティー好きのアメリカ人ゆえにそうゆう事もあるのでした。

   家を出てコガシラの親友をピックアップしてレストランに送りました。午後7~10時まで。その3時間で私とカシラは浜辺にあるバーへ行きました。
陽も長くなって、午後7時でもこの明るさ。ちょうど雲の隙間から夕日が落ちる寸前の頃でした。海も夕焼け色になって・・・

   私はブログにも書いたように夕方~夜にかけて蕁麻疹がでるのですが、この日は大丈夫。医学書には刺激物はダメ。と書いてありました。(お酒含む)でもテキーラベースのお酒飲んじゃって・・・でもさすがに生物系は注文をしませんでしたよ。

   久しぶりにバーに行ったような・・・日頃から何かとバタバタして、節約で外食を避けていましたが、やっぱり人間息抜きが必要だと思いました。

   蕁麻疹ですが、金曜の夜はもう全く大丈夫だったのに、土曜(昨夜)はちょっと痒みもありました。
やっぱり・・私は基本的に外に出たい人間なんだと思ったのでした。今日は「母の日」カシラがどこかで食事でもしようと言ってくれましたが、金曜はバーに行って大騒ぎしたので、今日は家でおとなしく母の日を迎えました。本当は行きたかったけど、贅沢言える世の中じゃございませんから・・・・

2010年5月7日金曜日

家から出る気がしない

   昨夜も爽やかに「蕁麻疹」でも、さほど以前より酷くないのでだんだん治っているのが分かるんですが、朝はやっぱり体全体が腫れている感じ。

   そんなものだから必要以外は家から出る気が全くしません。治ったらその反動で出てしまうだろうけど。外に出ても暑いし、腫れぼったく痒みが少し残る体にこの紫外線は「まな板の上の鯉」状態。

   早く治さないと、来月には夏休みになって1年ぶりの日本だから。刺身とか食べられないじゃない。と思うと必死で治すこの「気」が完治に向かわせているのかもしれないな。「病は気から」と言うし・・・

   昨日に続き、今日も家でおとなしくしていようと思う。

さてこの頃、連邦法関連に動きが出てきました。5月に外国人労働者への対処をアメリカ議会に提出するとゆう事になっていました。その期限は10日。アメリカ内務省は外国人に対する線引きを5年としてきましたが、地元民の反対もあり・・・どうやら線引きは10年になるような気もします。分からないけど

地元民の気持ちも分かる。特に地元の人達が懸念しているのは「選挙」この連邦法はアメリカだけの意見で進められないし、島の政府とアメリカ政府の協力があって初めて成立するものだから・・・
地元の人達も「人道的」な姿勢を見せているし・・・これでいっきに決まってゆくのではないかな?と思っていたります。ただ外国人への対処が決まっても、島の経済は良くなるわけではないのですが・・・・

家から出ないとそうゆう事も考えてしまうので、何かイライラしてしまう。早く蕁麻疹が治るといい。

2010年5月6日木曜日

蕁麻疹

   数日前から蕁麻疹が・・・夕方になるとポリポリ掻きだす。夜になると皮膚に凹凸が・・・
薬を飲むとすぐに治る。そんな繰り返し、薬は市販のものですが、アメリカの薬ってゆうのは強烈で・・
飲んで30分ぐらいすると睡魔が。爆睡できるので問題はないのですが、朝しんどい・・・

   幼馴染のMちゃんがハンドヒーリングを受けて大きな外科手術の後のようだ・・とゆう感覚がなんとなく分かるような。私とMちゃんは小さい頃に地元の自然が結びつけた何かの糸を感じるから、Mちゃんの好転が私に入った!私の今までの蓄積された毒素が出ているんだ!とポジティブに考えてみよう。しかし、痒い。体も腫れているような感覚。これじゃ刺身も青魚もエビも食べられない。野菜のお肉だけの生活になってしまう。

    ちょっと様子を見てこんな事が続くようなら病院へ行きましょう。でもなぁ~サイパンの病院って待ち時間が半端なく長いからなぁ~いつもそれで引いてしまう。

   そんなこんなで蕁麻疹と戦っております。今日も早く寝て、体調を整えよう。
「あぁ~痒い」

2010年5月4日火曜日

こう見えるんですが・・・

   いつ撮ったんだろう?多分、記憶を無くしているぐらい飲んだとゆう事は先々週の金曜かな?ご飯作っていたら凄く喉が渇いて、ワインをあけて飲んだんです。その前にビール1本飲んだけど。寝不足だったせいもあって、酔いの感覚が来る前に気が大きくなってワインを空けてしまった日の事だったと思います。カシラが外で写真を撮っていたので、私もカメラを持ってガチャガチャと撮っていたんです。何を撮っていたのか分からないけど、ケラケラ笑いながらカメラで遊んでいたわけですが・・・・見てみるとこんなのが撮れていました。

   これって「龍」に見えませんか?右端が頭部分で口があって鼻の凸凹のようなものがあって、目があって頭から伸びている触覚のようなものがあって(龍って触覚ってあったっけ?)でも頭から何か伸びているような絵を見た事ありませんか?下には足のようなものがあって。

   何に見えますか?

2010年5月3日月曜日

ローカルフルーツ

   今のシーズン。サイパンは百花繚乱の花の島ではなく、こうしたローカルフルーツのシーズンでもあるのです。

   これは「サイパンマンゴ」島には沢山のマンゴの木があります。と言っても自然にあるわけではなく、家の庭だったり農園だったり・・・大きな木には沢山のマンゴがなっています。

   緑色だからまだでしょ・・・と思うでしょ?実はもう食べられるんです。でもあと1日か2日おいた方がいいんですけどね。道路沿いにある中国人のお店で買いました。12個で3ドル。甘くてジューシーで美味しいですよ。サイパンのマンゴ。フィリピンマンゴに負けないぐらい美味しい。ちょっとこぶりだけど、安いし思い切り食べられるのがいいですね。

   「これ何?」と中国人のおじさん?お兄さんに聞いてみた。中国なまりのバリバリの単語だけを言う英語で「フィリピン アップル」と言いました。「美味しいの?甘いの?」と聞くといつも決まって親指を立てて「VERY GOOD」と言う。「ホントかよ?」と思った表情をしているとおじさんはナイフを取り出し切って食べさせてくれる。食べたからには「NO」を言わせないように私の顔をじっと見る。結局、じゃこれも・・・と言うわけです。商売上手かも?

   食べてみると「どこがリンゴなの?」と思うが、味は美味しい。どんな味?と聞かれると例えようがない。と言うのも、日本のフルーツの中でこうゆう味と食感がないから・・・味は濃厚だけどさっぱりしていて、ちょっとだけヨーグルトを混ぜたような味?分からない・・・食感は繊維の多い琵琶のしっとりタイプ。アクが強いのかな?食べた後、唇がワックスを塗ったような感じになりました・・・

   「これ何?」また質問。中国人のおじさんは「サイパン アップル」と言いました。「またアップル?」
コガシラが何処で食べたのか?「これ美味しいよ」と横で言いました。「じゃ買って行こう」6個で1ドルでした。何処かから採って来たんでしょう。枝ごとお店の柱に掛けてありました。こうゆうのも商売でOKなんだ・・・面白いお店です。買い終えて車に乗るとコガシラが「サイパンアップルだけど、中の種の奥まで食べると腹こわすから・・・病院行きだよ」と言いました。
「マジで!早く言ってよ!」「いや僕がたまたま食べたのが良くなかったのか?他の事が原因だったのか分からないけど、食べてからお腹が痛くなった」と・・でもそんな危険なモノなら売らないだろう。

   食べてみるとその味は「リンゴ」と言うよりも「梨」でした。ジューシーだけど日本で売っている梨よりも果肉は柔らかく、あっさりした甘さ。めちゃくちゃ美味しい。さて、気になるコガシラの発言。「綺麗なバラには刺がある」のように、「美味しい果物には腹痛がある」と不安になってしまう。しかし、お腹が痛くなることもなく全然大丈夫。コガシラに「大丈夫じゃん」と言えば「うん。大丈夫。あの時僕はウンXしたかったから・・・思い出した」「あのなぁ~」

   まだまだローカルフルーツはこれからどんどん出て来ます。サイパンにはアメリカから来るオレンジ・ぶどう・リンゴ等のフルーツは1年中ありますが、このシーズンのみローカルフルーツがこうした小さな個人経営のお店で売られています。

   これからマンゴは収穫期。どんどん出てきます。こういったお店もそうですが、道端でパラソルを立ててマンゴを売っているおばちゃんもいます。友人は沢山のマンゴを買ってジャムを作ります。それをパイ生地に包んで「マンゴパイ」を作ります。今年も果物マンゴ・マンゴパイが食べられるシーズンになってきました。マンゴジャムはヨーグルトに混ぜて食べると美味しいんですよ・・・これが・・・私も今年はマンゴジャムを作ろう!(去年もそう思いましたが、友人におんぶにだっこ状態でした)

   コガシラが果物を買いに行く時「ねぇ~椰子の実も買って」と言いました。1個1ドルだったかな?
切ってくれてジュースを飲ませてくれる。ジュースを飲み終えたら実の中の果肉をスプーンですくい取り醤油とわさびをつけて食べるのが好きなコガシラ。ローカルの人も「イカの刺身のようだ」と言います。
確かに食感は弾力があってそんな感じですが、味はイカじゃない。どうしてもイカじゃない。きっとその昔、サイパンに住んでいた日本人がイカの刺身が恋しくてこれを代用したんじゃないか?それが売り言葉としてローカルの人が言っているんじゃないか?と思われるような感じ・・・・でもいいんです。イカ刺しで。椰子の実=イカ刺しで・・・サイパンの精進料理で。話しが脱線しましたが、コガシラはこのイカ刺しモドキを食べたくてねだったのです。でもお店にはありませんでした。たまにあるんですけどね・・・
「おかしいな・・・この間、うちの前の椰子の木からたくさん椰子の実を持って行ったおじさん達がいたよ」家に帰って椰子の木を見ると、あんなに沢山あった椰子の実が1つもありません。「おいおい・・人の敷地に入って無断で椰子の実取って売るのかよ・・・」と思いたくなるところですが、これから雨季になり台風シーズンに入ってきます。椰子の実が飛んでくるとめちゃくちゃ怖いので、取ってくれる人は大歓迎だったのです。「あぁ~良かった。取ってもらって」でも事実、おじさん達はこの場所に来て、椰子の実をとって売っています。実は毎年の事なのです。サイパンって商売何でもOKだったりして・・・

   ローカルフルーツのシーズンを迎え、これから台風シーズンに入るサイパン。美味しいローカルフルーツを沢山食べて、椰子の実も取ってもらえた・・・こうしてサイパンのシーズンは変わってゆくのです。

   だけど、この中国人のおじさん何を聞いても「フィリピンアップル」「サイパンアップル」「アップル」だった。アップルとはほと遠い味でもアップルだった。正式名があると思うけど、このへんはやはり中国人の商売人だと思った。因みにマンゴもそうだった。2つの箱に山盛りになっていたマンゴ。1つの箱の方がちょっと大きめだった。おじさんは大きい方を指さして「ガラパンマンゴ」と言った。「ガラパン」ってサイパンの地区名じゃん・・・でもおじさんは真顔で言った。なるほどね「ガラパンにあるマンゴの木でなったマンゴだからガラパンマンゴか・・・」っておい!それで私も負けずと「じゃこっちはサンヴィセテマンゴ?」とサンヴィセンテとゆう地区名をつけて言ってみた。おじさんはそれに無表情で無反応だった。私は無視されたんだ・・・その瞬間、おじさんは冗談で「ガラパンマンゴ」と言ったんじゃなくて、真剣に言っていたんだと気付いた。面白いおじさんだ・・・・因みに上記写真のマンゴは「ガラパンマンゴ」ではありません。

2010年5月2日日曜日

珍しく地震

   午前10時ちょっと前に地震があった。最初は「あれ?地震?」と思う小さな揺れ。数秒後に「地震だ!こわっ!」と思う揺れ。ちょっと大きかったかな・・・震度3ぐらいはあったと思います。

   日本ならすぐに震源地が発表され、各地域の震度が発表されますが、サイパンは明日の新聞に出るか出ないか?ぐらいなものです。サイパンに住んで19年になろうとしていますが、地震を体験したのは(覚えている範囲で)4・5回目。前に母が「大丈夫だった?地震があったみたいだけど・・・」と日本のニュースで知り電話をくれた事がありましたが「地震?そんなのあった?全然分からなかった」と言った事があります。「マグニチュード7とか言ってるよ」と母・・・マグニチュードで言われてもよく分からず「じゃ震度5強~6ぐらいって事かな」と想像してみるが、そんな揺れを感じたものは無かったし。いくら鈍感な私でも、震度5・6ぐらいの揺れは感じるだろう?と思いなおしたり、そこまで私は鈍感なの?と思ってみたりもしましたが・・・震源地はサイパンの近くの海底だったそうです。

   ただこの島はマリアナ海溝の隆起部分。岩盤で出来ている島です。穴掘ってもすぐに岩にぶつかり、スコップじゃ掘れず大家さんは植木を庭に植える時、ツルハシを使い岩を砕き穴を作って土を入れ木々を植えていました。一般家庭の庭でもそんな感じなので、工事現場を見るとそれはそれは岩・岩・岩の土地なのです。岩盤は地震の揺れをかなり抑えると聞いた事があります。
でも今日はしっかり揺れを感じたので、震源地も近かったのか、マグニチュードも大きい数字だったのか?分かりませんが、岩盤地帯でこの揺れを感じるとゆう事はそれなりのものだったと思います。分かりませんが・・・サイパンは元々地震の少ない島です。

   「地震・雷・火事・オヤジ」と言いますが、怖いですよね。今はその「オヤジ」とゆう部分は外されつつあるような社会になっていますが、天災地災は本当に怖いものです。でも今日の揺れはちょっと怖かったな・・・

2010年5月1日土曜日

振り返ってみれば・・・

   昨日、連邦法に因みサイパンに住む外国人労働者への対処についての規定の枠が少しだけ発表された。まだサイパン政府の反対もあるし、いろんな意味で調整がなされるだろうが、サイパン在住5年以上の外国人にはアメリカ側から何らかの形で滞在許可が出される。滞在年数5・6年と20年以上の方と同じとゆうのは何かピンとこないが、少しだけでも形あるものが発表された事は良かったと思う。カシラはサイパン滞在が通算で20年になる。見えなかったこの先に見えるものができた事で安心している人も多いはずだと思います。

   写真は先日、近くの空き地を散歩した時に撮ったもの。
何故か椰子の木の並び方とか形が良かったから。ブログ内容には何の関連性はありません。ただ1つ言えるなら・・・
私は椰子の木が好き。夏・海・南の島。そんな事が連想される木だからだと思います。でも実は、しっかりした根をはり、空高く伸びる。この木が好きなのです。

先日から私は今までの自分を文章にして書いています。19歳からの自分です。

いろんな事がありました。安心していた人に裏切られ、全く予想にしていない人から助けられ・・・今、何処のどなたか分かりませんが、もし会えるなら会ってお礼を言いたい人がいます。23歳の時、ある事があって私は会社の帰り路、突然の大雨の中を泣いてアパートに帰った事があります。駅に着いた時にはみんな走ってタクシー乗り場に向かっていました。乗り場には長い行列ができていました。

   私はあえて雨の中を歩いて帰りました。涙が雨と一緒に流れて地面に落ちるぐらい泣いて帰りました。その時に私の後ろから傘をさしだして下さった男性がいました。彼は自分が横浜から来た医者だと言いました。学会の為に岐阜に来ていると・・・それだけ言われました。23歳の私が雨の中をトボトボ歩いているのには何か事情があるんだろう?と思われたのか?何も聞かれる事はなく「突然、降りましたね」とだけ言われました。彼は宿泊しているホテルの前に着くと私に「安物の傘だけど、風邪をひいてしまうから持って行って下さい」と渡して下さいました。最初は「泣かせてよ」と思っていたけど、彼の優しさに心温まる状態になっていた事。泣いていたのは恋愛の事だったんですけどね・・・名前も聞いていないし、何も聞いていないけど、人の温かさが身に染みた出来事でした。

   もうめちゃくちゃだった私に友人の支えもありました。「今、あの子を1人にしておいたら何をしでかすか分からない」とゆうものがあったそうです。自分は強がっていましたが、周囲からは空振り状態に見えたようです。友人が私の部屋で寝泊まりしてそこから会社へ通った事。最後まで彼女には面倒のかけっぱなしだったな。日に日に元気が出て、もう何事もなく忙しい日々を過ごしていた時、今度は彼女に大変な事があって・・・私は私なりに彼女を支えたつもりだったけど。今思うと、彼女がしてくれた事の半分しかできていないかも?と思ったり・・・サイパンに行く事が決まって、彼女と会った時に手紙をくれた。手紙の内容には彼女が苦しい時に私が傍にいた事への感謝が書いてありました。でも私が苦しい時はそれ以上の事をやってくれたのに・・・封筒の中には餞別だよ。と2万円が入っていました。
新幹線に乗って実家へ帰る時の事。東京駅から熱海の区間ぐらいの間、その手紙とお金を見て泣いていたような気がします。

   サイパンに来た時、心に決めていた事は1つ。「どんな国の人でも膝を抱えて泣いている人がいたら大丈夫ですか?と声をかけられる自分でいよう」と・・・これは自分が苦しい時に友人達がしてくれた事から教わった事です。それから随分の時間が過ぎて、サイパンに来てからでもいろんな事があって、誰かに傷つけられ・誰かを傷つけて・・・めちゃくちゃ不器用で無防備に過ごした時間があった。今まで支えてくれた人達の顔が並んだ・・・「貴方、ちゃんとやってる?最初に心に決めた事」と自分に問いかけてみる。「膝を抱えて泣いている人がいたら・・・」

   今思うのは、それを気付かずに過ごす人もいるだろう。忘れてしまう人もいるだろう・・・
「感謝する」それはやっぱり大事な事だと思う。小さな事でも感謝できる気持ちがあれば、この世の中も変わると思う。荒れた大地にしっかり根をはって空高く伸びる椰子の木・・・しばらく眺めてそんな事を思ったのです。椰子の木が私は大好きです。45歳になって思うしばしの時でした・・・