2010年2月24日水曜日

期待通りの・・・

   昨夜の「わかめ」ダイビングにどう影響するか?期待してたでしょ?
 
土用の丑に「うなぎ」食べますよね。でも「うなぎ&梅干」は食い合わせが悪いと言います。うなぎを食べる時、梅干を食べてはいけないように・・・「ダイビングとわかめ」これも悪い組み合わせです。ただ、お味噌汁の具の量とか酢の物でも小さな小鉢の量なら全然問題なく、美味しく召し上がって欲しいのですが、鉢に1杯は当然の結果でございます。

去年の茎わかめリベンジダイビング(長ったらしいな・・・)リベンジならず、と言うより、惨敗。と言うより、土俵すら上がっていないのでした。いえ・・正確に言えば、上がれなかったのです。ダイビングどころか、ポイントすら行けない状態でございました。

明日は大丈夫だと思います。美しいお話は明日って事でお願い致します。

2010年2月23日火曜日

明日の予定、その前に・・・

   誰かが岩の上に珊瑚を置いていました。なんとなく写真に撮ってみました。何となく気にいっています。そろそろ写真のネタ切れです。明日はダイビングに行こうと思います。思い出せば、去年の11月頃でしょうか?大好きなオブジャンなのに、前日の夕食に食べた茎わかめ・・・その結果、フィンキックをする度に水圧も重なりお腹がゴロゴロ・・・1蹴りする度に冷や汗もん・・・だからエントリーしてすぐの広場でじっとしているしかなかった。海の中で動かなかったのは、私と海底にある石だけだった。イソギンチャクでさえ動いているとゆうのに・・・「リベンジ」を果たせる事なく、年が明け・・・・去年の屈辱は去年のうちに解消できないまま・・・・

   明日は早い時間に潜ってやろう!と思います。と言っても多分、7時30分にはエントリーしたいと思っています。きっとその時間を目標にすれば、8時にはエントリーできるかも。

   今、こんな事を書いて重大な事に気がついた。今夜のメニューはチキンカレーだった。でもダイエットを試みている私の主食は「わかめ」だった・・・わかめをさっと茹でて、わさび醤油でさしみにして鉢に一杯分ぐらい食べてしまった。1週間前には小鉢一杯の「わかめの酢のもの」を食べた時、その夜から翌日のお昼まで5回程苦しんだ・・・量は、その時よりも確実に多い今夜。リベンジならぬ、二の舞も二の舞だ・・・明日は1蹴りもできない状態かも?想像するに・・・マネキン人形が海の中に沈んでゆくようなそんな自分が重なる・・・・それでも天気が良くて海も落ち着いている今・・・何としてでもダイビングに行きたい。これから腹部マッサージをしよう・・・そして明日に備えよう。では、失礼・・・

2010年2月22日月曜日

この季節やってきました。


   夕暮れ・・・洗濯物をたたんでいると・・・こんな風景。夕日が綺麗なシーズンになってきました。
空の色は秒単位で変わります。この洗濯物を全てたたんでから。と思ってカメラを用意していては、綺麗だ!と思った瞬間の写真は撮れません。洗濯がシワになっても、そのまま。写真が優先です。これはクラブハウス前から撮ったものです。今はまだ西南の方向に夕日が沈みますが、これからどんどんその位置が変わり、5月になれば西から西北へ・・・クラブハウス正面の水平線で壮大なシーンを見る事ができます。これから、島の海岸で小高い丘で人が夕日を見ている場面に遭遇するようになります。みんな「グリーンフラッシュ」を待っているのです。夕日が水平線に沈む時、緑の光が空に広がった。と言う人もいれば、水平線から何本もの緑色の光が空に向かって放射された。と言う人もいます。人それぞれに言う事は違っても「グリーンフラッシュ」を見ると幸せになれる。そんなお話に願いを込めて、みんな夕日が沈む瞬間を見ているのです。私もこれから夕日を見る日が多くなります。それもこのシーズンの楽しみかな・・・

2010年2月21日日曜日

海のキラキラ・・・

   だんだん気温が上がってきました。太陽の光もだんだん・・・
サイパンは常夏の島ですが、やはりそんな島でも「冬」なんてものもあります。冬って言うのかな?微妙なところですが・・・12月中旬頃から太陽の光は少し休憩をするかのように弱くなります。そして季節風と言われる北東からの風が吹き、朝晩はちょっと肌寒く、日中は過ごしやすい状態になります。外出する時に窓を閉めて帰って来ても、ムッとする空気ではなくクーラーのスイッチを入れることは殆どありません。

   が・・・ここ数日。外出先から戻って来ると部屋がムッとするようになりました。朝晩は長袖、日中はTシャツだったのにタンクトップが着たくなりました。風も止んでいる時間が長くなりました。
こうなると・・・やはり海へ出掛けたくなります。ダイビングではなくてビーチピクニックです。

   そろそろBBQコンロを持ってお肉や果物を持ってビーチへ行く季節になりました。嬉しいですねぇ~
   

   キラキラなんです。午後の海。太陽の光が小さい波間に反射して・・・キラキラなんです。
午後3時頃になるとキラキラ面積はもっと大きくなるんです。

   キラキラな海を見ていると心もキラキラ・・
目もキラキラ・・・全てがキラキラ・・・

    みんなもこのキラキラ見に来てキラキラ・・・

2010年2月20日土曜日

眼からウロコで原点へ

   小さい頃から海が大好きでした。
岐阜県は海がないからかな?でも異常なぐらいに好きだった。小学2年で初めての潮干狩り。テレビで見た海とは違ったけど、貝を採っているうちにどんどん波らしきものがきて足のくるぶしまで海水が来て、沖を見ると海があった。両親は「もう出て来なさい」と言ったけど、私は頑固にも海から出なかった。そのうち下着のパンツまで濡れて・・・父が来て私を抱えて海から離したのです。「風邪ひくから着替えなさい」と言う母の言葉を無視してずっと海を見ていました。人前でパンツを脱がされ母が私の着替えをしました。翌朝のお味噌汁に入った貝、完全に開いた2枚貝・・セロテープで止めて元の形にして大きなタライに砂を入れ、水を入れコンパクトな海を作りみそ汁の匂いがする貝殻を並べた。無邪気だ・・・でも凄い執着心だと思う。小学4年生で初めての海水浴。我が家は祖父母がいたので、家族旅行は当然のごとく温泉とか山とか高原になっていたのです。水着を着て海に入ると目まいがした。海の大きさと遠い水平線・・・その海に憧れの海の中に自分がいる。従兄弟も一緒に行きました。従兄弟が「鼻血出てるよ」と・・それでも私は浮輪を頼りに沖へと行くのでした。サメとか怖かったけど、それよりも怖かったのは海底人。絶対に海底人がいると思っていました。海底人が私の足を引っ張って海の底へ連れて行く?どうしよう・・・そうなったら。でも私はクラゲのごとく波間を漂っていたのです。岸で母が叫んでいる。父が海に入って来た。逃げなきゃ・・・また捕まる。海底人よりも父が連れ去る事の方が怖かったかも・・・・「唇真っ青だから出なさい」「嫌だぁ~」仕方が無く父は「海の家」でボートを借りてくれました。ボートに私を乗せて沖へ出てくれました。
翌朝、朝ご飯よりも海。1人部屋を脱走。大騒ぎになったのは言うまでもありません。それから2度と海水浴とゆうものに連れて行ってはくれなかった・・・高校生の時、友達と海へ行きました。民宿で泊ったんです。1年~3年まで夏の行事でした。高校3年の時、世間じゃ受験生と呼ばれる時に私は「海の家」を営んでいたおばちゃんと仲良くなりました。夏休み期間、週末だけの条件でバイトをさせてくれる事に成功。母には「友達の家で勉強してくる」と土曜の朝に家を出て日曜の夕方に帰ってくる。そのスケジュールで海水浴場の「海の家」でバイト・・・家に帰ると母が「頑張ってきた?」「うん」それだけ・・・

   駐車場への呼び込みからかき氷、たこ焼き、焼きそば・・・楽しかったなぁ~土曜の夜は海岸でバイトの大学生のお兄ちゃん達と花火。私の原点かもしれません。

   数年前、家族でその海水浴場がある温泉へ行きました。運転していたカシラに「この道を入ると近道だよ」とナビゲーション。カシラは「地元じゃないのに道をよく知ってるね」と言いました。間髪いれずに母が言いました。「だってこの子、高校生の時にここでバイトしてたもん」「え!知ってたの?」「当たり前。分かってたよ。当時も・・・でも受験勉強の息抜きだろうと思って黙ってた。でも勉強してくるって言っても日に焼けて帰って来るからさ・・・」・・・・しまった・・・

   海好きがここまでエスカレートしてサイパンに来て19年。原点の気持ちは大人になるにつれて忘れてしまって・・・社会の厳しさや人間関係や裏切りや優しさや・・・思いやり。いろんな事を経験して、いつの間にか鎧をつけていたような気がします。いろんな事があったこの19年。人に傷つけられて、自分の居場所を失い結果、人を傷つけていた。自己嫌悪に陥ったり、自分を見失った原因の事実が分からなくて苦しんだ事もありました。でもインターネットのサイトで知った曲。原点の気持ちをはっきりと蘇らせてくれた。苦しい時に助けてくれた人達がいた。悲しさや切なさの中で自分を見失った時、支えてくれた優しさや温かさ・・・「眼からウロコ」・・・先日、午前1時すぎに寝て4時前に起きてしまった。午前8時に睡魔が襲ってソファにゴロンと横になったら眠ってしまいました。目が覚めると午前10時30分。2時間30分のロスをしてしまいました。寝るのは寝る。起きるのは起きる。白黒はっきりしましょ!と思ってる自分にはかなりの自己嫌悪。でも寝る前に少し開けておいたブラインド・・・目を開いた時にソファで横になったまま目に飛び込んできた風景。凄く感動しました。これがその写真です。先輩でもあり友達でもある人がこんな事を言ってくれた。「女性はね、20代・30代って何か心が苦しいのよ。葛藤の日々もあるんだよ。でも40代になるとね、とっても楽になるの・・・・」何かその理由が分かったような気がしました。
うまく言えないけど、彼女が言う言葉・・・分かったような気がします。見慣れた風景でも心が変わると凄く新鮮に見える。

   自分が何を言っているんだか?あまりよく分からないけど・・・何かに苦しい時、必ず自分の原点ってものがあるような気がします。幼い頃に遊んだ場所とか憧れたものとか・・・何かに一生懸命になったものとか・・・そこに戻る事ができたら・・・・疲れていた心もクリアーになるような・・・うまく言えないけど、きっと大丈夫。カーッと盛り上がってくる気持ちがあればそれはきっとその人の原点なんだなと思ったりします。

2010年2月17日水曜日

こんな物で喜ぶ40代

   見つけてしまいました。
お客様と買い物へ行って・・・興奮したブツです。
これ・・ストラップではございますが、そんじょそこらのストラップとは違って「パン」なのです。手触りは「焼きたてパン」のようにホワホワで・・バターロールの香りもするんです。12ドルだったんです。でも凄く迷ったのです。それはきっと私が40代とゆう世代だからでしょうか?それともこのご時世、衝動買い禁物!のイエローカードが頭をよぎったからでしょうか?いいえ、違うんです。こうゆう物は自分で買うのではなく、買ってもらおう!とゆう魂胆なのです。必要なものは自分の財布を開けますが、必要でない物で欲しい物は買ってもらう主義。凄く図々しい?っで・・・カシラに言おうとしたけど、ゆっくり話すチャンスもなく・・・カシラがお客様と食事に行った時にお客様が話して下さったのです。でも時間がなく、そこまで寄る事ができず、翌日・・・夕食を食べてから買いに行きました。場所はDFS(免税店)やっぱり思い立ったが吉日。って事で気が変わらないうちに・・・

   後ろはこうなっています。ちょっとリアルでしょ?
こうなってますよね?パンって・・・最近、サイパンのお店で各週で日本のパンが入ってきます。小型のあんパン・チョコパン・クリームパン・・・日本に居る時は食べないのに、サイパンにいるとやたら食べたくなるんですよね。大人気です。それでこのストラップを見てしまったわけでして・・・パンに恋焦がれて、パンは高級な物になって・・・それでつい・・・やっぱりこのパンの表情がいいです。人生、こうゆう顔で過ごしたい。と祈願して買ったわけです。人生の鏡ですね。
因みにカシラはコガシラにも買ってくれました。違う表情のものです。これも祈願して買いました。どんな表情かって?それはメガネをかけたガリ勉君。勉強で頭がいっぱいでプンプンしている表情です。本当にそうなってしまうのは困るけど、全く勉強しないで遊びばかり考えて緊張感のない表情のコガシラ。実際のコガシラの表情とガリ勉君のプンプン表情を混ぜればちょうどいいかな?と・・・・
   
   40代でも可愛い!と思うものは、10代の子と同じ時もあるんです。無理あるかな?かなり・・・

2010年2月8日月曜日

予防接種

   どこかの難民キャンプで配給を貰う為に並んでいるみたいですが・・・実はこれ、移動医療車を使ったH1N1新型インフルエンザのワクチン接種で並んでいる人達です。

   去年5月頃から世界中を震撼させている新型インフルエンザ。ニュースでワクチンの製造が間に合わないとか、足りないとか・・・いろいろ聞いていました。太平洋の小さな島のサイパン。このワクチンは入ってくるんだろうか?とゆう不安を感じたこともあります。正直言ってニュースを聞く度に怖かった・・・

   11月には季節性インフルエンザのワクチン接種が病院で行われ、今年はそれに加え新型インフルエンザ。11月に病院で「スワインフルーの注射はいつですか?」と聞いたところ、予定では12月ですがまだ分からないから電話を下さい。と受付で言われました。因みに新型インフルエンザの事を「スワインフルー」と言っています。12月上旬にコガシラが学校から問診票を貰ってきました。子供の名前と親のサイン、卵とチキンを食べてアレルギーがでるか?だけの紙でしたが・・・コガシラの学校にこの移動車が来て、全学年生徒がワクチンの接種を行いました。コガシラの学校だけでなく、島の学校全てですが。因みにドクターと看護師・レスキュー隊員が数人いたそうです。子供がワクチンを打った時に何か起こった場合には、レスキュー隊員の活躍となるようです。徹底されたシステムにビックリ!サイパンってワクチンが来ないんじゃないか?と思っていたのはとんでもない事で、この医療システムには感動しました。最初にワクチンが入った時、やはりサイパンも同様にその数は少なく子供や老人が優先されました。

   病院でもワクチンを接種できますが、他の患者さんもいて長い時間待たなければなりません。それだけでめげてしまい、ワクチンを打ちたくてもこの待ち時間のせいで腰が重くなるのです。
それでこの移動医療車の活躍です。人が集まる場所に行っては島民にワクチン接種を行っているのです。私の記憶の中では、小学校の時にレントゲン車が学校へ来た時と献血の車が学校へ来た時以来の医療車だったのである意味、懐かしく感動したりしていました。「サイパンにもこんなのあるんだ・・・」





   赤いシャツを着たローカルの女性は受付担当。住所と電話番号とサインを記入する紙をくれました。やはり同じく「卵・チキンは食べられますか?アレルギーはありますか?」と質問されました。「食べられるし、アレルギーはありません」と答えると、いくつか並んだテーブルに案内されました。紺色のシャツを着ている女性は証明写真のついた病院勤務のIDとインフルエンザ撲滅のTシャツを着たフィリピン人の看護師さん。私は真中の看護師さんに注射を打ってもらいました。お見事に痛くありません・・・
サイパンの病院の看護師さんはアメリカ人とフィリピン人・・・数は圧倒的にフィリピン人が多いのですが、その技術は高く評価されています。注射器を袋から出してワクチンを入れ腕に打ち、テーブルの真中にあるケースに注射器を捨ててゆく。凄い数の注射器・・・打った後は消毒の匂いのするコットンで押さえテープを貼ってくれます。サイパンは乾季に入っています。季節性のインフルエンザもこの時期から・・・
これで一安心です。因みに今日、近くのストアーに行ったら入口のドアにポスターが貼ってありました。
それはインフルエンザの予防接種を受けるように促す広告でした。

   太平洋の中の小さな島・・・新型インフルエンザ対策は完璧です。