2010年12月31日金曜日

ありがとうございました。

   2010年も残すところあと数時間。早いものですね。

今年も皆様には大変お世話になりました。有難うございました。心から感謝申し上げます。

2011年も皆様にとって良い年でありますように・・・暑いサイパンから祈っています。

どうぞ、良いお年をお迎え下さい。

2010年11月29日月曜日

サイパン「へのかっぱ」事情

   この1ヵ月ちょっと前ぐらいからニュースはインターネットで収集しております。

とゆうのも・・・テレビが壊れました。コガシラは全く見なかったし、私もカシラも見なかったけど、やっぱりテレビが壊れるとゆうは何か悲しい。DVDは見れますけどね。どうして壊れたかと言いますと、外の電柱にある大きなブレーカーが爆発しました。その為、激しく大量の電気が流れテレビの中の部品を壊してしまったようです。最初はケーブル会社を呼んで「映らないよ」とか言っていたのですが、その人が見てくれて・・・そう言われました。

   電力会社に「弁償してちょ」と言ってみるが「証拠無し」みたいに言われ、只今交渉中。でも完全な拒否をされている。ったく、責任感なしが「当たり前のへのかっぱ」のような仕事ぶり。電気代が安い時代だったら「しゃーないなぁ~サイパンの電力会社は・・」とか言えていたんだろうけど、世界で1番高い電気代を払わされて、電化製品壊された日にゃ怒るよ!不法とも言えるべき高額電気代の請求書を突き付けるのも数年前から「へのかっぱ」のようです。

   前も半年以上停電生活を余儀なくされた時、最高で12時間停電。普段は3時間停電が日に3回。そんな時も「金ないからガソリン買えない」(火力発電)と開き直られて、高い高い電気代を払わされたのですが・・・こんな事ってサイパンの電力会社は「朝飯前のへのかっぱ」ぐらいにしか思っていない。元はサイパン政府が光熱費を多額滞納しているからこうなったんだよぉ!ぐらいな勢いで開き直っていた。でもそんな時でも知事の住んでいるエリアは停電が無かったらしいが・・・なんで政府の失態を島民が補わなきゃいけないのか?法律で自動車保険が義務付けられたのに、消防・パトカーで保険に入ってなかった事が分かったし・・・
サイパン政府も島民に厳しい条件を出し、生活を締め上げて、自己利益の為に癒着した企業とアメリカの援助金を使うのも「朝飯前のへのかっぱ」らしい。

   おかしい・・・矛盾に矛盾が重なる時は「かっぱ」のように海に潜るしかない。だけど朝起きると肌寒さを感じる。メゲル・・・テレビを見るメゲル・・・
あぁ~メゲテバカリ・・・私は10月・11月は悪い月だと言われたけど、そのせいかしら?
因みに私は☆を2つ持っているらしく、4・5月と10・11月が悪いと「なんちゃって占星術師」に言われた。しかし!彼女は会う度に「あ!6月も悪い。3月もダメ」とか言った。ブッチ切れた。こうゆう奴に限って「わたしには神様がついている」と言う。全てメゲル。12月は良い月だ!自己暗示にかけて、12月にもう1回、電力会社に交渉をしてみよう。とカシラに言ってみることにしよう・・・汚れ役はやらない主義。(←これも私にとっては、当たり前のへのかっぱ)

2010年11月26日金曜日

海に浮かぶ月

   すみません。また満月で・・先日の満月でございます。
私はサイパン=青い海。とゆうよりも、サイパン=海の上の満月。なのです。小さい頃から満月を見るとやけにテンションが高くなるのです。狼女じゃございませんが、好きなんです。

   黄金色の月明りの道ができて、それが岸に向かってずっと伸びて、海の上に浮いているように見えるんです。私は昔からこれを「海に浮かぶ月」と名付けているのでした。

   サイパン、海に浮かぶ月・・・綺麗でしょ?幻想的でしょ?

   でも満月の写真を撮る時、いつも夜中3時以降だったりするから、翌日はボケーッとして幻想的な日を過ごしているのも事実なんだな・・・これが・・・年齢を重ねる度にキツイ。これは現実なんだな・・・

2010年11月18日木曜日

修学旅行

   昨日、コガシラが通っている高校に日本の高校生が来た。バスで6台ぐらい学校に来ていたとゆうから、修学旅行かな?「いいなぁ~今の子は・・修学旅行で海外なんて・・・」
因みに私の姪と甥は私立高校だったのですが、姪はニュージーランドへ行ってホームステイを経験し、甥は沖縄へ行っているのです。甥はその時既にダイビングのライセンスを持っていて、ダイビング好き。沖縄行って綺麗な海を前にして潜れないってゆうのも辛かっただろうけど、エンジョイした感じ?「海ぶどう」をお土産に買って来てくれました。あ!姪には何も貰ってない・・・今、思い出した。

   因みに私は岐阜県立の高校でしたが、当時その高校の校長は元特攻隊員。出撃前に終戦を迎え、戦友は出撃している人も多かったようです。よって、修学旅行は研修旅行となっていて広島の江田島へ行って来ました。それも受験に影響するから・・・高校2年の夏休みになってすぐの出発。海軍司令学校?に行き、血で書いた遺書とか特攻隊員が出撃前に残したモノが展示されていてそれを見て来ました。瀬戸内海遠泳・海軍司令学校見学・江田島サイクリング・カッター訓練。(カッター訓練の意味が分からず、ずっと刃物のカッターを連想していて、友人とどうして広島に行ってカッターで鉛筆削る練習をしなきゃいけないのか?と言っていました)でもこのカッター訓練が一番辛かった。ボートだったんですね・・手漕ぎボート。
前に座る教官?は元海軍の兵隊の方。おじいさんだったけど、厳しいのなんのって・・

ボートの上で緊張して話しを聞いていた時、海面で魚がピョンと・・海のない岐阜県の子はそうゆうの珍しいから、横目でそれを見たら教官のおじいさん「きさま!どこ見てる!」と・・
約20人程のボートだったと思うけど、みんな固まった。

終了した時、友人(女の子)が泣いていた。何をしたのか分からないけど、教官の気にさわる事をしたんだろう・・「きさまっ!」と言われて、頬をぶん殴られた。きっと今の時代なら訴訟問題だな。友人はめちゃくちゃ泣いていました。当然・・・引率した学校の先生もかなり慰めていたけど、どうする事もできなくてアタフタ・・・

夜は夜で「平和の祈り」とゆう事で、広島平和公園にともっている火から分けられた火を生徒1人1人がロウソクにともし平和を誓い消してゆく。そんな行事がありました。「息を吹いて消すな。手で消せ」と言われ、熱いのなんのって・・1発で消せないし・・・ジュって音が周囲から聞こえて「あっちぃ!」と言いながら手をふってるし・・・

朝は6時起き。館内に設置されているスピーカーから軍隊のラッパの音が流れ起こされる。
凄い旅行でした。帰りの日、宮島と平和公園に行って新幹線に乗り帰って来ました。鞄の中からは、宮島で買った「しゃもじせんべい」と広島駅で買った「きびだんご」(岡山産?)と
「もみじまんじゅう」を出しお土産として家族に渡した。

小学生の時に京都・奈良に行ったけど、そっちのお土産の方が充実していました。舞子さんのついたハンカチとか、舞子さんのポックリ小物入れとか・・中には「おじいちゃん用・おばあちゃん用・お母さん用・お父さん用・弟用・・」とか言いながら六角棒をそれぞれに買った友人もいました。「何に使うの?」温度計付き金閣寺とか・・・結構、その話しって盛り上がりますよね?ペナントは絶対にお土産としてあったような・・・中学の修学旅行は鎌倉・東京・日光だったけど、私の従兄弟は日めくり付き東京タワーの置物を買っていた。(従兄弟も同級生で同じ学校だったし)私は日光の東照宮で「見ざる・言わざる・聞かざる」の猿3匹がついた木彫りの置物買いました。どうしてこうゆうのを買うのか?今思うと笑えるけど・・・

高校の研修旅行も凄い経験だったけど、もっと凄いのは出発の前日、研修旅行に向けての登校日がありました。梅雨も明けて暑い日でした。校長先生が朝礼台に立ち、2年生の生徒は全員炎天下で並んで話しを聞いています。元特攻隊員だった校長は海軍司令学校で何を見て来て欲しいのか言っていました。「僕の戦友であり、親友達は・・・お国の為と言いながら若い・・・$%($”~%$’)’%$その英霊に・・・・’%$’()=(&$)&%##」長い長い時間話し続けました。生徒は貧血でどんどん倒れてゆく。しかし校長は興奮してその状況を把握できていない挙句の果てには青空に向かって「〇〇〇〇〇く~んっ!!」涙声で出撃した戦友の名前を叫んだ。生徒は倒れてゆく・・・倒れた生徒を保健室に運ぶ先生達。ついには1人の先生が校長の所へ走って行き、校長を正気に戻した。そして演説は終わった。研修旅行より私はこっちの方が印象に残っています。

2010年11月15日月曜日

今日だった・・・

   11月15日。私の運命の日?

27年前、19歳だったけど(年齢ばれるかな?)学生の時、コンパで知り合った歯科大生の方と会った日、彼の誕生日だったし、付き合った日。4年付き合って別れたけど、それからいろんな事があって、奇しくも同じこの日・・・19年前の今日、私はサイパンに来ました。

思い出は大切にしたいですね。素敵な思い出は・・・

今、彼は大阪で歯科医師として頑張っていると思います。立派な人になっていると思います。
頑張れ!私も頑張る。

2010年11月11日木曜日

笑える・・・

   学校でも校則はあるし、会社でも社則はあるし・・家にでもルールがあっていい。
これ最高!アメリカ人の友人の家の冷蔵庫にバーンっと堂々と貼ってありました。

   簡単な英語ですが・・・・

   家のルール
   1、お母さんはいつも正しい。
   2、もしお母さんが間違っていても・・・ルール1を見なさい。

そうなんです。お母さんは間違っていようが、何があろうがいつも正しいのです。
世界中、お母さんをヨイショしなきゃいけないのは共通で、正式なルールなのです・・?

   因みに。これもアメリカ人の方の車に貼ってありました。
「子供達は私の事をATMだと思っている」とゆうステッカー・・・これを貼っているアメリカ人の方はお金持ちなので、どう理解して良いのやら?皮肉で笑うのか?それとも哀れんであげたらいいのか?

書きたい放題

   先日お話したサイパンの「マリファナ法案」上院が却下しました。当然!
今までにもサイパンにカジノを作るとか・・そんな話しも浮上した事がありましたな・・・

   でもそうゆうのが却下されて島民もホッとしているだろうし、ましてや子供のいる家庭の人達には嬉しいニュースだったと思います。

   日本では海保のビデオ流出でいろいろあるようですね。でも「事件」と書いてあるけど「事件」は流出させた事じゃなくて、領土に入ってきた違反者を釈放しちゃった事じゃない?とか思ってしまいます。でも・・何年か前に奄美大島沖だったかな?やっぱり外国の船が領海侵犯して海保が動いた時、銃撃を受けたんですよね。その時の映像はちゃんと公開されてテレビでも観たのに、どうして今回だけ「機密」とかにされて公開されないの?

2010年11月5日金曜日

ビックリ

   昨日に続いてビックリ。今朝、インターネットのニュースの項目を見たら「尖閣諸島のビデオが流出」とか出ていて・・・ビデオを公開しろ!しない!と騒がれていたけど、当初は私も「公開すればいいのに・・・」と思っていたけど、政治的な意図があるんだろう。と強引に日本政府を信じていたような気もする。両国の姿勢にもイライラしていたのもあったから、ここ最近はあまりそのニュースを見ないようにしていたのかもしれないな・・・

   昨日も驚いたニュースがあり。なんだか政治不信になっているのは事実。
サイパン政府にお金がない事は嫌とゆうほど、島民の生活を窮地に追い込んだので分かっていたけど、これはないだろ!と・・・「マリファナ法案」だって・・マリファナを合法化して、それに税金をつけるとゆう法案。あくまでも個人の使用に限りだそうです。栽培、使用、持ち運びOK。未成年者の前では使用禁止。って・・・そんな・・・言葉出ません。
それがサイパンの下院を通過したとゆうから再度ビックリとゆうか、呆れた。おわったね。

   なんかもう・・・疲れた。

2010年10月30日土曜日

言霊

   先日、幼馴染のMちゃんが雑誌のコラムの話しをしてきました。そこには「言霊」とゆう言葉が・・・
人が話す言葉の中には魂がある。とゆう事で私は理解しているのですが・・・・

   そのメールを読んでいると姪とその友人が会話をしていた事を思い出しました。
数年前、2人はサイパンに遊びに来ました。姪は何度も来ているのですが、友人は初めてのサイパンです。美味しいレストランに連れて行ってあげよう!と思い行きました。セットメニューをオーダーしました。

   2人は一口食べると「やばっ!マジ、ヤバイ・・・」(姪)「わっ!ヤバッ!ホント、マジヤバイ」(友人)
の会話をしました。一口また食べると「やばっ!」(2人)叔母の私は「美味しくない?」と聞いてしまいました。2人は「美味しいよ。マジ美味しいって・・・ヤバッ!」と言っています。「ねぇ~どうして美味しいのにヤバイって言うの?」と聞くと2人は答えに困っていたようですが「めちゃくちゃ美味しいからヤバイんだよ」とゆう内容の返事をしてきました。分からない・・・

   それで2人の会話が成立しているからこっちも「やばっ!」となるわけです。このままじゃ日本語の崩壊は目の前だ・・・話を聞いていると全ての喜怒哀楽にこの「やばっ!」を使っているようにも思えました。
たまらず私は彼女達に言いました「お姉ちゃん達が貴方達の歳の頃にヤバイって言葉に発するようになったと思うけど、その時は本当にどうしよう!このままだったら・・・とゆう場面で使っていたよ」と話しました。(姪が小さい頃から私の事をお姉ちゃんと認識させている。本当は叔母にあたるのにお姉ちゃんと言わせているところが正しい日本語ではないけど・・・)

   滞在中、彼女達は数えきれない思い出を抱いて帰って行った。そして我が家で数えきれない「ヤバイ」を連呼して、私達の脳裏に確実に埋め込んでいった。そうなるとこの「ヤバイ」も現代日本語の言霊なんだろうか?

   しかし今でも不思議だ・・・「ヤバイ」だけの会話で「美味しいね」とゆう内容になるなんて・・・
もし姪が「ヤバイ」(美味しい)と言っても、友人の口がこの味を受け付けなかった場合「ヤバイ!気持ち悪くなりそう」(美味しくない)と思っているかもしれないじゃない?と思ってしまうのは私だけ?

   きっと「やばい!」とゆう会話をしていても顔の表情や声のトーンで理解しているんだろうな・・・
やっぱり携帯が主流な時代でも顔を合わせて話す事が1番で、その言葉の中には心を動かす言霊があるんだろうな・・・メールの文章の中で言霊とゆうのはあるんでしょうか?

2010年10月29日金曜日

人間の品位(SEA SHELL PINK)

   この鞄、ジュート(黄麻)で作られたもの。
ジュートと言ってピンとこない方もいらっしゃるかな?実は私、初めて聞く言葉でした。大量のコーヒー豆を入れるゴワゴワした硬い袋を思い出して下さい。それがジュート(黄麻)なのです。でもこの鞄はちゃんと布として縫製されているので表面は滑らかで手触りは普通の布と変わりません。でもジュートの強い繊維である良い特徴を生かして作られているので、型崩れもなくとっても優れものなのです。お手頃サイズでその用途は広い。化粧ポーチも楽々入る。これは女性にとって嬉しいですよね。

   他にもいろんな鞄がありますが、今回はこのジュートで作られたお薦めバックを紹介しました。

   アクセサリーも沢山あります。手作りのものが多いですよ。

   ここのお店は以前にも紹介した事があります。
「SEA SHELL PINK」 です。このお店の廻し者か?と思われるかな・・・私が19年前にサイパンに来た時、初めて入ったお店はがこの「SEA SHELL PINK」日本から持って来た夏服だけじゃ足りなかったし、このお店がいいよ。と知人に言われました。スカート2枚・白のパーカー・バナナの葉で作ったスリッパを買いました。デザインはシンプルだけど、不思議な事にブラウスにもTシャツにも合うスカート。何より着心地が良かったし楽だった。すっごくお気に入りになって毎日着ていたような気がします。何度も何度も洗濯をして着る繰り返し。それでも5年は軽く着れましたよ。島には沢山の服を売るお店があります。だけどこのお店は昔から島の人達が大好きなお店だし、日本からの観光客の方々にも沢山のファンがいる。サイパンで1番のお店だと私は自信を持ってお薦めします。

   今回、お話したいのはこのお店の事もそうだけど、ここのオーナーの女性のお話。島のみんなからは「ミヤちゃん」と言われています。彼女がこの島に来たのは1982年。でも年齢不詳。私よりちょっと年上だと思うけど、元々陽気で気さくで明るいミヤちゃんは時々「私よりも年下なんじゃないか?」と思う事もあります。そして我が息子のコガシラ(15歳)と話しが合うし、知人の子供達とも同じ目線で同じ内容で友達みたいに話している彼女、本当に幾つなのか?分からない。かと思えば、年配の方々から厚い信頼を受けている。一度しか会った事のない私の母まで「ミヤちゃん」と言って彼女の話しをよくしている。それが彼女の魅力なんだな・・・

   「写真撮らせてよ」とミヤちゃんに頼んだけど、逃げられました。お店に入るといつもニコニコして笑って迎えてくれます。来年2月で彼女が愛する旦那様が天国に召されて3年。突然、不慮の事故で他界された時・・・みんなどんな言葉を彼女にかけていいのか分かりませんでした。ご主人はアメリカ人。彼が経営するレストランは島で1番人気のお店でした。それは味もさることながら彼の人柄でもあったと思います。
相思相愛の2人は周囲からも羨ましがられる仲の良さ。その関係はとってもナチュラルでお互いの仕事も現実も尊重し合い、夢を重ねているように見えました。今でも感じる事があります。天から降り注ぐ暖かい光と空気が彼女を丸ごと包んでいる事を・・・
「SEA SHELL PINK」の看板の下にはご主人の名前の入った会社名がちゃんと記されています。この看板には彼女の今までの努力とご主人との日々が沢山詰まっているように思えます。

   私は彼女に何度も悩みを相談した事があります。18年前から引きずっていたものを話した時、彼女がこんな事を言ってくれました。「貴方の周りには大人が居なかったのね。もし私がその当時、貴方と今みたいに知り合いになっていたら、私が貴方を助ける事ができたのに・・・」その言葉で全てから解放され楽になりました。彼女は10話すと100の慰めで癒してくれる。何を否定する事もなく、自分でさえ気が付かなかった事の真髄を教えてくれる。とっても頭のいい人と同時に彼女の今までの人生を感じる事がある。いつも笑っていながら、その影ではいろんな事があって1つ1つ乗り越えてきた人なんだな・・と。
いつか彼女に恩返しができるように・・・彼女が前にこんな事を言いました。「私が死ぬ時は延命処置はしないでね。早く彼の所へ行きたいから。でも絶対にバカな真似はしないよ。彼が1番嫌がる事だから。でも死んだら、彼の遺灰と一緒に地元の地に埋めて欲しい。そして桜の木を植樹して欲しい」と・・・
私はその場に絶対に立ちあいたいと思いました。ご主人の遺灰と同じ容器に入れて、ミックスしてシャッフルしてシェイクして混ぜ混ぜして・・・2度と離れないように・・・そして沢山花を咲かす元気な桜の木を。

   そしてこのお店には陽気で優しいフィリピン人のスタッフの方々が数名います。彼女がデザインする服を丁寧に1枚ずつ縫製しています。お客様がいらっしゃると、とっても素敵な笑顔で迎えてくれます。決して若くないけど、素敵なおばちゃま方です。去年11月。この島に連邦法が導入され、外国人労働者の行く末にいろんな噂が飛んで確かな情報が取れなかった時、彼女はスタッフを守る為に必死でした。スタッフも彼女のその姿勢に応えていました。信頼関係が抜群のお店ですから、1つ1つの商品に愛を感じます。サイパンにいらしたら是非寄って欲しいお店です。必ず気に入った物が見つかるお店ですよ。サイパン到着時にこのお店に来て布を選んで好きなデザインを言えばミヤちゃんがそれにちゃんと対応してくれます。帰国時には出来あがり。帰国時に寄られた場合は日本まで送ってくれます。(送料は別途)
日本からお問い合わせもできます。


この夏にお店は移転しリニューアルオープン。上記HPでは定休日が日曜となっていますが、現在は月曜になっています。

場所:ガラパン(サイパンの繁華街)にある、フィエスタリゾートホテルを背にすると正面に歩行者天国の通りがあります。その通りの右の通り。ディスコ(クラブ)GIG(ピラミッドをモチーフにした建物。大きなスフィンクスがあります)それを目印にして下さい。GIGの向かいに「SEA SHELL PINK」があります。
お客様をお迎えする玄関はいつも綺麗で、沢山の植物が並べてあります。

   サイパンへお越しの際には是非「SEA SHELL PINK」に寄ってみて下さい。

2010年10月27日水曜日

早起きは・・・

   「早起きは三文の徳」と言いますがその通りでした。午前4:50に目が覚めて朝ご飯作りを開始。
いつもより40分早く起きた今朝。余裕があります。6時にコガシラを起こす。朝ご飯を食べている時間に空を見ると・・・・上記の写真の色合いの空。朝焼け・・・

   私は空や雲を見ると時々連想するものがあります。それは「仏」です。きっと幼少期の頃、祖父が教えてくれた事が今でも頭にしっかり残っているんでしょうね。「仏様は雲の上に。天国は空の上にある」
今朝の空を見ると祖父の言った事は間違いじゃないと思う。本当に綺麗な空だった。この10分後には太陽がしっかり昇りその色は消えてしまったけど、今は真っ青な空に太陽の光を反射させる入道雲。いつものサイパンの空になっています。

   時々サイパンの空とゆうのもは不思議な色を見せてくれます。満月の時も、雨あがりの時も、朝も夕暮れも。それは全ての色が発光していて瞬時に自然の世界に投げ込まれるような感覚って言ったらいいのかな?その色の中に自分がいる事が不思議に思える。そんな色を見せてくれるんです。

   と言いながら、ヤバイ・・・早起きしたせいで今睡魔が襲ってます。あぁ~眠い。
「早起きは三文の徳」に因み、こんなお話し。「早起きは100円の得」実家のある小さな町、初冬になると「お薬師様」のお祭りがあります。どっぷり日も暮れて賑わう時間は午後7時頃。10時近くまで行われるこのお祭り。小さな町のお祭りとはしては規模が大きい。お祭りの場所が実家からすぐとゆう事もあり、小学生の頃からある「噂」が広がったのです。「翌朝、早くお祭り後の道をずっと下を見て歩くとお金が落ちている。運が良ければ1000円ぐらい拾えるよ」と・・・早速翌朝その通りへ行ってみた。近所の子も来ていました。(みんなコッソリ内緒で来ているんですよね)通りの上から下にかけて数人の子供達が下を見て歩く。欲が深いとお金を見落とす(我先へと急ぐあまり、肝心なものを見落とす)要領が悪いとお金は拾えない(お金が落ちていそうな場所を友達に占領されてしまう。よってお金が落ちていないような場所を探す事になる)幼い頃の経験は悔しい程に大人になる為の社会へ出る為の教訓となる?通りの下まで歩けば300円は必ずゲットできる。しかし、この噂が広まり隣の地区の子供も来るようになる。年々その数は増し焦りさえ感じるようになる。時間になり、急いで家に帰り朝ご飯を食べて学校へ行く。
「今日は300円拾った」「私、200円」集団登校をしていた私達の会話だった。(小学生の頃)しかし、中学生だった姉が学校から帰って来ると「〇〇ちゃんがあの道で学校へ行く途中1000円札を拾ったらしいよ」と言った。小学生にとっては登校時その道は通らないが、この道は中学への通学路になっている。
子供達が数人でお金を拾った後、その○○ちゃんは1000円札を拾ったと言うのだ。これを人生に置き換えると「運がいい」と言う事になるんだろう・・・

   今朝の空は「早起きは三文の徳」だけど私はどちらかとゆうと「早起きは現金の得」が好きかもしれない。しかし不況のサイパン、下を見て歩いても1セントたりとも落ちていない。厳しい現実で得た教訓は「下を向いて歩くな。何も落ちていない」とゆう事でした。

   良い子の皆さんへ。
「お金を拾ったら、すぐに警察へ届けましょう」

2010年10月26日火曜日

こんな時だから

   毎日暗いニュースばかりだから、せめて夫婦喧嘩は明るくしてみました。女将勝利!

2010年10月20日水曜日

偶然か奇跡か?

   前のブログに書いたように・・・今年私は25年ぶりの再会を果たしました。
25年前、旅行会社に就職した新入社員。その時に会った某大手旅行企画会社の営業の方。今は会社を変えられて、某旅行会社のサイパン支店長。2週間前、その方と既に再会を果たしていた方と3人で宴会をしました。既に再会を果たしていた方は、サイパンに来た初日の夜に偶然買い物先で会いました。今はホテルにお勤めですが・・・「マツ?」(旧姓:松原なのでマツとその人に呼ばれていました)「〇〇さん?」
今でも彼の驚いた顔を覚えているんだけど、私も同じような顔をしていたに違いないと・・・・

   こうして25年前に旅行会社の岐阜営業所でお会いした方々とサイパンで再会。偶然なのか?それとも奇跡なのか?彼らと会う事で私は自分を取り戻した部分があった。それは私にとって神様がくれた救いの道だったような気もします。感謝・・・・

   ってな事で、私達3人の会はこの先も続くんです。サイパンで会えて良かった。サイパンに来て良かった。この出会いを大切にしたいと思っています。これは偶然とゆうよりも、私は奇跡と思いたい。

2010年10月5日火曜日

硬い話しになってしまうけど

   こんな綺麗な朝のサイパン。でもその島は崩壊の危機にさらされています。

   政府にお金がない。とゆう理由で先週金曜から政府関係の役所が閉鎖されています。(警察・消防・病院・アメリカから資金を受けている役所。は閉鎖されていません)

   知事が職員の給与カットの為、2週間で16時間の時間短縮案を提出。議員がその半分の8時間案を提出。知事の案が可決しない為、この強硬手段に及びました。今年の赤字は来年に持ち越さない。これが法律として確立されたのは立派な事だけど、この手段はないだろう・・・

   隣に住む大家さんの長女は水質調査を行う役所で働いています。ここはアメリカからの資金で運営されているので、毎日仕事に行っていますが彼女曰く「関係役所が閉鎖されているから全く仕事にならない。知事の案と議員の案。大きく違うように見えるけど、実は議員の提出案の中には8時間削除だけじゃなくて、違った形で削除される案も入っていて、最終的には知事の16時間削除と同じ内容。前に金曜も休みになった時期があった時、電気代の節約として週休3日になったけど、一晩中電気はつけっぱなしだったし・・・・ホントに恥ずかしい話しだけどね。政府は300人のリストラが必要だと言っているけど、役所に勤めている人達は政府の関係者や親戚筋にあたる人達。だからリストラができない。この先、どうなってしまうんだか・・・私の周囲の人達も民間企業に就職した方がいいよ。って言い出している人達も多くなってきたよ」と・・・・彼女はアメリカの大学を出てサイパンに戻り政府関係の職に就いた。先進国を知っている事もあってこの状況を地元民として恥ずかしく思っているようでした。そしてちゃんとした考えを持っている女性なのです。

   ここは血統主義。生まれた家系で生まれた瞬間からその人の人生が決まる。地元の人達から安定した職場は政府関係者及び政府関係役所。勉強が嫌いな子でもいい家系に生まれればその道は約束される。貧しい家に生まれれば勉強が好きで奨学金で大学へ行っても地元に戻ってきたら職はない。
島の子供達に「将来は何になりたいの?」と聞くと、多くの子は「軍隊に入る」と答える。必ず貧しい家の子ばかりではなく、中級クラスの家の子も同じ。それは職がない。とゆう現状から軍隊の道を選ぶようです。そんな時に戦争が勃発すれば、必ず戦地へ行く。行かなければ憲法違反になる。

   実際に日本も不況で政府が経済が少し上向きになったと発表してもそれはごく一部の職種だけであって、実際に私の地元は美濃焼で盛んな町だけど、年々その不況は深刻化していてその先は闇だらけなのが現実。でも役所は閉鎖する事はない。3年前に半年間、多い時で12時間、平均9時間の停電生活をさせられた時・・・火力発電の島の政府にお金がなくガソリンを買えない為、発電機の修理が行えない為の2つの理由が重なり島民の生活に大打撃を与えた。電気を使えず、電気代は異常的に値上がり、新聞では世界1電気代の高い島として掲載された。電力会社は長年、政府からの電気代支払いが滞っている。その為に会社は経営が難しい状態にある。その為に島民に対して電気代の値上げをした。政府とは民と救うものであって、犠牲にするものではないのに。サイパンは逆のようだ・・・その時もアメリカからの援助を得たはずなのに、問題はクリアーされる事はなかった。その時も日本と比べた。「ライフラインが確保されている日本。どんなに不況でも必ずチャンスはある」と思いました。現在の状況を見ても日本はまだまだチャンスがある国だから、諦めないで!と強く思います。

   安い人件費の生産国から市場流通に乱れが生じみんなの生活水準が下がった。価格の自由化が導入され、どの業界もダンピング合戦が始まり他社よりも1円でも安く。が時代の先を走った。安い物に対しての需要と供給。利益が出なければ給料にも影響する。ボーナスカット・給料の上がりはない。今じゃワークシェアリング・・・・昔のように品物に対して「最低価格」のラインを決める事が経済復活になるんじゃないか?と思ったりする。生産国日本は中国にその地位を奪われた。でも日本はそこで諦めるわけじゃなく、技術力日本として立ち上がろうとしている。私は日本を誇りに思う。日本人である事に誇りを感じています。だから日本政府の方々も派閥や足の引っ張り合いをしているのでなく、強い姿勢で日本を守って欲しい。「1番じゃなきゃダメなんですよ。2番じゃダメなんです」生産国じゃない日本になった。技術力の日本に生まれ変わろうとしているんだから、2番なんてあり得ない。

   私達が子供の頃、団塊の世代とゆう方々から「MADE IN JAPAN」を残して貰った。今、私達が子供に残してやれる物は何か?ちゃんと考えよう。

   硬い話しになってしまったけど、今のサイパンを見ていて強く痛く感じるこの頃です。

2010年9月12日日曜日

いいねぇ~ナチュラルハイ

   気分転換で外に出て飲みに行くのもいいだろう・・・コガシラが大きくなって「たまには2人で飲みに行って来てよ」と言うようになった。お言葉に甘えて出た事もあるが、外で飲めば高いし美味しいわけではないし・・・気分が変わるだけ。安いお酒をグラスに入れてもかるく6ドルはとられる。ほら・・ご存知の方はご存知でしょうが、私2・3杯で満足できる女じゃないでしょ。できる事なら潰れるまで飲みたい奴。まぁ~20代の頃から相手潰しても自分潰れる事ないから可愛くなかったけど・・・演技で「あぁ~私、酔っちゃった」なんて嘘言える奴でもないし、どっちかってゆうと「え!飲み足りないんじゃないの?」と煽る方だし。「私の酒が飲めないってゆうわけ?」と脅迫する方だし。

   そんなわけで酒飲みの節約術は家で美味しいお酒を飲む。
これに限るね。例えば30ドル分、ワインやビールを買っても2・3日は飲める。この感覚。外で飲んだら1回分で30ドルなんて軽く超えるもんね。そんな事をカシラに言い残し私はワインセラーに行ったわけです。チーズと生ハムは必需品。だけど、生ハム無かったので、サラミにしました。

   店内のお酒を眺めていると、目に飛び込んできたのは冷蔵庫に入ったビールの数々。「わぉ!」嬉しくなりました。だって「LONG BOARD」よ「LONG BOARD」・・・サーファーにこの響きは衝動を抑えられないでしょ?ボトルの首を見ると「KONA」って・・・もうやられたね。私、ハワイ大好きだし。ハワイはハワイでもハワイ島好きだし・・・コナだよコナ・・・冷蔵庫の前で目はキラキラ輝き、迷わず手に取る。
横の棚を見るとまた違うメーカーでラベルにサーファーついてるし。だけどハワイじゃない。だけどラベルにやられた。家計観念なんてぶっ飛んだ。買える分だけ買っちゃいたい。まさに衝動買い。「おい!いいのか?このご時世、そんな贅沢しなくても」と、何やら硬くなってしまった自分の思考が言う。「いいのよ、家は他の人に比べたら外食もしてないし」と何やら妖しげな本性ヘルパー思考が言う。「買っちゃえ!買っちゃえ!もっと買おう!」←多分、これが本性。「本性のまま生きるのは難しい」と思う←(成長?)だけど、本性貫きました。そう、ストレス発散!だけど…安っぽいストレスだこと・・・

   その興奮のまま家に来て、日に焼けたカシラに「やっぱりさ、日に焼けたあんたはかっこいいよ」と大量のお酒を詰め込んだ袋を隠して言ってみる。「あのね・・・」と衝動買いの言い訳をする。カシラは「良かったじゃん。今夜がたのしみだなぁ~」と言った。「よっしゃー!」ガッツポーズ。  


   最初はこのビールから。当然、私は「LONG BOARD」を飲み、カシラが「FIRE ROCK」を飲んだ。これは絶対に火の神、ペレのキラウエアだよ。

   次はフランスのワイン・・・カシラも上機嫌で飲んでいる。ワイン、空になってしまった。「ワイン買いに行こう」と珍しくカシラが言う。「うんうん、行く」

   しかし・・ワインセラーは閉まっている。近くおストアーで見たワインは飲む気にならない。結局、バーボンを買った。「俺、ロック」カシラが珍しい事を言った。彼はいつも水割りで私がロックなのに・・・しかし、その時既にカシラは酔っていたようだ・・・1杯飲み終えないうちに、寝ていた。また潰してしまった。いつになったら私は潰れる事ができるんだろう?潰れるまで付き合ってくれる人がいつになったら現れるんだろう?

   これでもお酒、弱くなったんですけど・・・・

2010年9月1日水曜日

マッサージ

   日本から戻ってどうも疲れが取れない1週間。鉄板的な背中と肩と首。戻ってすぐにマッサージを受けてみると鉄板的なものはほぐれたものの、ゴリゴリが背中・腰・肩・首のいたるところに出現。頭痛がとれない1週間でした。とりあえず、掃除も終わったし・・・今日は午後からずっと雨が降っているし・・・もう1度マッサージへ行く事にした。

   実は私が自らマッサージに行くことは、本当に珍しい。昔から「我慢」してしまうタイプ。
小さい頃から歯医者さんへ行っても「泣くもんか!」と心に決め何をされても椅子から垂れ下がる足をこすり合わせ我慢していた子なのです。しかし、サメのように二重にも三重にも重なってはえた前歯2本を抜く時には、麻酔をかなりうたれ・・・その恐怖に手で口を押さえました。その手を強引に取られ歯を抜こうとする先生に向かって「クソジジィー!やめろぉ~」と泣き叫んだ事もある。この先生は小さい頃から私の歯をみて下さった先生でよ~く知っている先生だし、先生も私の事をよ~く知っているだけに、付き添った祖母に「我慢強いよっちゃんが僕の事をクソジジィって言った。ビックリしたよ。よほど怖かったんだな・・・」と笑って言ったそうです。と、まぁ~これぐらい我慢する子だったので、大人になっても「我慢」する大人になったわけです。

   話しは逸れましたが、そうゆう事で自らマッサージに行く。とゆうのは、本当に本当に珍しい事だけに、それだけ重症とゆう事もありまして・・・ひいきにしている中国人の女性マッサージ師もそれはそれは力を込めて、全身の体重をかけて揉んでくれます。時には肘でグリグリと・・・ちょっと楽になったかな?

   今まではちょっとでも動くとその振動で頭に響いて頭痛を感じていたけど、今はそれはありません。
マッサージって気持ちがいいですよね。友人は1週間に1度行っていますが、私は年に2・3回かな?
でもこれをきっかけにどうやらマッサージにはまりそうです。

   マッサージが終わって部屋を出ると、8人ぐらいの観光客の方々が・・・中には若い20代前半のカップルの方も・・・「なんだ、みんな好きなんだ・・・」そこのママさんに「忙しいね・・・」と言うと「今日は雨が降ってるからね・・・雨が降ってるからお客さんどこにも行けないから」中国人のママさんだけど、上手な日本語でそう言っていました。マッサージの後の冷たいジャスミン茶。サービスで出してくれますが、美味しいです。

   前に違うマッサージ師の人が「マッサージの後は必ずお水をコップ1杯飲んで下さい」と言っていました。血流の関係みたいですよ。

   今夜はゆっくり眠れそうです。明日から復活目指して、体調を整えます。

2010年8月31日火曜日

ミドルフィンガー

   中指を立てて相手をけん制する。いわゆる「F〇〇〇 YOU!」のポーズ。アメリカ圏では最低最悪なポーズとされ、コガシラは幼稚園の頃からこのポーズに対する教育を学校で徹底的に受けている。
このポーズをした子供は即、校長室に呼び出され厳しい注意を受ける。場合によっては親も呼び出される。昨夜、私はこのポーズをレストランでやってしまったのでした。

   実は昨日、午後6時頃・・・友人の家に居たコガシラを迎えに行きました。玄関の前にフェンスがあり、そのフェンスを開けようと手をかけるとその裏に蜂がいたらしく、私の中指の先を蜂が刺しました。電流が走ったような激痛があり、気休めでも毒を吸い出し・絞り出し・・・元々虫さされに弱い私は蜂に刺された場合も酷いのです。今回は腫れも少なく痛みもすぐに和らいでいったので過去の経験から病院へ行かなくても大丈夫と判断。家に帰って薬を塗って冷やしていました。腫れは中指の先だけで止まり、痛みも去ったので安心。しかし・・・中指の形が・・・・イチジク浣腸を逆にしたような形になって大笑い。夕飯作りを拒否してレストラン行き案を堂々と出しました。カシラは「病院行った方がいいよ」と言いましたが、お腹がすいていたのでその案を却下。

   「念のために心臓より上に指上げた方がいいよ」と言われ、レストランのテーブルに肘をついて上に上げていたのですが、シップで冷やして固定した中指だけが自然と立ち、他の指は自然と曲がっている。気を抜くとテーブルに肘をついた状態で周囲の方々に「F〇〇〇 YOU!」ポーズを、ぶち撒いている姿勢になってしまう。この手の形はいけないポーズだと3歳の頃から教育を受けている?いえ・・このポーズに関してだけは英才教育的な程に教育を受けているコガシラには蜂にさされた理由より、このポーズに異常なまでに反応し、うっかりそのポーズになってしまう私に即「ママ!指!」と激怒を飛ばすのでした。コガシラにしてはおちおちしていられない状況となり、ご飯を食べている時も私の指をずっと監視しているような状態。ご飯どころじゃなかったかもな・・・お陰で私は周囲の人から軽視される事もなく、インネンをつけられる事もありませんでした。

   しかし・・・今もなお、指の形は逆イチジク浣腸になっていまして、笑いを誘っています。ちょっと可愛いかも?来週は四半世紀ぶりに再会した方と宴会をする予定になっています。当時、旅行代理店でペンを握ったあのシラウオのような指に戻るように治さなきゃ・・・
まぁ~当時は21歳頃のお話なのでシラウオのような指はいささか・・シラス干しのようになっていますが。
逆イチジク浣腸よりはマシだろう・・・と、思うのでした。

2010年8月28日土曜日

帰ってきました。

   火曜の早朝サイパンに帰って来ました。長い夏休みでした・・・・そして暑い夏休みでした。
今頃も日本は暑い日々でしょう。皆様、水分を沢山取って体調管理に心がけて下さい。

   私の実家は日本で暑さの1位2位を記録する岐阜県多治見市のお隣の市。多治見に住んでいる人に言わせれば多治見よりは2・3度気温が低い。と言われますが・・・子供の頃はこんなに暑くなかったのにね。それぞれにそんな話をしています。そもそもどうして多治見市がこんなに暑いのか?と言うと、名古屋のコンクリート熱が濃尾平野に入るようです。山に遮られ熱された空気は多治見市に留まり、異常なまでの暑さになるとゆう事だそうです。

   まぁ~そんな暑い中、高校を卒業して以来、地元に帰らず放浪人生を送っていた私も親孝行?に目覚め?家中の掃除やらを全てやっていました。まるで年末の大掃除のように・・・頸動脈に冷たいタオルを巻いて汗を流して。家は綺麗になったと思うけど、無理もたたり私の背中・肩・首は鉄板のようにガチガチになってしまいました。サイパンに戻ってマッサージに直行。ひいきの中国人の女性は「こってるね」と力いっぱい指圧をしてくれました。今は鉄板状態から脱出していますが、腰・背中・肩・首にゴリゴリがある状態で・・なんとも哀れな女将です。

   帰りの飛行機はとっても快適?サイパン到着1時間前程からシートベルトのサインがしっかり入り、さながら古い遊園地の幼児用ジェットコースター状態。手に汗握った1時間。コガシラはキャホーキャホーと言っていました。「こいつ・・・高校生なのに・・・」案の定、サイパンは雨。タクシーのおじちゃんに迎えに来てもらっていました。荷物が多いから大きな車で来てね。と言ったにも関わらず、おじちゃんは普通車でやって来ました。普段は軽自動車のようなもの。確かに大きい・・・・
連邦法導入後の出入国。記録を登録する為に入国時には手続きがあり(観光客の方はありません)時間がかかったし、荷物検査も段ボール箱全て開けられてチェック!到着から空港を出るまでおよそ1時間かかったから疲れているのに、タクシーに荷物を乗せる事でまた疲れそう・・・・

   スーツケース1個と規定のサイズぎりぎりの段ボール箱3つ。助手席に1個段ボールを置いて私とコガシラの間にスーツケースを置いて、トランクに2つ段ボール入るかな?と頭で軽く計算。しかし、助手席には彼の奥さんが乗っていた。「どうして・・・・」
右往左往しているとおじちゃん「大丈夫だよ。2回に分けるから」とおじちゃん。ってそうゆう事じゃないだろ!コガシラが何とかトランクに荷物を入れ、後部席で私達は荷物を持って乗る事になった。ドライバーのおじちゃんは60代後半。夜中の仕事で奥さんは心配してついてくるようです。美しい夫婦愛だけど、荷物を置いた足が痛い・・・そしてしびれる・・・「サイパンはずっと雨だったのよ」おばちゃんはそう言った。遠回りしているおじちゃん・・・「どうして?バックロードじゃないの?」(近道)「雨で道が良くないから危ないんだよ」とおじちゃん。「そうなんだ・・・」(いや。こっちの足も危ないんだよ)何とか家に到着して、ドアを開けるとカビ臭い。翌日から日本でやったような大掃除をしている今日この頃でございます。

2010年8月4日水曜日

ホームページ更新のお知らせ

いつもより当ホームページのご利用をいただき、誠に有難うございます。本日デザインの変更を済ませましたのでここにご案内いたします。今後ともよろしくお願いします。

オーシャンクラブ
主催者より

2010年6月10日木曜日

興奮醒めず・・・

   昨夜の再会から今もなお興奮が醒めていません。すみません・・勝手に1人で盛り上がっていて。
だけど、あれから四半世紀。日本から約2500マイル離れたサイパンで25年ぶりの再会。こんな巡り合わせがあるものか。と自分でも信じられないぐらいです。

   3人のベースはやはり旅行業界だったからかな?日本じゃない場所で再会できるのは・・・サイパンで出会った友人・再会できた人達から沢山の元気を貰った。

   時間は戻せないけど、戻せるものがある。気持ちがいい場所に気持ちに戻る事は決して後退じゃなくて、これからへの力になる。整理してみよう。と思う。そんな気持ちも湧いてくる。今までの人生をちゃんと整理してみようと・・・寄り道も沢山したけど、脱線もしたけど・・・全ては無駄になっていない。
パワー復活!

2010年6月9日水曜日

ありがとう。

   多分、今日程サイパンに来て良かった・・・と思った事は無かったな・・・
短大を卒業して世の中に何も怖いものがなくて、毎日笑っていたあの頃に出会った人達と会いました。
1人の方は私がサイパンに来た初日に再会。それでもめちゃくちゃ驚いていたのに・・・・

時は遡り25年前、新入社員で旅行会社のカウンターでガチガチになって座っていた時に会った某大手海外旅行企画会社の営業マンだった方に会いました。先日、電話で話していたけど会ったのは今日。25年ぶり・・・

   当時、その方がいらした会社の旅行商品のCMソングを私が好きなシンガーが唄っていました。
意識的にその旅行を売った記憶があります。あれから人生の酸いも甘いも苦いも経験して、年を重ねてゆく毎に甘いが消えて苦いばかりを経験したような気がします。気持ち的にもダウンする日が多かったけど、今日会った2人は私が元気だった頃、怖いものがなくて勢いで毎日笑っていたあの頃の自分を蘇えさせてくれました。

   3人の出会いは1985年・・・当時の3人のままで少しの時間だったけど話す事ができました。
25年ぶりに会った方に思わず泣いてしまいました。「何なんだよぉ~お前はよぉ~」と抱きしめてくれました。「そういえば・・・お前が好きだった人の曲がCMソングだったよな・・それでその人が結婚するって事でみんなで慰め会をしたの思い出したぞぉ~」と・・・実はそのシンガーが結婚するって事で営業所の所長がそんな会を作ってくれて、先輩がみんな参加してくれて・・・何故かこの2人も参加してたな・・
「男はそいつだけじゃないぞ」と一般的な慰めをして貰って、それをつまみにみんなが飲んでいた記憶。

   当時、私は岐阜営業所に配属されていたのでこの3人で「名古屋会」とゆうのを結成しました。
感謝・・神様に感謝。今日は地元の方のご家族と一緒に飲みに行っていたのですが・・・偶然・・・その方々に会いました。この機会を作ってくれたMR&MRS CAMACHOにも感謝・・

2010年5月31日月曜日

暑い・・・

   前回のブログから1週間。実はこの1週間、薬を飲んでいました。原因が分からずの蕁麻疹。
夜になると痒みが酷くて、体中がボコボコになって体力消耗。実は数ヶ月前から「痒いなぁ~」とは思っていましたが、5月に入って酷くなりました。抗ヒスタミン剤の薬を飲んでいたので、朝はボーッとしていて、昼間もボーッとしていて、夜もボーッとしていて・・・1日中眠さと体のだるさ、そしてフワフワ感に襲われた1週間でした。昨日は薬を減らし、今日は飲んでいません。時間を追うごとに体が元に戻っています。今日はゆっくりしましょう。

   しかし、サイパンはめちゃくちゃ暑いです。例年なら5月中旬~下旬にかけて雷が鳴ります。そして1日にスコールが何度も来て雨季に入るのですが、今年はまだ雷が鳴っていません。そしてスコールもあるようでないような・・・朝起きると濡れたアスファルト。だけど日中に雨が降る事は殆どなく、明け方頃に雨が少しだけ降っているような・・・コンクリートの家ばかりのサイパン、太陽の熱がこもり夜になっても部屋の壁を触ると熱い。そこにクーラーかけても効かない・・・一雨来てくれるといいんだけど・・・

   サイパン、今日は休日。コガシラも家にいますが、電気代節約の為に窓開けて扇風機。友達の家もそうだと言う。だから今朝から友達と連絡を取り、涼しい映画館へ逃げて行きました。学生料金だから映画も安い。そして涼しい・・・その後は友達の家に遊びに行っているようです。子供なりに暑さを回避する方法を考えているようです。夜になってクーラーを入れた時の喜びはダイビングをしてシャワーをして冷たい飲み物をグビッと飲む快感と同じぐらい・・・

   あぁ~まったく暑い・・・

2010年5月24日月曜日

約1週間、さぼったね。

   さぼりました。すみません。言い訳がましいのですが・・・いろいろありました。
蕁麻疹~いろいろ、暑さと痒さ。蕁麻疹の薬を飲むと翌日は体が重くてまるで石像状態。イースター島のモアイの石像を想像して下さい。私、女将はそんな感じの表情で1日を過ごすのでした。昨夜はお腹の周りと可愛いお尻に蕁麻疹が出て、あんぱんのようなやわ肌を掻きむしった為に数か所にカサブタ。

   人は言います。「体質が変わる時期なんだよ」と・・単刀直入に言ってちょうだい。グサッとくる一言を・・今日から梅干食べることにしました。お客様から頂いた小梅がまだ少し残っていたので、2個食べました。今日は蕁麻疹出ていません。

   そんなこんなで1週間、さぼりました。明日からまた頑張ります。でもまた蕁麻疹でたら、さぼるかもしれません。ごめんなさい。

   昨夜飲んだ薬がまだ抜けていませんので、今日は早く寝ます。まぁ~体質が変われば治るようですが・・・これも更年期の前ぶれなんでしょうかね?

2010年5月17日月曜日

暑い日々と熱い宗教勧誘

   凄く暑いです。ここ数日の間、急に気温が上昇したかのようです。体もそれに合わせて反応するなら良かったけど、体感温度と体内温度と気温に誤差が生じて脳への伝達が少し遅れたような・・・簡単に言うと、歳のせいでしょうか?それとも暑さのあまり沸点に達しそうな脳みそが完璧に沸点に達して鈍感になったとゆう事です。多分、後者だと思う。日頃から暑い南の島、脳細胞がキュッとなる時期がない為にこのような状態になったと思えます。しばし、冷凍庫の中に頭を突っ込んで脳に少し刺激を与えねば・・とも思っています。冬に日本へ帰る事ができた頃には、このような症状は起こっていませんでしたので、やはりダラリンとした脳を想像してしまうのでした。

   しかし、暑いです。なので・・・ちょっと熱中症ならぬ日射病のようになっていました。水分を補給すれど、掃除をして少し動くだけで汗が出る。(新陳代謝が鈍っているかも?)明日いえ、明後日、いえ、週末頃には開始したい事があります。午後5時になったらこの周りを走ろうと思っています。汗をいっぱいかいて、真っ黒に日焼けしてやろうと思っています。暑さには熱い気持ちで対抗したいものです。


   熱い気持ちと言えば・・・今日、暑い中で洗濯をしていると玄関の網戸から私の名前を誰かが呼んでいる。見てみると・・・数か月前に仲良くなった宗教の勧誘のローカルのお姉さん。「貴方は神を信じますか?」と定番のように聞いてきた。いつもなら「私は仏教徒です」と言って「さよなら」とゆう雰囲気を出すのだが、この女性が来た時に私はブログで紹介した3月30日だったかな?MOON RISEを見て「神様」とゆう存在に興味を持っていた時期だったし暇だった。だから「私は仏教だけど、神様も信じています。日本では神様と仏様は違う存在で、神様は自然崇拝って言うのかな?偶像崇拝もあるんだけど・・・よく分からないけど、全ての神を信じています」と余計な事を言ってしまったのです。彼女は私としばらく話すと「貴方に会えて良かった」と言われた。私も初めてでした。宗教の勧誘の方にこんなに話しをしてしまったの・・でも神様について話しができて、その時は清々しい気持ちだったけど、今日で3度目・・・ちょっと怖い。でも私はあくまでも仏教徒でご先祖様とおじいちゃん・おばあちゃん・ロッキー(シェパード)・蘭丸(柴犬)・ニヤンコちゃん(真っ白な猫)・さくら(ミケ猫)・三郎:通称サブ(サイパンの雑種犬)を崇拝する仏教徒。そして自然崇拝者。大金積まれたら揺らぐけど、その信仰に変わりはない。彼女も分かっているから大丈夫。かな?今度は日本人を連れて来るらしい。
それをカシラに話したら「やられるよ」と言った。「私が?」「いや、相手が・・」どうゆう意味じゃ!そりゃタダでは転ばないけどね。

   以前にも違う宗派の勧誘が来た。「私は仏教徒です」と言うと彼達は「ブッタは何処にいるんですか?」と聞いた「天国にいるよ。それは雲の上にあるっておじいちゃんとおばあちゃんに教わった。初めて飛行機に乗った時、私は天国を探したけど無かったよ」と言ったら大笑いされ、2度と来ることは無かった。これは冗談としてとられたのか?バカにされたのか?分からないけど、話していると、宗教の相違を感じる。これもまた社会勉強なんだろうな・・・

2010年5月11日火曜日

山火事なのよ

   ただ今写真を撮ってきました。

時間は午後10時。実は火事に気がついたのは午後5時。コガシラが友人の家で宿題をして帰って来る時間でした。友達の家に迎えに行く途中「あれこれって煤?」車のフロントガラスの前をヒラヒラと木の燃えカスとゆうか葉の燃えカスとゆうか・・

夜になり、10時ちょっと前、自宅の駐車場に出たところ遠くの空が赤い。「そういえば・・・」それでコガシラとカシラと私の3人で火事現場に近い場所へ行ったのでした。

写真には収めきれないけど、まだこの右側にも飛び火をしていて長いラインのように火がたっていました。写真に撮った部分が一番火が高く上がっていた場所です。現場に向かう途中、煤が雪のように降っていました。

裏山で火事があるのに、手前の家はまだ普通に生活をしているようです。けっこう、火が迫ってきている感じもします。「今夜は寝ないで火の行方を監視するんだろうな。気の毒に・・・」と車の中で話してはいたものの、言葉とは裏腹にひょっとしたら、気にしないで寝てしまうかも?とゆう想像もしてしまったのです。何せ、サイパンの地元の人は大らかと言うか、その予想は否定できなくもない。

この火が山並みに沿って燃え移ってしまうと・・・サイパン動物園の上の山に来る。昔のサイパン動物園なら怖くなかった。って言うのは、豚・山羊・フルーツモウモリ等なんとでもなる動物ばかりだったから。でもこの数年前から猛獣も加わり、ライオン・トラ・熊もいる。興奮した猛獣が脱走するのだけは勘弁願いたい。いや、絶対に嫌だ・・・朝、ドアを開けた時に牛・山羊の子供と遭遇はしたが、ライオンやトラとか遭遇したくない。動物園のオーナーさん管理を宜しく!今夜は寝るな!と言いたい。と言っても、現場からそうとうな距離があるから・・・

しかし、消防車が1台も来ていないのはさすがだ・・・現場の山火事を見ていたのも私達一家の野次馬だけ。車を止めて見ているけど、全ての車は通り過ぎてスピードを緩める気配もない。
と言うのも、実はこの時期の恒例のようなもの。乾燥している今、雨も降っていない。降っても気持ち程度。洗濯物が干してあってもとりこむ事もないぐらいの雨。パラパラが数十秒。今日はちょっと風もあったのかな?いつものように自然発火だと思う。焼畑農業のような感覚かもしれない。

だけど山火事に限らず火事とゆうものは怖い。夜になると、それは一層リアル・・・
早く鎮火して欲しい。

山火事でいつも思い出すのは、サイパンに来て間もない頃。ネイビーヒルとゆう地区の一軒家でカシラとビデオを見ていました。それも消防士の映画。凄くカッコ良くて見入っていたのです。友人から電話があり「大丈夫?」と慌てた声。でも映画がカッコ良くて友達に「この映画、凄くカッコいいんだよ」と言ったら凄く怒られた。「何を言ってるの!あんたの家の周り山火事で真っ赤だよ!今、ホテルのロビーから電話しているんだけど、凄いよ!」と・・・ドアを開けてみたら、確かに火に囲まれていました。
「どうしよう・・・」とあたふた。カシラは「大丈夫。山とここの間には道があるから燃え移って来ないよ」とビデオを見続けていました。って・・・道って言っても車が2台通れるか通れないかの道じゃん!「今、下に逃げても通れないよ。火で・・・」「そうか・・・」周囲の家を見てもみんな普通にしていたので何故か安心。でも火の勢いはこの家の下の方が強く、さすがに民家も多かったこともあり消防車が来て活躍してくれていました。でも・・・風は上から下に吹く。こっちも燃えているんですけど・・・・でも消防車が1台も来ることなく、鎮火したのは翌日の朝でした。その時、私達も確かに爆睡していました。ローカルの人のことは言えない・・・山火事は手出しできないので、民家に迫った時には消防車も出動してくるわけです。

でも本当に早く鎮火して欲しいものです。
   

どうなってるの?

   昨日から水道工事の為このキャピタルヒル地区は正午~午後1時まで断水。と新聞に出ていました。が・・・・サイパンの現実は侮れず、断水は昨日の早朝~今日もまだ続いています。どこが正午~午後1時だ!と怒鳴りたくもなるけど、これがサイパンなのです。

   今朝、水道局に電話したの。丁重に「多くの苦情が寄せられています。すぐに担当部署に連絡します。分かり次第、そちらに連絡します」と言ったが、全然連絡すらない。これもサイパンの公務員。

   日本で出前を注文して「あ!すみません。今出るところです」と言われるよりもイライラする。サイパンもさ、連邦法が導入されてアメリカになったのなら、そうゆうところはちょっと考えて欲しいよね。一応、この小さな島でも先進国がバックについているんだからさ・・・と思う。
でもここは大きなタンクがあるから、今日1日中断水になっても問題はないけど、あまりにも酷いんじゃない?もう・・・ホントに・・・

2010年5月10日月曜日

プロム

   写真とは全く関係のないお話です。

アメリカの高校では「プロム」と言われる高校生学年末に行われる舞踏会=ダンスパーティーが行われます。通常は高校2年生からのようですが・・・卒業プロムは大きな行事だと聞いていました。

サイパンではやはり生徒数も少ない為に高校1年生からプロムの参加があります。今年、高校1年生のコガシラも先日土曜に「プロム」に参加しました。

男の子はタキシード女の子はドレスとゆうのが定番だそうですが、サイパンは暑いしね、そこは臨機応変に・・・コガシラもフォーマルの洋服を着て参加しました。黒のネクタイ・フォーマルな革靴(ビニールだけど)・シャツに黒のズボン・・・基本的には男の子が女の子を誘い、ダンスをするパーティーでございます。勿論、コガシラも女の子とペアでの参加。同じ学校でもいいし、他校でもいい。コガシラが誘ったのは、前は同じ学校だったけど違う学校へ転校した友達の1人。私もよく知っている子です。メールでずっとやり取りしていたようです。

コガシラの学校主催のプロム。会場はホテルのホール。送って行った時、それはそれはスーツ姿がまだ定着していないけど、立派な男の子達と・・・華やかに着飾った女の子達でホテルのロビーはいつもより豪華に見えました。

日本にはない、アメリカの学生の風習。私達も未経験ゆえに・・・いろんな人に聞きまくり情報を取って支度を整える。みたいな感じでしたよ。

アフタープロムはアメリカ人の親友宅で行われました。これにはパーティーで興奮した子供達に冷静さを取り戻す目的もあるようです。性行為やドラッグ等の機会を与えない為だと聞きました。学校主催のプロムが午後10時に終わり、その後午前1時まで友人宅でラフな格好に着替えて2次会。
会場を提供してくれた家のご家族は私達の友人でもあり、コガシラが3歳の時から家族のように受け入れてくれた人達。カシラが午前1時に迎えに行くと、奥さんが出てきて「入ってきてよ」と・・・でもコガシラが出てきたのでそのまま帰りました。でも彼女が「大きくなったわよね・・あんなに小さかったのに、もうこんなフォーマルな服を着るなんて・・・KAI(コガシラ)のスーツ姿見たかったわ・・・」としんみり。コガシラはその家に行く前にラフな格好に着替えていたのです。

私も見たかったわ・・・ネイサン(彼女の息子)がスーツを着ている姿。思えば、3歳の時からずっと一緒で5歳ぐらいからずっと泊りあっこしていて、今週は我が家・来週はあっちの家・・・毎週やっていたものね。いつも一緒だったし、ネイサンも私の子供のよう。去年の夏休みが終わって、会った時に彼は声変わりをしていて・・・背丈も急に伸びて、愛犬サブが死んでしまった時は私を抱きしめてくれた。寂しがっているコガシラに「俺がサブになってやるよ」と言ってくれた。ナイスガイです。

コガシラがスーツを着てプロムへ行く前に写真を撮りました。正直、ちょっと涙ぐんでしまった・・・
いろんな事が思い出されました。ここに来て下さったお客様や地元の方々・隣に住んでいたアメリカ人の初老のご夫婦。コガシラの友達とそのご家族・大家さんご夫婦。学校の先生方。みんなに育てて貰ったんだと実感しました。感謝・・・・まだ不格好なスーツ姿だけど、もうそんな服を着る年齢になりました。
皆さん、本当に有難うございました。そしてこれからもどうぞよろしくお願い致します。

2010年5月9日日曜日

いい気持ちでした

   金曜のブログに「蕁麻疹の為、家から出る気がしない」と書きましたが、それは大嘘でした。ごめんなさい。コガシラが「忘れていたけど、今日友達の誕生日パーティーがあるから」と学校帰りに言いました。

   高校生になって「お誕生日会」と笑ってしまうのですが、日本の感覚とはちょっと違い相手は女の子で場所はレストラン。パーティー好きのアメリカ人ゆえにそうゆう事もあるのでした。

   家を出てコガシラの親友をピックアップしてレストランに送りました。午後7~10時まで。その3時間で私とカシラは浜辺にあるバーへ行きました。
陽も長くなって、午後7時でもこの明るさ。ちょうど雲の隙間から夕日が落ちる寸前の頃でした。海も夕焼け色になって・・・

   私はブログにも書いたように夕方~夜にかけて蕁麻疹がでるのですが、この日は大丈夫。医学書には刺激物はダメ。と書いてありました。(お酒含む)でもテキーラベースのお酒飲んじゃって・・・でもさすがに生物系は注文をしませんでしたよ。

   久しぶりにバーに行ったような・・・日頃から何かとバタバタして、節約で外食を避けていましたが、やっぱり人間息抜きが必要だと思いました。

   蕁麻疹ですが、金曜の夜はもう全く大丈夫だったのに、土曜(昨夜)はちょっと痒みもありました。
やっぱり・・私は基本的に外に出たい人間なんだと思ったのでした。今日は「母の日」カシラがどこかで食事でもしようと言ってくれましたが、金曜はバーに行って大騒ぎしたので、今日は家でおとなしく母の日を迎えました。本当は行きたかったけど、贅沢言える世の中じゃございませんから・・・・

2010年5月7日金曜日

家から出る気がしない

   昨夜も爽やかに「蕁麻疹」でも、さほど以前より酷くないのでだんだん治っているのが分かるんですが、朝はやっぱり体全体が腫れている感じ。

   そんなものだから必要以外は家から出る気が全くしません。治ったらその反動で出てしまうだろうけど。外に出ても暑いし、腫れぼったく痒みが少し残る体にこの紫外線は「まな板の上の鯉」状態。

   早く治さないと、来月には夏休みになって1年ぶりの日本だから。刺身とか食べられないじゃない。と思うと必死で治すこの「気」が完治に向かわせているのかもしれないな。「病は気から」と言うし・・・

   昨日に続き、今日も家でおとなしくしていようと思う。

さてこの頃、連邦法関連に動きが出てきました。5月に外国人労働者への対処をアメリカ議会に提出するとゆう事になっていました。その期限は10日。アメリカ内務省は外国人に対する線引きを5年としてきましたが、地元民の反対もあり・・・どうやら線引きは10年になるような気もします。分からないけど

地元民の気持ちも分かる。特に地元の人達が懸念しているのは「選挙」この連邦法はアメリカだけの意見で進められないし、島の政府とアメリカ政府の協力があって初めて成立するものだから・・・
地元の人達も「人道的」な姿勢を見せているし・・・これでいっきに決まってゆくのではないかな?と思っていたります。ただ外国人への対処が決まっても、島の経済は良くなるわけではないのですが・・・・

家から出ないとそうゆう事も考えてしまうので、何かイライラしてしまう。早く蕁麻疹が治るといい。

2010年5月6日木曜日

蕁麻疹

   数日前から蕁麻疹が・・・夕方になるとポリポリ掻きだす。夜になると皮膚に凹凸が・・・
薬を飲むとすぐに治る。そんな繰り返し、薬は市販のものですが、アメリカの薬ってゆうのは強烈で・・
飲んで30分ぐらいすると睡魔が。爆睡できるので問題はないのですが、朝しんどい・・・

   幼馴染のMちゃんがハンドヒーリングを受けて大きな外科手術の後のようだ・・とゆう感覚がなんとなく分かるような。私とMちゃんは小さい頃に地元の自然が結びつけた何かの糸を感じるから、Mちゃんの好転が私に入った!私の今までの蓄積された毒素が出ているんだ!とポジティブに考えてみよう。しかし、痒い。体も腫れているような感覚。これじゃ刺身も青魚もエビも食べられない。野菜のお肉だけの生活になってしまう。

    ちょっと様子を見てこんな事が続くようなら病院へ行きましょう。でもなぁ~サイパンの病院って待ち時間が半端なく長いからなぁ~いつもそれで引いてしまう。

   そんなこんなで蕁麻疹と戦っております。今日も早く寝て、体調を整えよう。
「あぁ~痒い」

2010年5月4日火曜日

こう見えるんですが・・・

   いつ撮ったんだろう?多分、記憶を無くしているぐらい飲んだとゆう事は先々週の金曜かな?ご飯作っていたら凄く喉が渇いて、ワインをあけて飲んだんです。その前にビール1本飲んだけど。寝不足だったせいもあって、酔いの感覚が来る前に気が大きくなってワインを空けてしまった日の事だったと思います。カシラが外で写真を撮っていたので、私もカメラを持ってガチャガチャと撮っていたんです。何を撮っていたのか分からないけど、ケラケラ笑いながらカメラで遊んでいたわけですが・・・・見てみるとこんなのが撮れていました。

   これって「龍」に見えませんか?右端が頭部分で口があって鼻の凸凹のようなものがあって、目があって頭から伸びている触覚のようなものがあって(龍って触覚ってあったっけ?)でも頭から何か伸びているような絵を見た事ありませんか?下には足のようなものがあって。

   何に見えますか?

2010年5月3日月曜日

ローカルフルーツ

   今のシーズン。サイパンは百花繚乱の花の島ではなく、こうしたローカルフルーツのシーズンでもあるのです。

   これは「サイパンマンゴ」島には沢山のマンゴの木があります。と言っても自然にあるわけではなく、家の庭だったり農園だったり・・・大きな木には沢山のマンゴがなっています。

   緑色だからまだでしょ・・・と思うでしょ?実はもう食べられるんです。でもあと1日か2日おいた方がいいんですけどね。道路沿いにある中国人のお店で買いました。12個で3ドル。甘くてジューシーで美味しいですよ。サイパンのマンゴ。フィリピンマンゴに負けないぐらい美味しい。ちょっとこぶりだけど、安いし思い切り食べられるのがいいですね。

   「これ何?」と中国人のおじさん?お兄さんに聞いてみた。中国なまりのバリバリの単語だけを言う英語で「フィリピン アップル」と言いました。「美味しいの?甘いの?」と聞くといつも決まって親指を立てて「VERY GOOD」と言う。「ホントかよ?」と思った表情をしているとおじさんはナイフを取り出し切って食べさせてくれる。食べたからには「NO」を言わせないように私の顔をじっと見る。結局、じゃこれも・・・と言うわけです。商売上手かも?

   食べてみると「どこがリンゴなの?」と思うが、味は美味しい。どんな味?と聞かれると例えようがない。と言うのも、日本のフルーツの中でこうゆう味と食感がないから・・・味は濃厚だけどさっぱりしていて、ちょっとだけヨーグルトを混ぜたような味?分からない・・・食感は繊維の多い琵琶のしっとりタイプ。アクが強いのかな?食べた後、唇がワックスを塗ったような感じになりました・・・

   「これ何?」また質問。中国人のおじさんは「サイパン アップル」と言いました。「またアップル?」
コガシラが何処で食べたのか?「これ美味しいよ」と横で言いました。「じゃ買って行こう」6個で1ドルでした。何処かから採って来たんでしょう。枝ごとお店の柱に掛けてありました。こうゆうのも商売でOKなんだ・・・面白いお店です。買い終えて車に乗るとコガシラが「サイパンアップルだけど、中の種の奥まで食べると腹こわすから・・・病院行きだよ」と言いました。
「マジで!早く言ってよ!」「いや僕がたまたま食べたのが良くなかったのか?他の事が原因だったのか分からないけど、食べてからお腹が痛くなった」と・・でもそんな危険なモノなら売らないだろう。

   食べてみるとその味は「リンゴ」と言うよりも「梨」でした。ジューシーだけど日本で売っている梨よりも果肉は柔らかく、あっさりした甘さ。めちゃくちゃ美味しい。さて、気になるコガシラの発言。「綺麗なバラには刺がある」のように、「美味しい果物には腹痛がある」と不安になってしまう。しかし、お腹が痛くなることもなく全然大丈夫。コガシラに「大丈夫じゃん」と言えば「うん。大丈夫。あの時僕はウンXしたかったから・・・思い出した」「あのなぁ~」

   まだまだローカルフルーツはこれからどんどん出て来ます。サイパンにはアメリカから来るオレンジ・ぶどう・リンゴ等のフルーツは1年中ありますが、このシーズンのみローカルフルーツがこうした小さな個人経営のお店で売られています。

   これからマンゴは収穫期。どんどん出てきます。こういったお店もそうですが、道端でパラソルを立ててマンゴを売っているおばちゃんもいます。友人は沢山のマンゴを買ってジャムを作ります。それをパイ生地に包んで「マンゴパイ」を作ります。今年も果物マンゴ・マンゴパイが食べられるシーズンになってきました。マンゴジャムはヨーグルトに混ぜて食べると美味しいんですよ・・・これが・・・私も今年はマンゴジャムを作ろう!(去年もそう思いましたが、友人におんぶにだっこ状態でした)

   コガシラが果物を買いに行く時「ねぇ~椰子の実も買って」と言いました。1個1ドルだったかな?
切ってくれてジュースを飲ませてくれる。ジュースを飲み終えたら実の中の果肉をスプーンですくい取り醤油とわさびをつけて食べるのが好きなコガシラ。ローカルの人も「イカの刺身のようだ」と言います。
確かに食感は弾力があってそんな感じですが、味はイカじゃない。どうしてもイカじゃない。きっとその昔、サイパンに住んでいた日本人がイカの刺身が恋しくてこれを代用したんじゃないか?それが売り言葉としてローカルの人が言っているんじゃないか?と思われるような感じ・・・・でもいいんです。イカ刺しで。椰子の実=イカ刺しで・・・サイパンの精進料理で。話しが脱線しましたが、コガシラはこのイカ刺しモドキを食べたくてねだったのです。でもお店にはありませんでした。たまにあるんですけどね・・・
「おかしいな・・・この間、うちの前の椰子の木からたくさん椰子の実を持って行ったおじさん達がいたよ」家に帰って椰子の木を見ると、あんなに沢山あった椰子の実が1つもありません。「おいおい・・人の敷地に入って無断で椰子の実取って売るのかよ・・・」と思いたくなるところですが、これから雨季になり台風シーズンに入ってきます。椰子の実が飛んでくるとめちゃくちゃ怖いので、取ってくれる人は大歓迎だったのです。「あぁ~良かった。取ってもらって」でも事実、おじさん達はこの場所に来て、椰子の実をとって売っています。実は毎年の事なのです。サイパンって商売何でもOKだったりして・・・

   ローカルフルーツのシーズンを迎え、これから台風シーズンに入るサイパン。美味しいローカルフルーツを沢山食べて、椰子の実も取ってもらえた・・・こうしてサイパンのシーズンは変わってゆくのです。

   だけど、この中国人のおじさん何を聞いても「フィリピンアップル」「サイパンアップル」「アップル」だった。アップルとはほと遠い味でもアップルだった。正式名があると思うけど、このへんはやはり中国人の商売人だと思った。因みにマンゴもそうだった。2つの箱に山盛りになっていたマンゴ。1つの箱の方がちょっと大きめだった。おじさんは大きい方を指さして「ガラパンマンゴ」と言った。「ガラパン」ってサイパンの地区名じゃん・・・でもおじさんは真顔で言った。なるほどね「ガラパンにあるマンゴの木でなったマンゴだからガラパンマンゴか・・・」っておい!それで私も負けずと「じゃこっちはサンヴィセテマンゴ?」とサンヴィセンテとゆう地区名をつけて言ってみた。おじさんはそれに無表情で無反応だった。私は無視されたんだ・・・その瞬間、おじさんは冗談で「ガラパンマンゴ」と言ったんじゃなくて、真剣に言っていたんだと気付いた。面白いおじさんだ・・・・因みに上記写真のマンゴは「ガラパンマンゴ」ではありません。

2010年5月2日日曜日

珍しく地震

   午前10時ちょっと前に地震があった。最初は「あれ?地震?」と思う小さな揺れ。数秒後に「地震だ!こわっ!」と思う揺れ。ちょっと大きかったかな・・・震度3ぐらいはあったと思います。

   日本ならすぐに震源地が発表され、各地域の震度が発表されますが、サイパンは明日の新聞に出るか出ないか?ぐらいなものです。サイパンに住んで19年になろうとしていますが、地震を体験したのは(覚えている範囲で)4・5回目。前に母が「大丈夫だった?地震があったみたいだけど・・・」と日本のニュースで知り電話をくれた事がありましたが「地震?そんなのあった?全然分からなかった」と言った事があります。「マグニチュード7とか言ってるよ」と母・・・マグニチュードで言われてもよく分からず「じゃ震度5強~6ぐらいって事かな」と想像してみるが、そんな揺れを感じたものは無かったし。いくら鈍感な私でも、震度5・6ぐらいの揺れは感じるだろう?と思いなおしたり、そこまで私は鈍感なの?と思ってみたりもしましたが・・・震源地はサイパンの近くの海底だったそうです。

   ただこの島はマリアナ海溝の隆起部分。岩盤で出来ている島です。穴掘ってもすぐに岩にぶつかり、スコップじゃ掘れず大家さんは植木を庭に植える時、ツルハシを使い岩を砕き穴を作って土を入れ木々を植えていました。一般家庭の庭でもそんな感じなので、工事現場を見るとそれはそれは岩・岩・岩の土地なのです。岩盤は地震の揺れをかなり抑えると聞いた事があります。
でも今日はしっかり揺れを感じたので、震源地も近かったのか、マグニチュードも大きい数字だったのか?分かりませんが、岩盤地帯でこの揺れを感じるとゆう事はそれなりのものだったと思います。分かりませんが・・・サイパンは元々地震の少ない島です。

   「地震・雷・火事・オヤジ」と言いますが、怖いですよね。今はその「オヤジ」とゆう部分は外されつつあるような社会になっていますが、天災地災は本当に怖いものです。でも今日の揺れはちょっと怖かったな・・・

2010年5月1日土曜日

振り返ってみれば・・・

   昨日、連邦法に因みサイパンに住む外国人労働者への対処についての規定の枠が少しだけ発表された。まだサイパン政府の反対もあるし、いろんな意味で調整がなされるだろうが、サイパン在住5年以上の外国人にはアメリカ側から何らかの形で滞在許可が出される。滞在年数5・6年と20年以上の方と同じとゆうのは何かピンとこないが、少しだけでも形あるものが発表された事は良かったと思う。カシラはサイパン滞在が通算で20年になる。見えなかったこの先に見えるものができた事で安心している人も多いはずだと思います。

   写真は先日、近くの空き地を散歩した時に撮ったもの。
何故か椰子の木の並び方とか形が良かったから。ブログ内容には何の関連性はありません。ただ1つ言えるなら・・・
私は椰子の木が好き。夏・海・南の島。そんな事が連想される木だからだと思います。でも実は、しっかりした根をはり、空高く伸びる。この木が好きなのです。

先日から私は今までの自分を文章にして書いています。19歳からの自分です。

いろんな事がありました。安心していた人に裏切られ、全く予想にしていない人から助けられ・・・今、何処のどなたか分かりませんが、もし会えるなら会ってお礼を言いたい人がいます。23歳の時、ある事があって私は会社の帰り路、突然の大雨の中を泣いてアパートに帰った事があります。駅に着いた時にはみんな走ってタクシー乗り場に向かっていました。乗り場には長い行列ができていました。

   私はあえて雨の中を歩いて帰りました。涙が雨と一緒に流れて地面に落ちるぐらい泣いて帰りました。その時に私の後ろから傘をさしだして下さった男性がいました。彼は自分が横浜から来た医者だと言いました。学会の為に岐阜に来ていると・・・それだけ言われました。23歳の私が雨の中をトボトボ歩いているのには何か事情があるんだろう?と思われたのか?何も聞かれる事はなく「突然、降りましたね」とだけ言われました。彼は宿泊しているホテルの前に着くと私に「安物の傘だけど、風邪をひいてしまうから持って行って下さい」と渡して下さいました。最初は「泣かせてよ」と思っていたけど、彼の優しさに心温まる状態になっていた事。泣いていたのは恋愛の事だったんですけどね・・・名前も聞いていないし、何も聞いていないけど、人の温かさが身に染みた出来事でした。

   もうめちゃくちゃだった私に友人の支えもありました。「今、あの子を1人にしておいたら何をしでかすか分からない」とゆうものがあったそうです。自分は強がっていましたが、周囲からは空振り状態に見えたようです。友人が私の部屋で寝泊まりしてそこから会社へ通った事。最後まで彼女には面倒のかけっぱなしだったな。日に日に元気が出て、もう何事もなく忙しい日々を過ごしていた時、今度は彼女に大変な事があって・・・私は私なりに彼女を支えたつもりだったけど。今思うと、彼女がしてくれた事の半分しかできていないかも?と思ったり・・・サイパンに行く事が決まって、彼女と会った時に手紙をくれた。手紙の内容には彼女が苦しい時に私が傍にいた事への感謝が書いてありました。でも私が苦しい時はそれ以上の事をやってくれたのに・・・封筒の中には餞別だよ。と2万円が入っていました。
新幹線に乗って実家へ帰る時の事。東京駅から熱海の区間ぐらいの間、その手紙とお金を見て泣いていたような気がします。

   サイパンに来た時、心に決めていた事は1つ。「どんな国の人でも膝を抱えて泣いている人がいたら大丈夫ですか?と声をかけられる自分でいよう」と・・・これは自分が苦しい時に友人達がしてくれた事から教わった事です。それから随分の時間が過ぎて、サイパンに来てからでもいろんな事があって、誰かに傷つけられ・誰かを傷つけて・・・めちゃくちゃ不器用で無防備に過ごした時間があった。今まで支えてくれた人達の顔が並んだ・・・「貴方、ちゃんとやってる?最初に心に決めた事」と自分に問いかけてみる。「膝を抱えて泣いている人がいたら・・・」

   今思うのは、それを気付かずに過ごす人もいるだろう。忘れてしまう人もいるだろう・・・
「感謝する」それはやっぱり大事な事だと思う。小さな事でも感謝できる気持ちがあれば、この世の中も変わると思う。荒れた大地にしっかり根をはって空高く伸びる椰子の木・・・しばらく眺めてそんな事を思ったのです。椰子の木が私は大好きです。45歳になって思うしばしの時でした・・・

2010年4月29日木曜日

強化月間

   「CHILD ABUSE」=幼児虐待

サイパンでは毎年4月、幼児虐待防止強化月間としています。ボランティアの方が青いリボンを配り、島の電信柱等に青い大きなリボンが結んであります。そしてこんな旗のようなサインボードも・・・・

サイパンでは子供の悲鳴のような泣き声が聞こえると近所の方が警察に通報します。警察官が来て子供の状態、話せる子には事情を聞き、子供が「叩かれた」と言えば、それがどんな理由にせよ親を連行して刑務所に入れます。そして裁判となります。例えば子供が悪い事をして親が叱り軽く頭を叩いただけでも、子供が泣いてその声を聞いた近所の人が通報してしまえば容赦ないとゆう事です。事情を聞いているうちに子供が悪くて頭を軽く叩いただけとゆう状況が分かっても裁判は行われます。そして釈放されても、しばらくの間は監察がつき子供と会えない状態になります。数か月、様子を見て子供の意思も確認したうえで親子の再会となるわけです。

   私も近所で子供の泣き声が聞こえると耳をたててしまいます。でもやたらに警察に電話するわけではなく、泣き声が頻繁に聞こえたり、悲鳴のような泣き方だったりすれば・・・・受話器を取ると思います。でも中には子供が泣いているだけで警察に通報する人もいるらしく、ある意味親はヒヤヒヤものだったりしますよね。

   日本でも幼児虐待の悲しいそして怒りのニュースをよく耳にする最近ですが・・・
ちょっと言わせて下さい。「子供のしつけと言う前に、自分の大人としてしつけが必要だろ!」と・・・
サイパンも実際には虐待が後を絶ちません。そんな子供達を保護する施設もあります。サイパンは生活の差が大きくある島です。裕福な家庭や中級の家庭では虐待を受ける子供は0に等しいようですが、やはり下級家庭に虐待はあるようです。親の日々の生活の余裕のなさ、教育の無さ・・・いろんな物が要因としてあるようです。

   サイパンから青いリボンが外されて、こんな旗が出ないような社会が1日も早く来ることを願うし、サイパンから日本のニュースを観る時に「虐待」とゆう言葉を聴くことのない日が1日でも早く来る事を願っています。

2010年4月28日水曜日

今宵の月にちなんで・・・

   今宵の月も綺麗です。大きな丸い月が東から昇りました。手をかざしてヒーリング・・・月のパワーを戴きます。「月光は浄化」前回、東の海から月が昇るのを見てから異変が起こっています。ミネラルウォーターをかなり飲んでいます。今まではあまり飲めなかったけど、かなり飲んでいます。嫌なものが体から排出されているような気がします。よく眠れるし・・・どこまでこの現象を信じて良いのか?戸惑いながらも、やっぱり自然の力に身を任せるのもいいのかも。全て科学では証明できないものがある。と思います。これがただの思い込みであっても、良い方向に気持ちも向いているのならそれはそれでいいんじゃないか?と思うのでした。そんな騙され方も素敵に思う。古代人が月や太陽を敬った気持ち、分かるような気がします。今夜の月もそんな事を思わせてくれる月ですよ。

   さて・・・月に因み、この花・・・名前は「ムーン フラワー」と言います。月の花ですね。2年前の母の日に自ら、財布を開けて買ったものです(誰も買ってくれないし)買った時は花が1つか2つ付いていました。背丈も20cmあるかないか?ぐらいでした。今は1m弱の高さになっています。葉をみるとプルメリアと同じ葉です。
やはり常夏の島の冬の3カ月間ぐらいは花は咲きません。葉だけです・・・2月下旬から咲き、散ってはまた蕾がついて咲く。この繰り返しをしています。大家さんもこの花が好きで「いいね。この花・・・」と言ってくれます。最初は小さなプランターに入っていたけど、友人がくれた火鉢のような大きなものに植え変え、それも小さく感じてきたので今度は庭に植えようと思っています。大事に育ててきました。あまり水をあげすぎても根腐りするし・・・木を触るとちょっと柔らかいんです。だから水分調整がなんとなく分かるってゆうか・・・ずっと大事にしていたので、逆にお水が欲しい時に教えてくれるようなサインを見分ける事ができたとゆうか・・・今は暑い毎日なので夜になってからお水をあげています。夕方にあげても鉢にも土にも熱がこもっているので、お水もお湯になってしまうんじゃないか?と思って・・・・朝も少しだけあげて1日の暑さに備えてもらうのです。

   今夜は風もなく静かな夜です。大きな月の光が島中を照らして遠く水平線まで見えます。
サイパンはいい所です。大好きな島です。

グリーンフラッシュ期待したけど

   この頃、サンセットの光も強烈になってきました。「燃えるような夕日」とはまさにこの事では?
サンセットの陽でも暑さを感じます。水平線が沸騰しているのか?海で冷やされて太陽がジュッと音をたてているような・・・そんな事さえ想像してしまう夕日でした。

   そこでこの時期になると気になるのが「グリーンフラッシュ」です。見た人は幸せになれる。とゆう伝説のグリーンフラッシュ・・・これが見られる条件は「水平線に雲1つない事」だそうです。
この夕日をずっと見ていたんです。雲が無かったし・・・でも見られませんでした。雲がなくても必ず見られるとゆう事もないそうです。

   今日もこんな夕日が沈みそう・・・今日もやってみるかな?

2010年4月27日火曜日

キツネの嫁入り

   朝、窓を開けてみると虹が。小さい頃は日本の田舎でもよく見られた虹だけど、最近じゃ殆ど見なくなっていました。ちょっと思い出してみて下さい。この数年、虹を見ましたか?

   しっかりしたアーチじゃないけど虹です。これからサイパンは雨季に入ります。日に何度ものスコールがあり、また晴れます。虹を何度も見るシーズンになってきます。

   ブログ書いていて思い出したんですけど・・・・
日本では晴れているのに雨が降る時「キツネの嫁入り」と言いますよね。私達の地域では「天気雨」と言っていましたが・・・・
そんな日に外で遊んでいると祖母が「どこかの山でキツネの嫁入りがあるよ。見ちゃいけないから早く家に入って」とよく言っていました。「どこの山で?」山に囲まれた小さな田舎町。「天狗山?夕立山?不動山?てんこ山?」(周囲の山の名前です)時は過ぎ、日本の映画で「キツネの嫁入り」を描いたものを観ました。想像してた通りの映像にどきっ!としたりもしました。
もう随分昔の話しですが、サイパンで「天気雨」が降った時、コガシラに話しをしました。「どこかでキツネの嫁入りがあるんだよ」「何それ?」「晴れているのに雨が降っていると、どこかでキツネの結婚式があるってこと。見ちゃいけないんだよ」「ふ~ん・・・何処でやっているのかな?」幼稚園に向かう車の窓からジャングルを見ていました。「?」何か違うよ・・
「キツネの嫁入り」を話しているのに椰子の木の群生のジャングルを見ていたコガシラを見て母は「ちょっとスチュエーション間違えたかな?」と思ったわけです。ヤバイな・・・・話しを変えて「龍の涙」にしました。これならタライをひっくり返したように降るサイパンの雨、繋がる・・・・「あのね、大きな雨粒で強く降る雨ね、地面に当たると跳ね返ってくるような雨・・・分かる?」「うん。分かるよ」「それは龍の涙ってゆうんだよ」コガシラは小さい頃から何故か龍が好きでした。「龍が空で泣いているんだって、その涙が落ちてくるんだって。大粒で強い雨は龍の涙って言うんだよ」「ふ~ん・・・」そんな話しをした事も忘れた頃に大粒で強い雨が降りました。「あ!龍の涙だ」とコガシラが言いました。可愛かったなあの頃。今じゃ学校への送迎時、イヤホンをつけて好きな音楽を聴いて話しもしてくれないコガシラ。運転しながらイヤホンを引き抜き「ちょっと話して行こうよ」と言うと「はぁ?どうして?僕は聴きたいんだよ。ママだって自分の好きな曲聴いていればいいじゃん」と言われる。「このぉ~」と意地になる。コガシラのイヤホンで聴く音楽を妨害しようと私の車内は好きな曲が流れているが、音量は殆どMAXに近い。でも微動だにしないコガシラの姿勢が可愛くない。これをサイパンの友人は「ティーンエイジャーだから」と解決してくれる。きっと今のコガシラは言うだろう・・・「キツネの嫁入りだよ」と言えば「分かった、分かった。でもサイパンにキツネ居ないじゃん」って・・・「龍の涙だよ」と言えば「ただの雨じゃん」って・・・・答えは分かっている。

   今朝、窓を開けて虹を見た時・・・そしてその事から「キツネの嫁入り」「龍の涙」と思いが浮かんでくる。日本の言い伝えは素敵だと思った。まぁ~いつかコガシラも「キツネの嫁入り」「龍の涙」に思いを浮かべて子供に伝えてくれるだろう、多分。でもしないかな?・・・・

2010年4月26日月曜日

この坂の住人

   まったりゆったり・・・・昨日の日曜。車も走らなきゃ猫も犬もいない。しかし、1年程も前の話し・・・
この坂道を車で上っていると写真右手の芝生辺りから大きな鹿が勢いよく走って横断したことがあった。
これマジなお話です。雨上がりの夜、この道に椰子蟹が横断していた。この道は犬や猫の変わりにこういった変わったモノ達が来る。

この坂を少し上がった所に足の短いとっても短い足の犬がいる(何故か強調)今、妊娠しているようでお腹が大きいから地面にお腹がつきそうなぐらいだ・・・・勿論、妊娠しているからには女の子であるけど、付けた名前は「kiyoshiーkun」足の長さが共通している。飼い主はいるが、いつも必ず同じ場所にいる。そして路肩に何故か餌がばら撒かれている。一度、アメリカ人のご夫婦が車から3・4匹の犬を出しこの周辺で遊ばせているのを見たことがある。最初は遊ばせてまた連れて帰るんだろう・・・と思っていたが、その犬達はずっとそこにいる。そして朝と晩に餌がばら撒かれている。飼い主さんはこの一般道で犬を飼っているんだろうか?不思議だ・・・この道を通る時、犬達は何を勘違いしているのか?車をよけようともしない。時には道路の真ん中で、ちょっと隅っこで通り行く車を見ている。足の短いkiyoshi-kun(カシラじゃない)はとっても可愛いので連れて帰りたくなるが、去年12月31日のサブを思えば他の犬を飼うことはできない。1年は喪中なんだな。それに妊娠している。手なずけない方がいい。でも産んだら、男の子を拾ってしまうかもしれない・・・いや!まだサブの喪中だからダメ。そんな事が頭の中で交差する。足の短い男の子だったら名前はkiyoshi Jrにしよう。この坂の周辺には足の短いkiyoshi-kunが2人いる。そしてもう少しで3人か4人になるだろう。この道は「ショートカット」と言われ、メインの通りへ抜ける近道のようだ。(でもそんな事は言ってもあまり変わらないような気がするけど)住人も坂も「ショート」だ・・・凄い!カシラは「足がこれだから早く泳げるんだ。サメと一緒に泳ぐ事ができるんだぞ」と言っている。脚力と足のショートが自慢のようだ・・・何か悲しい。昔、間違って彼のジーンズを履いてしまった事がある。買い物先で友人に会い「どうしたの?短いってゆうか中途半端なジーンズ履いて・・・」と言われてしまった。足首が完全に出ていた。「えっ!間違えた。これパパのだ」「・・・」どおりでウエストも裾にも違和感があった。

話しがかなり脱線してしまった。今日は思い切り暇なのでいろいろ書いてみようと思っていた。
話しを戻すと・・・この坂道、何の意味もない写真だけど、なんとなく雰囲気が良かったから。でも何か不思議な生き物が現れるこの坂。結構楽しい・・・・メスの足の短いkiyoshi-kun、早く赤ちゃん産んでくれないかな?この坂道で可愛い子犬が見られるようになるのも近いかもしれないな・・・

お菓子とご飯

   15歳の女の子が作ってくれたケーキ。

昨日、コガシラの友人達が来ました。1人、韓国人の可愛い女の子もいました。彼女はCちゃん。性格も可愛いし、顔も声も可愛い・・・と私は昔から思っていました。何故か学校で会うといつも手を振ってくれる。学校へ行ってコガシラの友人達に会うと、この子に限らず男の子も女の子も手を振ってくれる。話しかけて来てくれる。車までコガシラを待っていると、男の子が何故か車に乗り込んでくる・・・とっても可愛い子達ばかり。

Cちゃんがお母さんの車でやってきた。可愛い声と笑顔で私に挨拶をしてくれる。その時にくれたケーキ。
Cちゃんは「ちょっと甘すぎたけど・・・」と言って渡してくれた。Cちゃんは将来パテシエになりたい女の子。1年前、彼女は大きな決断をした。学年末が終わった5月、彼女はそのまま韓国へ帰りフランスへ留学しようとしたのだ。そしてパテシエの勉強をする!と・・・クラスメイトは彼女がもうサイパンに戻って来ないとゆう事でみんなでホテルのプールに集まり、小さなパーティーをやった。「Cちゃんはとってもいい子なんだよ。もう会えないのは寂しいけど、凄いよ。」とコガシラも応援していました。

   私はCちゃんの夢に感動しまくりだった。去年の話しだから14歳。たった14歳の子が夢に向かってフランスに行こうとするなんて・・・私が14歳の時は将来の事なんて1mmも考えた事がなかった。その日暮らしで何かに夢中になっていたわけでもない。

   新学年になった8月。Cちゃんはサイパンに居なかった。でもちょっと遅れてCちゃんはサイパンに戻ってきた。理由は聞かなかったが、だいたいの予想はつく。ご両親が「高校だけは出ておきなさい」と説得したのか?フランスで語学留学ではなく、修行に行くのだからそれ用のビザが年齢的にまだ取得できなかったのか?弟がいるCちゃんだから家族の状況も含めてタイミング的に今じゃないって事だったんだと思う。Cちゃん人生長いんだから、高校出てからでも修行に行けるよ・・と応援している。

   でもそれだけの強い熱意と夢を持っていれば、必ずいいパテシエになれる!と私は思うし、彼女は絶対になる。と確信もしている。将来、彼女が母国の韓国でパテシエになったら、韓国まで行って彼女のお菓子を沢山食べてみたいものだ・・・でも有名なパテシエはお菓子1個の値段も高いだろうな・・
その時は知り合い価格で安くしてね!

   さて頂戴したケーキ。めちゃくちゃ美味しかった。チョコレートケーキ・・スポンジはしっとりで、中に砕いたナッツが入っていた。硬めのチョコレートクリームも挟んであっていい感じ。一口食べたらビックリの美味しさだった。2口食べたら「凄い!」と思った。3口食べたら自己嫌悪に落ちた。理由は「私には作れない・・」いろんな事を思わせてくれる美味しいケーキだった。あれよあれよと言う間にお皿の上のケーキは無くなっていた。大人になった彼女がお菓子の前で笑っている姿が想像できた。
Cちゃん!頑張れ!!

   先日、私はアップルパイを作ってみた。勿論、パイ生地は冷凍のものを買ったわけですが・・・
リンゴを薄く切ってシナモンと砂糖とお水で煮て、パイ生地に入れオーブンで焼いた。コガシラが台所に来て「何してるの!え!何作ってるの!」とめちゃくちゃ驚いていた。「アップルパイ」コガシラは私の肩に手を乗せ自分の方へ向かせた。「ママ、ありがとう・・やっとやっと作ってくれたんだね。僕が幼稚園の時から夢みた事がやっと叶った・・・ママ、ありがとう」それは演劇でもやっているような大きな立ち振る舞いだった。嫌味かそれ!と思ったが笑いが出てきた。思い出せば幼稚園の時、クラスメイトのお母さんがレモンパイを幼稚園に持って来てみんなに食べさせてくれた事があった。その美味しさに感動したコガシラはそのお母さんからレシピを聞いた。お母さんはレシピを書いてくれてコガシラに渡してくれた。コガシラはそれを私に渡した。「めちゃくちゃ美味しいから作って!」と数年間私に言い続けた。しかし、私には作れなかった。日本とアメリカのお母さんが作るものは違うんだよ。と逃げていた。
アップルパイが完成した時、形はいびつであったが味はそこそこだったと思う。コガシラは「初めて食べた・・・今まではクリストファーやネイサンのお母さんやミヤちゃん(友人)やお店で買ったアップルパイを食べていたけど、ママが作ってくれたアップルパイは初めてだよ・・・涙出てくる」と散々嫌味を言われた。「でもご飯は毎日作ってるじゃん!」と言えば「ご飯も有難いよ。でもたまにはこんなものも作って欲しかったよ」とコガシラ。その横でニヤニヤしながら食べていたカシラ。「あんたもかいっ!」2人で1本のアップルパイを完食していた。

   そんな私にとってCちゃんのケーキ・・・めちゃくちゃハードルが高い。ただ私が知る範囲でお菓子作りの好きな人はご飯を作るのも好きとゆう人は少ない。お菓子も作るし、美味しいご飯も作るとゆう女性も知っている。ご飯は作るけど、お菓子を作らない人も多い。そしてお菓子もご飯作りも嫌いとゆう人もいる。先日、インターネットのニュースで見た。夫婦円満の秘訣の調査で「旦那さんが美味しいご飯を作ってくれるから」と答えた女性が半分以上の割合を占めていたそうだ。
因みにカシラは何もできない・・・近年、やっとお米が炊けるようになった。数年前、風邪で熱を出して倒れた時にお味噌汁を作ってくれたが中華ダシを入れる人だ。コガシラが大好きなカレーを作ってくれた。小さかったコガシラは喜んでテーブルについたが一口食べて泣きだした。「箱の裏に書いてあった通りに作ったんだけど」と言ったカシラだが、どこをどうやればこんな味になるのか?不思議だった。そして味も不思議だった・・・幼い頃の恐怖はトラウマになるんだろう・・・たまに「パパがご飯を作ってやるよ」とカシラが言うとコガシラは私の横に飛んできて「ママ、お願い・・・パパがご飯作るって言うもん。止めさせて。ママが作って」と嘆願してくる。

因みに我が家でお米が美味しく炊けるのは、私・コガシラ・・・・・・・・・・・・・・隅の方でカシラだ。
調査で「主人が美味しいご飯を作ってくれるから」と答えた方々が羨ましい。

2010年4月25日日曜日

春の独り言2

   私の友人で5つ年上の女性がいる。彼女はニューヨーク在住で東京で仕事をしている時に知り合った女性だった。彼女は溜池の一軒家に住んでいた。いろいろ理由あって日本滞在中、シェパードとボルゾイの大型犬2匹と一緒に住んでいた。家の中で飼っていた為、彼女の家に遊びに行くとこの2匹が飛びかかり、いつも私は倒されていた。特にボルゾイは私に慣れていた。シェパードでも大きな型のものだった。倒された挙句、上に乗られ顔を舐められる時、それはちょっとスリルがあった。ニューヨークから連れて来た犬達だった。

   彼女が「散歩行くから手伝って」と・・・私はボルゾイを彼女はシェパートを・・・六本木まで歩いて行く道、多くの人が振り返った。私はボルゾイに引きずられていた。

   彼女には夢があった。犬が大好きな彼女はいつかチャリティーをして募金を集め、どこか山の中に土地を買って保健所にいる犬を1匹でも多く引き取ってやる事だった。でも現実、彼女にはニューヨークでの仕事もあり、やるならアメリカでやるんだろう・・・と思っていた。

   私はイルカだった。水族館のイルカのプールへ行くと昔から悲しくなっていた。大きなイルカなのに小さなプールで泳ぐこともままならないまま・・・前に「INTO THE BLUE」(これはイギリスの水族館が閉鎖に追い込まれ、飼育していた2頭のイルカをカリブ海の島で野生に戻れるように訓練をして海に返す。とゆうプロジェクトが立ち上がり、募金を募って成功させたドキメンタリー)を見た事もあり、いつかサイパンの海でそんな事ができたら・・・と思っていた。でも現実は無理・・・莫大な資金。知っている芸能関係者の方々に話をした「必要経費は貰うけど、協力するよ」と言ってくれた。ニューヨーク在住の彼女のその関係の人だったから、彼女も協力すると言ってくれた。でもサイパンの海は環礁だった。
浅瀬で訓練をするにも、珊瑚でイルカの体が傷ついてしまう・・・私の夢は儚くも崩れた。それが現実だった。でも今は思う・・はしかのような夢だった。そして無謀とも思える構想だった。幼かった・・・でも熱かった。何を持ってそんな夢を話したのか?実行しようと思ったのか?簡単ではない事に思いを強く抱いていた・・・・今は笑い話になってしまうけど、あの頃は本当に考えた。無謀な夢に今は懐かしさと恥ずかしさを持ちながらも少しだけ誇りにも思っている。

   現実に叶わない夢がある。でも夢を見る事は大事な事だと思う。夢があれば人は元気になるような気がする。でも今はその夢を見つけるのも困難な世の中だろう・・・だけど必ず出口はある。私はそう思っている。私が旅行代理店で働いていた時、営業所にはJALのポスターが貼られていた。そのポスターに書いてあった言葉・・・「夢をかたちに」私はその言葉が昔から大好きだった。そして今も好き・・・だから私はサイパンに居るのかもしれない。この言葉を考えた人が誰なのか?私は知らない。たまたま貼ってあったポスターに書いてあった言葉だった。でも20歳の頃に知ったその言葉、ずっと私の支えだった。この言葉を考えてくれた方にお礼を言いたい。有難うございました・・・・

2010年4月23日金曜日

春の独り言

   今日の天気。朝から薄い雲が空に広がり、時々陽射しが申し訳なさそうに出る。雨が降るか晴れるか、どっちかにしてっ!と言いたくなる空模様。白黒はっきりさせましょう・・・グレーは嫌い。

   3月末に20年程連絡をしなかった幼馴染のMちゃんに連絡をとってみた。元気だった・・・
Mちゃんとは小学校へ入学する前からのお付き合い。毎日、Mちゃんと遊んでいた。近所の子供5人組で遊ぶ日もあれば、Mちゃんと私の2人だけで遊ぶ日もあった。近所では「天才」と言われていたMちゃん。小学低学年で私に「1次元の世界~4次元の世界」を教えてくれた。聖書も読んでいた。(因みに私もMちゃんの家もバリバリの仏教徒)私にキリストの存在を教えたのはMちゃんだった。

   駄菓子屋で30円のイチゴのカップアイスを買うのも楽しみだった。ある日・・・いつもようにMちゃんと駄菓子屋でイチゴアイスを買おうとすると、お店のおばさんが「買えないよ」と言った。「今日からね、50円になったから」と言った。毎日のお小遣いが30円の私達にはショックな出来事だった。Mちゃんは「XXX総理大臣が悪い」とすぐに言った。私も「そうだ。そうだ、XXX総理大臣が悪い」と言った。仕方がなく、30円の棒アイスを買って帰り路、Mちゃんと総理大臣の悪口を言って帰った。その頃は、オイルショックの頃だったんじゃないかな?と思う。

   駄菓子屋のお菓子1つ、アイス1つで国の総理大臣が子供から悪口を言われるのも何かと思うが、Mちゃんは小学校低学年の頃でありながら市場経済をも理解していたのか・・・と今でも思う。

   Mちゃんのカルト的及び社会的な発言は遊びにも影響があった。ノストラダムスの大予言もMちゃんから教わった事だった。1999年・・・もうとっくにその年は過ぎてしまったが、当時は1999年が来なきゃいいと思っていた。その話しをしている時、Mちゃんは「食糧危機」を訴えた。急いで家に行き、ビニール袋にお米を入れてMちゃんと土に埋めた。「食糧危機が来ても私達は生き残れる」しかし、おかず用にチーズも入れた私。その夜、父が友人を連れて家に帰って来た。母はウイスキーを出し、チーズを探していた。私は「食糧危機」に備えた安心感でテレビを有意義に観ていたのに・・・母に連れられて現場検証に立ち会わせるかのようにその場に案内させられ、掘り起こされた。父と友人はチーズを食べながらウイスキーを飲んでいた。「食糧危機が来るのに・・・」私は2人を睨んでいた。父と友人は嬉しそうに美味しそうに笑いながらチーズを食べていた。母は何事も無かったように話していた。今思うと、母は強かった・・・

   その翌日「食糧危機」を回避する事ができなかった事をMちゃんに告げた。Mちゃんは「そうか」と言った気がする。次にMちゃんが言い出したのは「100年後、今使っているお金は変わっているだろう。ひょっとすると、外国のお金を使っている日本になっているかもしれない。だから今のお金を埋めておけば100年後に工事か何かで今のお金が発見された時、高価なものになる。子孫に残そう」と言った。また家に戻り、貯金箱のお金を出してビニール袋に入れて埋めた。でも翌日、Mちゃんと遊ぶ前に私は掘り返し、全てをネコババした。時は過ぎ、40年経った今・・・Mちゃんにその事を謝罪した。
「ごめん!翌日、掘り起こして使った」Mちゃんは大笑いして「しかし、あんた・・よく覚えてるね。そんな事」と言った。40年、私は心の方隅の隅の隅の隅の方にあった罪悪感。全てから解放された。

   私は何の意味もない部分で、将来的に明るくない部分で異常な程に記憶力が良い方だと思った。
幼い頃の日々がフラッシュバックのごとく鮮明にどんどん出てくる。  

   3月末に連絡をとった時、Mちゃんとメールアドレスを交換した。最初のメールの冒頭4行目でいきなり「自分は性同一障害だ」と書いてあった。驚きもしなかったし、それで?って感じだった。Mちゃんはこれで私がどん引きするなら仕方がないと思っていたらしい。でも私は知っていました。幼い頃から・・・
Mちゃんはスカートを履いた事がなかった。男物の腕時計をして「大人になったら男になりたい」と言っていた。「男になりたい女の子」私はずっと小さい頃からMちゃんはそうなる。と思っていた。Mちゃんからすれば私の返信は逆に驚きだったようだ。「なんだ気がつくのが遅いよ」とさえ私は思っていた。
でも自分がそれを受け入れるまで、いろんな葛藤があったんだろう・・・Mちゃんはもう地元には戻って来ないと言った。昔から馴染めなかったと言っていた。そうゆう心理的背景があったんだろう・・・都会暮らしなら田舎暮らしに比べて気が楽なんだろう・・・田舎の空き地で遊んだ日、夕暮れまで遊んだ事。川に行った事、田んぼでオタマジャクシを獲った事。小さな田舎の夏祭り・・いつもMちゃんが傍にいた。
「地元にはもう帰らない」そんな今のMちゃんの気持ち理解しながらも、昔遊んだ記憶を懐かしく思う自分。Mちゃんは人に優しく、自分に強く生きている。これから暮らす場所が離れていても、Mちゃんは昔のようにいろんな事を教えてくれるだろう・・・今でも少しのメールのやり取りで、私は沢山の元気を貰ったような気がする。

2010年4月16日金曜日

百花繚乱


   島には多くの種類の花が咲き始めました。
南国だから1年中咲いているだろう。と思われる方も多いかと思います。確かに1年中咲いている花もありますが、そんな花でもこの季節は花の色が濃くなったり、1本の木に咲く花の数も増えます。

   代表的な南国の花。と言えば「ハイビスカス」「プルメリア」「ブーゲンビリア」・・・咲いていますよぉ。
ブーゲンビリアは花が重なるように咲いていますし、プルメリアは多く茂った緑の葉に真っ白な花を咲かせて存在を強調しているみたい。赤もあるし、黄色もあるしピンクも。でも私が好きなプルメリアはスタンダードな白。

ハイビスカスは大きな花を咲かせています。白・ピンク・赤・・・パッ!と咲いてパッ!と散る。この潔さに一瞬の美しさがあるとゆうか何とゆうか・・・見事なまでの大輪です。

   先日・・友人ファミリーと食事をしました。日本食が好きなアメリカ人ですが、私は何とか日本食を作ったわけです。そこで思い出すのは、日本では大皿に料理を盛った時に南天の葉とか実とか、もみじ・菊の花等を入れますが、サイパンにはこうゆう植物がありません。焼き鳥を盛った時には「バナナの葉」和陶器の上にバナナの葉を乗せて焼き鳥を盛る。料理の横に飾りで置く小さな菊の花をイメージしてもありません。ハイビスカスとかプルメリアは違うでしょ・・・

   料理を飾る花や葉。その国ならではの料理にはそれに合う花があるんだ・・・と実感。
因みにサイパンの料理で盛りつけによく使われている花、これがハイビスカス。どんな料理かって?
「豚の丸焼き」でございます。豚の丸焼きにはハイビスカスの方が合うかもしれませんよね。。菊の花より。これも固定観念かもしれないけど、どう見てもそうでしょ?と思うわけです。

   これからどんどん花が咲き、車で走っていても家の庭先の花。ジャングルに入っても熱帯性植物の珍しい花。いろんな花が咲き乱れます。花が大好きな人は常に花を見ているんでしょうけど、普通に花を見ている人は意識しないとなかなか目に入らないかもしれませんが・・・これからサイパンは意識しなくても目に飛び込んでくるぐらい花・花・花・花・鼻(最終的には香りを嗅いでしまう事も・・・)になります。ちょっと意識すると珍しい花を見ることができるかもしれません。道端に咲いている雑草の花でも日本では見た事がない花もあります。

   私はあまり花に興味があるわけではありませんが、花が咲いているのはいいもんだな。と思います。しかし・・・昔からそうなんですけど、私が花を持っていたりすると周囲が驚くのは何故?

2010年4月13日火曜日

懐かしいぃ~

   どうしても、どうしても聴きたくなった曲がありました。サイトで聴きました。
「バリー ホワイト/愛のテーマ」です。これを聴くと海外に旅行へ行きたくなります。って言うのも、もう随分と昔の話しですが、小学生か中学生の頃じゃなかったでしょうか・・・某航空会社のCMで使われていた曲なんですよね。それが頭の中で定着しているとゆうか、イコールになっていて・・だから飛行機に乗って旅行へ行きたくなるんですよね。好きなCMでした。 

さっきからずっと同じ曲を聴いています。(私は友人によく言われます。好きな曲は何十回でもリピートして聴けるヤツだ。と・・・)聴く旅に、いえ、聴く度にやっぱり海外旅行へ行きたくなります。

でも昔聴いたインパクトのある曲って(個人的な好みもあるのですが)今聴いてもやっぱりいいですね。
名曲とゆうのはいつまでもジーンときます。因みに私はこの曲を聴いて思い出すのは、近所に住んでいた幼馴染の家です。この曲が流れるCMを初めて観たのはその子の家だったからです。全てが懐かしい空気で癒されます。

2010年4月7日水曜日

犬も歩けば直立歩行

   今、カシラから凄い話しを聞きました。写真がないのが本当に残念・・・

4車線の道路で白い犬が車道に出ようとしていたらしいのです。対向車の2車線の車もカシラがいた車線の車も全て止まり、犬を渡らせようとしたようです。

車が一斉に止まると、その犬は急に立ちあがり2本足で立ち、ピョンピョン飛びながら車道を横断したそうです。対向車の人達も隣にいた車の人達もその犬を見ながら「ちょっと見てる!」ってな感じで顔を見合わせたそうです。そしてみんな茫然としながらも、その犬がヒョロヒョロしながらピョンピョンと車道を渡りきると「拍手」が起こったそうです。

凄い!凄すぎるよ。このワンちゃん。見たかったなぁ~

あまりにも面白かったので書き込みしました。

魔よけの木


   「魔よけの木」と言われるティーリーフ。この木が庭先に植えてある家は多い。って事は・・・ってゆうか、これは枝を折って水にさしておくと根っこが出てきて、それから土に植えるとすぐに根付く。増やすにはとっても簡単な木なのです。
それでもって「魔よけ」なら一石二鳥。
   昨夜、保育園からずっと知っている男友達から連絡があり、インターネットを使って話していました。
「どうした?最近ブログが更新されているけど、しばらく無かったから、あいつまたサボりかぁ?って思ってたけど・・・」と。「あのね、更年期の準備に入ったってゆうか、何となくテンションが上がらない時があって書いてもくら~いのよ。だから消してしまうんだけどね。書いた後、自分でもくらっ!って思うんだよ」「うん。分かる分かる」って・・・あんたにも更年期があるんかい?
   彼もこのご時世、ワークシェアリングをさせられているらしい。働き者の彼だけに、週3日のお休みは辛いだろうし、太るだろうし(ビール好きだから)互いに励まし合い、同情し合い、けなし合い「頑張ろう!負けるな!」と言葉をかけあう。友達ってゆうのは幾つになってもいいもんだ。
   「魔よけ」でこのご時世が変わるなら何百本でも何万本でも枝を切っては根付かせて植えるのに、魔よけの木の力だけではどうにもならないんだな・・・と思いつつ、枝を切っては根付かせて植え続ける私であった。
   そのうち、クラブハウス周辺はこのティーリーフで垣根が出来るんじゃないか?と思います。
少しの隙間なく植え続けよう。世の中の為、人の為・・・悪いもんが少しでも入れないようになるぐらい、植え続けよう。って・・・かなしぃ・・・・
   でもテンションが低かった私に1番の「魔よけ」をくれたのは、木ではなくて人の言葉と心でした。
   因みに、数年前・・・知らないおじさんがこの「魔よけ」の枝を勝手に折って持って行った・・・そうゆう事をしたらダメでしょ・・・ちゃんと声をかけてから持って行こうよ。でもこの木、どこの家の魔よけの木を見てもこんなに大きくはなっていません。ここの木は異常に大きいような気がします。それだけの働きをしてくれるのか?見せかけだけなのか?・・・期待と不安。それが我が家のティーリーフ。でも凄い勢いで伸びています。

2010年4月5日月曜日

空にコロコロ


   南の島の短い冬?も終わり、長い長い真夏に入ろうとしているこの頃。空には大きな雲がコロコロしています。12月中旬~3月上旬の頃までは雲も何となく薄く空の色も薄く、海の色は深い青になっています。
   今は青い空とポップに弾けるような海の色。そして太陽の光が草木に反射し空気もキラキラ。時にギラギラ・・気温もぐんぐん上昇してきますぅ。
   みんなが弾ける季節です!とゆうのは、私だけのテンションかもしれませんが・・・何故かウキウキワクワクしてしまう空の色と海の色。
   キャピタルヒルとゆう丘から下る坂道。この場所からいつも季節のかわりめを知るんです。「あ!海の色が変わってきた」「あ!雲の形が変わってきた」それと体で感じる気温の上昇。
   日本と同じく、ときには気温がぐっと下がる事もありますが、空・海を見ても真夏に入る準備は出来ているようです・・・写真左の木。これは「火炎樹」とゆう木です。読んで字のごとく、真っ赤な花を咲かせます。まだこの木は咲いていないけど、もうすぐです。こちらでのの名前は「Flame Tree」これから島のあちこちにあるこの木に真っ赤な花が咲き乱れます。飛行機から見るとこの時期のサイパンは「緑(ジャングル)赤(火炎樹)青(海)の3色になる」と言われています。マジかよ・・・って?まぁ~そのへんは・・・それぐらい自然が多い島とゆう事でしょう・・・
   今日はちょっとだけ通り雨がありました。だんだん乾季から抜けて、南の島特有のスコールが日に何度もあって草木はぐんぐん伸びることになります。草刈りが大変です。Help me・・・

2010年4月4日日曜日

島のイースターバーニー

   今日は「復活祭」イースターなのです。

キリスト教徒にとっては、とっても重要な祝日。イエス・キリストが復活した事を祝う日なのですから・・・仏教を信仰している実家はこうゆう祝日がある事さえ知りませんでした。でもサイパンに来てから、クリスチャンである人達が「今は肉が食べられない」と言っていたので理由を聞いてみると宗教的なモノでした。

いつからお肉が食べられないのか?とゆう事を聞きそびれた私は禁肉とされる日がどれぐらいの期間なのか詳しくは分かりません。その間、何を食べているんだろう?野菜?シーフード?

今日は数日間続いた禁肉の解禁日。いたるところでBBQをしています。サイパンって肉系の島だから、この禁肉期間は苦しかっただろうな・・・「今日は思い切り肉を食べて下さい」と思う。

イースターには「卵」「うさぎ」がつきものです。どうして卵なのか?これは「生まれ」を意味し、ウサギは出産時の子供の多さで子孫繁栄を意味し、飛び回る動きに活力を意味しているとか・・・

   島にも居ました。「イースターバーニー」もう楽しくて仕方がありません。シーズンの行事になると必ずその行事の何かに変装する木の切りかぶ。今回はバーニーちゃん!去年は何だったかな?ヒヨコさんだったような気がするけど・・・やってくれました。耳まで付けて。もう最高なセンスです。数年前から始まったこの最高なセンスは誰がやっているのか?地元新聞でも取りざたされました。クラブハウスに行くまでの道にあるこのお洒落な切りかぶ。毎日この道を通るたびに見てしまいます。変わっていると「あ!変わってる!」とつい声に出してしまいます。みんな笑って微笑んでこれを見て通過しています。

こんな素敵な事をしてくれるのは誰でしょう?いつも変身は夜中にされていたようです。でも1度だけ昼間にやっている人達を見てしまいました。それはやっぱり「見てはいけないモノを見てしまった」とゆう気持ちさえ起こさせるぐらいな衝撃でした。

ウサギの鼻も耳も全部自前で作って島の人達を楽しませてくれる。その気持ちは神様のように寛大ですね。

今年のバーニー大ヒットです!写真を撮っていると、ローカルの人達の車が何台も通過しましたが、みんな窓を開けてこのバーニーを見て微笑んでいました。子供がいる人達は子供に見せる為にスピードを落とし通過して行きます。経済は破綻している島だけど、こうゆう素敵な事をしてくれる人の心を称えたいと思います。素敵な島です。サイパンは・・・・

2010年4月1日木曜日

感じますか?

   先日の満月。写真を撮ることに夢中になって肉眼でゆっくり月を見ていない・・・そんな事に気がついたのは、月はどんどん高さを増して海と月の距離が遠くなり、小さなデジカメの画面の中で一緒に納まらなくなった頃。これが最後の写真・・・月の光は1本の筋ではなく、海全体を金色にしてしまいました。この写真を撮ってから、ずっと海を眺めていました。

   黄金色に輝く海の中・・・その様子が手にとるように分かりました。「潜りたい・・・・」吸い込まれそうな海でした。こんな海は今まで会った事のないモノに会えるような気がしました。写真の中でも薄くご覧頂けると思いますが、その突き出した岬の向こうに時々大きな波があたり、しぶきが跳ね上がっているのが見えました。「無理だな・・・」

   この数日前にある女性のお客様から素敵なサイトを紹介してもらいました。「地球」「宇宙」「神」についてのサイトでした。こんな風景を見ていると全てはそこにあるんだ・・・と。全ての繋がりに感謝・・・

   しばらく月と海を見ていると頭の中が熱くなってきました。肩甲骨の真ん中あたりから何か入ってくるような感覚を覚えました。頭のてっぺんから体の中心に入っている筋のようなモノがすっと抜かれたような気がしました。フワフワしました。心地良く、平和で微笑みが出て・・・不安感も恐怖心もない。ただ安らいだ気持ちになる。「無」の世界のような・・・前にも1度、そんな体験をした事があります。
ローカルの友人はそれを「スピリチュアルだ」と言いました。精霊・・・地球の精霊?自然の精霊?私には分かりませんが、この風景は神様そのものだと思いました。

   これも私が大好きなサイパンの海です。動けないままこの風景の中にいると、風の音・波の音・虫の声。それだけしか聞こえなくなりました。自然の音しか聞こえませんでした。瞼が重くなりました。眠くはないのに・・・・これが究極の「癒し」なんでしょうか?
   宇宙の中の星の1つ地球・そして地球の中の海・そしてそこに存在する生命。その星に生きている事に感謝・・・
<注意:女将、いってんじゃないか?と思われるようなブログ内容かもしれませんが・・・この景色を見ていっているかもしれません。でも数日すれば、また現実に戻り「鬼に金棒」の女将に戻っているのでご心配なく・・・>

2010年3月31日水曜日

MOON RISE

   これはサンセットではありません。東の空から月が昇った写真です。これを見た時に「東方見聞録」を思い出しました。「日出る国・・・」黄金郷のジパングを書いたと言われてるものですよね。でもマルコポーロは日本には来ていないとゆう話しもあるし・・・その事実は定かではないとか聞いた事があります。
でもこれは事実です。マルコポーロに因み「南方見聞録」とでも言いましょうか・・・「月出る島」黄金の海です。

   一昨日(満月の前の夜)月が上がった方向を確認しました。小学生の時「月と太陽は東から昇り、西に沈む」と習いました。でもその知識は常識の中で当然となり、月を眺める事を忘れた都会の暮らし・・・山間にある小さな町で過ごした頃も山から昇った月が自宅の上に来ると「今日は満月だ」と思って見ていました。社会人になって都会の生活をして、コンクリートのビルの上に満月を見れば「今日は満月か・・・」と見上げる。でも街のネオンに月の光は遮断され、空に浮かぶ月にしか過ぎなかった。

   サイパンに来て驚いたのは月の大きさとその光。月の光が青白く光るのは子供の頃、実家の庭で見ていた月から知っていました。でもそれ以上に月の光が強く家の中にいても電気をつけるの事がバカらしく思う程、月の光に包まれる心地よさを知りました。人生最大の贅沢かもしれません。物資に囲まれ贅沢な気分を味わうこともまた人の気持ちを満たすものかもしれません。でも私がサイパンに来た頃は物資に乏しい島でした。今はお金を出せば何でも手に入るけど・・・でも物資乏しかった島の生活の中で贅沢だぁ~と思ったのは、満月の夜、家に電気をつけないで月の光だけで過ごした時です。物が簡単に手に入らなくても、私の気持ちはその月明りで充分満たされていました。

   















月が昇った方角。東は当然。でもサイパンに来てから知りました。月が昇る位置はいつも同じではないとゆう事。基本的には東だけど、ある時期は北よりだったり、真東だったり・・・その位置はずれている事。太陽でもそうです。これも当たり前なのかもしれませんが、東から昇る常識の中で月を見ていた私にはその自然の動きさえ感じることは無かったのです。常識の中でも見えない事実がある。足元を見てごらん・・・と言われているような気がしました。当たり前の中で生きていたらダメだよ。って・・・

   皆さんもいつかサイパンに来て満月を見て下さい。肩に乗っかっている余計な力・無駄なプライドが全てかき消されるような気がします。新しい力がこみ上げてきます。満月の夜に日程が重なったら、一緒に東のビーチへ行きましょう。MOON RISEを見ていると全てが浄化される気持ちになります。


   今回、コガシラが春休みって事もあり、カシラの仕事も翌日は午後って事もあり・・・全ての条件が重なったので月を見ながらBBQをしました。コガシラの友人も来ました。みんなでMOON RISEを見て感動している風景を思い浮かべてビーチへ到着。でもそれは私の空想で終わりました。子供達は「満月」なんて見てやしない・・・大いに笑い、ふざけ・・・月夜の中で遊びまくる。月をじっくり見る気配さえない。成長期の男の子です。7合炊いたお米をおにぎりにして持って行きました。子供達のリクエストでインスタントラーメンも持って行きました。焚き火をして作るそうです・・・月を見ることもなく・・・「いきなりFIRE!かよ!」と思う手際の良さでBBQコンロで大きく火をおこしています。それだけお腹が減っていたとゆう事でしょう・・・7合炊いたおにぎりも全て完食。ラーメンも4袋作ったのに完食!BBQも・・・その勢いは猛獣のようでした。もし満月に顔があったら、きっとそんな子供達を見て微笑んでくれたと思う。満月はそんな子供達にも優しく光を注いでくれていました。


  
















 私がセンチになって満月を見ている時・・・私からちょっと離れた場所では子供達が満月に背を向けて「FIRE!」していました。それがこれです・・・

   まだまだ自然の美しさや満月の癒しを実感するまで・・・人生の壁をいくつも乗り越え、泣いたり笑ったり怒ったり・・・悲しんだり、苦しんだり・・・喜んだり。その体験が必要ですね・・・それはまだまだ先の事でしょう・・・でも30年後、私と同じ歳になった頃に「こうゆう事だったんだな・・・」と思ってくれればそれでOKかな?満月を見る場所がみんなそれぞれ母国であろうが、異国であろうが・・・この日の事を覚えていて欲しいと思う。でも子供達を見る限り、夜BBQもした事もあったな・・・と思う程度の事なのかもしれません。

2010年3月11日木曜日

綺麗なんですよ。これも・・・

   別に意味はありませんが、昨日の日没時は水平線を覆うように雲が広がりました。ここ数日、気温もぐんぐん上昇。そして真っ青な空。ストレートに太陽の光が降り注ぐようになりました。12月~2月まではやはり太陽の光は弱く、空気が光を断するような・・そんな感じでしたが、今はその空気を軽く突き抜け直射で肌がジリジリと焼けてゆきます。(運転中も)

   でも雲が入ってもサイパンのサンセットはめげないんです。雲に光を反射させ「海に沈む」姿を教えてくれます。肉眼で見た方が綺麗ですが・・・

   最近、全く意味がない写真も面白いな。と思うようになりました。自分の目で見た物が「綺麗」と思えばそれを撮ろうとする。皆さんには伝わらない写真かもしれませんが・・・でも「心を動かす」ってそんな事じゃないかな?と最近思うようになりました。多分、この景色・・・見過ごしてしまう景色でしょう。太陽が海に沈まなきゃサンセットじゃない。「今日はサンセットが見れなかった」なんて事になるでしょう。
今まで私はそうでした。この雲を見ても「海に沈む太陽がサンセットのメイン」みたいな。だからこの雲を見ても「なんだ・・・見れないじゃん。雲が邪魔なんだよ」って。でもその固定された物を取り外して、目で見て心が「綺麗」と思えば・・・明日も絶対良い1日になる。なんちゃってね・・・でもそう信じています。

2010年3月5日金曜日

生物のおべんちょうー

   これは写真のミスではございません。わざと暗くしてあります。と言うのも・・・この枝珊瑚の先・・・青くなっていますよね。これは生きている枝珊瑚です。私と枝珊瑚の出会いは日本の太平洋岸にあったお店に飾り物として販売していた枝珊瑚です。立派な形をしていましたが、真っ白でそれそれは見事なものでした。でも・・・実はこれは死んでしまって漂白してあるもの。本当は太陽光に照らされた生きている枝珊瑚を見て頂くとこの発光色の青はとっても綺麗なんですけどね・・・なかなかダイビングをしていて枝珊瑚を執着して観察するなんて事は少ないと思います。

   これをご覧になった方でお子様がいらっしゃる方はこの「生きている枝珊瑚」を見せてあげて下さい。最近じゃ、スーパーで魚の切り身を買うからその切り身になった魚の本来の姿を知らない子が増えていると聞きますが・・・枝珊瑚も真っ白じゃなくて、本当はこうゆう物なんだとゆう事を教えてあげて下さい。そしてとても脆い事。ここまで育つのに長い年月をかけている事・・・

   私がダイビングのライセンスを取ったのは20年前。カシラに教わったのです。(因みに出会いはそこの部分じゃなく、既にナンパされて知り合っていました。決してイントラとお客さんの関係でナンパされたわけじゃございません。一応念の為に言っておきます。巷では私がカシラを逆ナンパしたとゆう噂もあるようですが、決してそのような事はございません)話しは逸れてしまいましたが・・・講習中に危険な生物の話しもしましたが、珊瑚の話しもしていました。フィンキック・ぶら下がったゲージで珊瑚を折ってしまう事があるからと・・・注意でした。魚を見る時、何かに捕まって見る時は岩なのか珊瑚なのか気をつけて・・・と。珊瑚の中でも触るとかぶれる物がある事も、そして壊さない事も・・・

   パラオに行った時、同乗した女性ダイバーがいました。彼女は凄く気持ち良さそうに海の中を漂っていましたが、立った状態の形で泳いでいました。そこは珊瑚がいっぱいありました。フィンキックをする度に珊瑚がバキバキ折れてゆきます。「えぇ~~!!」カシラが彼女に寄って何か作業をしていました。さすがにガイドさんもそのコースを外そうとしていました。彼女の体が水平になり、足が珊瑚から離れたのを確認してガイドさんはまたコースを戻しました。海洋実習だった私には勉強になりました。

   港についたら撮影隊が来ていました。ダイビング番組の撮影だったようです。船に乗っていたモデルさんがタバコを吸っていました。吸殻を海に投げました。「ええぇ~~!!」日本に帰って来てからダイビング番組を見ました。「あ!あのモデルさんじゃん・・・」彼女は言っていました。「海はみんなのもの。海を汚さないように・・・タバコも投げ捨ては絶対にダメ!」って・・・「あのなぁ~!!!」

   常識と思いやりと正確な講習内容で海の生物は元気でいられます。そして海がもっと楽しくなります。と・・・私は思います。

2010年3月3日水曜日

フグとヒトデ

   「河豚」と書いてフグと読むようですが、このフグは「コクテンフグ」「海鼠」と書いて「コクテンフグ」と読みます。って言うのは大嘘ですが・・・鼠みたいでしょ?漢字で書くと何かドブネズミと連想してしまうので、ネズミとしておきましょう。かわいいヤツなんです。最初は岩陰に隠れていたのに、目が合った瞬間に岩場から出てきました。当然、逃げるんだろうな・・と思っていましたが、その先の砂地に着地。体をくるっと丸めてじっとしています。

   私に会いたいのか?それとも私の何かがこの子を金縛り状態にさせたのか?観念したように動きません。多分・・・悲しいけど、私の何かはカシラだけでなくコクテンフグにも効果があるんだろうか?
   あまりにもじっとしているので、あまり驚かさないように・・・上から写真を撮りました。写真を撮った後、振り返るとこの子は居ませんでした。だから、私の何かがこの子を金縛りにさせたのではなく、写真を撮って欲しかったんだろうか?尾びれをくるっと丸めるあたりはどうもポーズらしい。可愛いヤツでした。でもこの場所・・・フグ好きにはたまらない場所でした。小さいフグから大きいフグまでけっこう居ましたよ。

   サイパンの海に入って凄く驚いた19年前。
実はその海の綺麗さにもそうだったんですが、この子を見た時です。以来、私はこのヒトデが妙にツボに入ってしまいました。実物は貫きに出たようなブルーで何とも言えません。皆さんもこのヒトデを見たらちょっと止まってじっくり見てみて下さい。ツボに入りますよ。(多分)

   そろそろ幼魚が出る時期かな?と思ったけど、まだちょっと早かったようです。この場所は・・・レアな幼魚がいっぱいいるんですよ。それを探すのに何年かけたかな?結構、長い時間をかけてやっと見つけた場所なのでした・・・ウシシシ・・・・

   シュノーケルが好きな理由はそうゆう場所を探す!って目的があるからかな?あとは頭から突っ込んで潜れるって事かな?自由にあっちチョコチョコこっちチョコチョコできるからかな?ぶらっと・・・お天気が良い日にはマスクとフィンとシュノーケルを持ってドバーっと海に入れる手軽さもいいかな?「行ってみようかな」と車に乗り込んで1時間ぐらい遊んで・・・気分もパーっとはれるってもんです。

   岸に向かって泳いでいると魚釣りをしていたおじさんが居ました。でも・・・私が水の中を見る限りそこには魚は泳いでいませんでした。そこは水深50cmぐらいの所だったけど・・・おじさん何を釣るんだろう?

2010年3月1日月曜日

これを何と言いましょか・・・

   日本でも満月は綺麗ですよね。私の実家は岐阜県の山に囲まれた小さな町。ネオンなんかないし、外灯だってほんの少しあるだけの町。だから月夜はとっても綺麗だったけど、サイパンに来て驚いたのはその満月の大きさと光とその色と・・・故郷の月よりも綺麗だったことでした。月を見て吠える人の心境が分かったのもサイパンの月を見てからです。サイパンに来てから満月の夜はワクワクしていました。そんな事を知っているカシラ。月を見る度に「見て!綺麗だよ」と教えてくれます。それはそれでとっても感謝だけど・・・今朝方はちょっと違いました。

   お客様と食事で出掛けた7時。東の空から大きな月が・・・「今日って満月だったかな・・・・」お客様は「今日じゃないよ。明日が満月だよ。3月1日って明日だよね?」綺麗な綺麗な月夜でした。「多分、この時間でこの位置だと、フィリピン海(西側)に月が移動するのは夜中の3時頃かな?」

   食事が終わり、家に帰り・・ベッドでぐっすり・・・
夢を見ていました。漫才師が数人で出ていた夢でした。
どうしてそんな夢を見るのか?理解不能ですが・・・その時に「ねぇ~ねぇ~起きて。月が凄い綺麗だよ」とカシラに起こされました。携帯の時計を見ると午前5時40分。起きるまでにまだ20分ある。私にとってはまだ20分眠られる。が・・・綺麗な月を見たさにメガネをかけて起きました。

   既にカメラの三脚が用意されカメラがセットされていました。「写せって事か・・・・」外に三脚を持って行きました。空を見るとこんな感じ。雲に覆われていて月が見えません。「これをどうやって写真撮るの?」こんな空ならまだ20分寝ていれば良かった・・・タンクトップのパジャマ姿で外に出て月が出るのを待っている私の体に北東から吹く季節風は寒すぎた・・・・「寒い!」

   「何時に起きたの?」とカシラに聞きました。「さっき。トイレへ行こうとして・・・・」カシラが「月が綺麗だよ」と言いながら私を起こしたけど、どう考えてもその雲の位置や量からしてみて、カシラが見た月もこれだったんじゃないか?確かに綺麗だけど、月の光のみかぁ?正しい日本語を使ってちょうだい。これは「月が綺麗」とは言わないだろう?「空が月の光で綺麗」とか「雲から出る月の光が綺麗」とか・・・細かく言うとそうなるんですが・・・心境的に「ゴマが歯の隙間に入った」そんな感じでした。

   でも雲の隙間から放射される月の光もオツなモノでした。それはそれでokですが、でもやっぱり歯の隙間に入ったゴマはまだ挟まったままのような・・・そんな心境です。
今日はアクビの回数がいつもより倍に多い気がする。
   

2010年2月24日水曜日

期待通りの・・・

   昨夜の「わかめ」ダイビングにどう影響するか?期待してたでしょ?
 
土用の丑に「うなぎ」食べますよね。でも「うなぎ&梅干」は食い合わせが悪いと言います。うなぎを食べる時、梅干を食べてはいけないように・・・「ダイビングとわかめ」これも悪い組み合わせです。ただ、お味噌汁の具の量とか酢の物でも小さな小鉢の量なら全然問題なく、美味しく召し上がって欲しいのですが、鉢に1杯は当然の結果でございます。

去年の茎わかめリベンジダイビング(長ったらしいな・・・)リベンジならず、と言うより、惨敗。と言うより、土俵すら上がっていないのでした。いえ・・正確に言えば、上がれなかったのです。ダイビングどころか、ポイントすら行けない状態でございました。

明日は大丈夫だと思います。美しいお話は明日って事でお願い致します。

2010年2月23日火曜日

明日の予定、その前に・・・

   誰かが岩の上に珊瑚を置いていました。なんとなく写真に撮ってみました。何となく気にいっています。そろそろ写真のネタ切れです。明日はダイビングに行こうと思います。思い出せば、去年の11月頃でしょうか?大好きなオブジャンなのに、前日の夕食に食べた茎わかめ・・・その結果、フィンキックをする度に水圧も重なりお腹がゴロゴロ・・・1蹴りする度に冷や汗もん・・・だからエントリーしてすぐの広場でじっとしているしかなかった。海の中で動かなかったのは、私と海底にある石だけだった。イソギンチャクでさえ動いているとゆうのに・・・「リベンジ」を果たせる事なく、年が明け・・・・去年の屈辱は去年のうちに解消できないまま・・・・

   明日は早い時間に潜ってやろう!と思います。と言っても多分、7時30分にはエントリーしたいと思っています。きっとその時間を目標にすれば、8時にはエントリーできるかも。

   今、こんな事を書いて重大な事に気がついた。今夜のメニューはチキンカレーだった。でもダイエットを試みている私の主食は「わかめ」だった・・・わかめをさっと茹でて、わさび醤油でさしみにして鉢に一杯分ぐらい食べてしまった。1週間前には小鉢一杯の「わかめの酢のもの」を食べた時、その夜から翌日のお昼まで5回程苦しんだ・・・量は、その時よりも確実に多い今夜。リベンジならぬ、二の舞も二の舞だ・・・明日は1蹴りもできない状態かも?想像するに・・・マネキン人形が海の中に沈んでゆくようなそんな自分が重なる・・・・それでも天気が良くて海も落ち着いている今・・・何としてでもダイビングに行きたい。これから腹部マッサージをしよう・・・そして明日に備えよう。では、失礼・・・

2010年2月22日月曜日

この季節やってきました。


   夕暮れ・・・洗濯物をたたんでいると・・・こんな風景。夕日が綺麗なシーズンになってきました。
空の色は秒単位で変わります。この洗濯物を全てたたんでから。と思ってカメラを用意していては、綺麗だ!と思った瞬間の写真は撮れません。洗濯がシワになっても、そのまま。写真が優先です。これはクラブハウス前から撮ったものです。今はまだ西南の方向に夕日が沈みますが、これからどんどんその位置が変わり、5月になれば西から西北へ・・・クラブハウス正面の水平線で壮大なシーンを見る事ができます。これから、島の海岸で小高い丘で人が夕日を見ている場面に遭遇するようになります。みんな「グリーンフラッシュ」を待っているのです。夕日が水平線に沈む時、緑の光が空に広がった。と言う人もいれば、水平線から何本もの緑色の光が空に向かって放射された。と言う人もいます。人それぞれに言う事は違っても「グリーンフラッシュ」を見ると幸せになれる。そんなお話に願いを込めて、みんな夕日が沈む瞬間を見ているのです。私もこれから夕日を見る日が多くなります。それもこのシーズンの楽しみかな・・・

2010年2月21日日曜日

海のキラキラ・・・

   だんだん気温が上がってきました。太陽の光もだんだん・・・
サイパンは常夏の島ですが、やはりそんな島でも「冬」なんてものもあります。冬って言うのかな?微妙なところですが・・・12月中旬頃から太陽の光は少し休憩をするかのように弱くなります。そして季節風と言われる北東からの風が吹き、朝晩はちょっと肌寒く、日中は過ごしやすい状態になります。外出する時に窓を閉めて帰って来ても、ムッとする空気ではなくクーラーのスイッチを入れることは殆どありません。

   が・・・ここ数日。外出先から戻って来ると部屋がムッとするようになりました。朝晩は長袖、日中はTシャツだったのにタンクトップが着たくなりました。風も止んでいる時間が長くなりました。
こうなると・・・やはり海へ出掛けたくなります。ダイビングではなくてビーチピクニックです。

   そろそろBBQコンロを持ってお肉や果物を持ってビーチへ行く季節になりました。嬉しいですねぇ~
   

   キラキラなんです。午後の海。太陽の光が小さい波間に反射して・・・キラキラなんです。
午後3時頃になるとキラキラ面積はもっと大きくなるんです。

   キラキラな海を見ていると心もキラキラ・・
目もキラキラ・・・全てがキラキラ・・・

    みんなもこのキラキラ見に来てキラキラ・・・

2010年2月20日土曜日

眼からウロコで原点へ

   小さい頃から海が大好きでした。
岐阜県は海がないからかな?でも異常なぐらいに好きだった。小学2年で初めての潮干狩り。テレビで見た海とは違ったけど、貝を採っているうちにどんどん波らしきものがきて足のくるぶしまで海水が来て、沖を見ると海があった。両親は「もう出て来なさい」と言ったけど、私は頑固にも海から出なかった。そのうち下着のパンツまで濡れて・・・父が来て私を抱えて海から離したのです。「風邪ひくから着替えなさい」と言う母の言葉を無視してずっと海を見ていました。人前でパンツを脱がされ母が私の着替えをしました。翌朝のお味噌汁に入った貝、完全に開いた2枚貝・・セロテープで止めて元の形にして大きなタライに砂を入れ、水を入れコンパクトな海を作りみそ汁の匂いがする貝殻を並べた。無邪気だ・・・でも凄い執着心だと思う。小学4年生で初めての海水浴。我が家は祖父母がいたので、家族旅行は当然のごとく温泉とか山とか高原になっていたのです。水着を着て海に入ると目まいがした。海の大きさと遠い水平線・・・その海に憧れの海の中に自分がいる。従兄弟も一緒に行きました。従兄弟が「鼻血出てるよ」と・・それでも私は浮輪を頼りに沖へと行くのでした。サメとか怖かったけど、それよりも怖かったのは海底人。絶対に海底人がいると思っていました。海底人が私の足を引っ張って海の底へ連れて行く?どうしよう・・・そうなったら。でも私はクラゲのごとく波間を漂っていたのです。岸で母が叫んでいる。父が海に入って来た。逃げなきゃ・・・また捕まる。海底人よりも父が連れ去る事の方が怖かったかも・・・・「唇真っ青だから出なさい」「嫌だぁ~」仕方が無く父は「海の家」でボートを借りてくれました。ボートに私を乗せて沖へ出てくれました。
翌朝、朝ご飯よりも海。1人部屋を脱走。大騒ぎになったのは言うまでもありません。それから2度と海水浴とゆうものに連れて行ってはくれなかった・・・高校生の時、友達と海へ行きました。民宿で泊ったんです。1年~3年まで夏の行事でした。高校3年の時、世間じゃ受験生と呼ばれる時に私は「海の家」を営んでいたおばちゃんと仲良くなりました。夏休み期間、週末だけの条件でバイトをさせてくれる事に成功。母には「友達の家で勉強してくる」と土曜の朝に家を出て日曜の夕方に帰ってくる。そのスケジュールで海水浴場の「海の家」でバイト・・・家に帰ると母が「頑張ってきた?」「うん」それだけ・・・

   駐車場への呼び込みからかき氷、たこ焼き、焼きそば・・・楽しかったなぁ~土曜の夜は海岸でバイトの大学生のお兄ちゃん達と花火。私の原点かもしれません。

   数年前、家族でその海水浴場がある温泉へ行きました。運転していたカシラに「この道を入ると近道だよ」とナビゲーション。カシラは「地元じゃないのに道をよく知ってるね」と言いました。間髪いれずに母が言いました。「だってこの子、高校生の時にここでバイトしてたもん」「え!知ってたの?」「当たり前。分かってたよ。当時も・・・でも受験勉強の息抜きだろうと思って黙ってた。でも勉強してくるって言っても日に焼けて帰って来るからさ・・・」・・・・しまった・・・

   海好きがここまでエスカレートしてサイパンに来て19年。原点の気持ちは大人になるにつれて忘れてしまって・・・社会の厳しさや人間関係や裏切りや優しさや・・・思いやり。いろんな事を経験して、いつの間にか鎧をつけていたような気がします。いろんな事があったこの19年。人に傷つけられて、自分の居場所を失い結果、人を傷つけていた。自己嫌悪に陥ったり、自分を見失った原因の事実が分からなくて苦しんだ事もありました。でもインターネットのサイトで知った曲。原点の気持ちをはっきりと蘇らせてくれた。苦しい時に助けてくれた人達がいた。悲しさや切なさの中で自分を見失った時、支えてくれた優しさや温かさ・・・「眼からウロコ」・・・先日、午前1時すぎに寝て4時前に起きてしまった。午前8時に睡魔が襲ってソファにゴロンと横になったら眠ってしまいました。目が覚めると午前10時30分。2時間30分のロスをしてしまいました。寝るのは寝る。起きるのは起きる。白黒はっきりしましょ!と思ってる自分にはかなりの自己嫌悪。でも寝る前に少し開けておいたブラインド・・・目を開いた時にソファで横になったまま目に飛び込んできた風景。凄く感動しました。これがその写真です。先輩でもあり友達でもある人がこんな事を言ってくれた。「女性はね、20代・30代って何か心が苦しいのよ。葛藤の日々もあるんだよ。でも40代になるとね、とっても楽になるの・・・・」何かその理由が分かったような気がしました。
うまく言えないけど、彼女が言う言葉・・・分かったような気がします。見慣れた風景でも心が変わると凄く新鮮に見える。

   自分が何を言っているんだか?あまりよく分からないけど・・・何かに苦しい時、必ず自分の原点ってものがあるような気がします。幼い頃に遊んだ場所とか憧れたものとか・・・何かに一生懸命になったものとか・・・そこに戻る事ができたら・・・・疲れていた心もクリアーになるような・・・うまく言えないけど、きっと大丈夫。カーッと盛り上がってくる気持ちがあればそれはきっとその人の原点なんだなと思ったりします。

2010年2月17日水曜日

こんな物で喜ぶ40代

   見つけてしまいました。
お客様と買い物へ行って・・・興奮したブツです。
これ・・ストラップではございますが、そんじょそこらのストラップとは違って「パン」なのです。手触りは「焼きたてパン」のようにホワホワで・・バターロールの香りもするんです。12ドルだったんです。でも凄く迷ったのです。それはきっと私が40代とゆう世代だからでしょうか?それともこのご時世、衝動買い禁物!のイエローカードが頭をよぎったからでしょうか?いいえ、違うんです。こうゆう物は自分で買うのではなく、買ってもらおう!とゆう魂胆なのです。必要なものは自分の財布を開けますが、必要でない物で欲しい物は買ってもらう主義。凄く図々しい?っで・・・カシラに言おうとしたけど、ゆっくり話すチャンスもなく・・・カシラがお客様と食事に行った時にお客様が話して下さったのです。でも時間がなく、そこまで寄る事ができず、翌日・・・夕食を食べてから買いに行きました。場所はDFS(免税店)やっぱり思い立ったが吉日。って事で気が変わらないうちに・・・

   後ろはこうなっています。ちょっとリアルでしょ?
こうなってますよね?パンって・・・最近、サイパンのお店で各週で日本のパンが入ってきます。小型のあんパン・チョコパン・クリームパン・・・日本に居る時は食べないのに、サイパンにいるとやたら食べたくなるんですよね。大人気です。それでこのストラップを見てしまったわけでして・・・パンに恋焦がれて、パンは高級な物になって・・・それでつい・・・やっぱりこのパンの表情がいいです。人生、こうゆう顔で過ごしたい。と祈願して買ったわけです。人生の鏡ですね。
因みにカシラはコガシラにも買ってくれました。違う表情のものです。これも祈願して買いました。どんな表情かって?それはメガネをかけたガリ勉君。勉強で頭がいっぱいでプンプンしている表情です。本当にそうなってしまうのは困るけど、全く勉強しないで遊びばかり考えて緊張感のない表情のコガシラ。実際のコガシラの表情とガリ勉君のプンプン表情を混ぜればちょうどいいかな?と・・・・
   
   40代でも可愛い!と思うものは、10代の子と同じ時もあるんです。無理あるかな?かなり・・・

2010年2月8日月曜日

予防接種

   どこかの難民キャンプで配給を貰う為に並んでいるみたいですが・・・実はこれ、移動医療車を使ったH1N1新型インフルエンザのワクチン接種で並んでいる人達です。

   去年5月頃から世界中を震撼させている新型インフルエンザ。ニュースでワクチンの製造が間に合わないとか、足りないとか・・・いろいろ聞いていました。太平洋の小さな島のサイパン。このワクチンは入ってくるんだろうか?とゆう不安を感じたこともあります。正直言ってニュースを聞く度に怖かった・・・

   11月には季節性インフルエンザのワクチン接種が病院で行われ、今年はそれに加え新型インフルエンザ。11月に病院で「スワインフルーの注射はいつですか?」と聞いたところ、予定では12月ですがまだ分からないから電話を下さい。と受付で言われました。因みに新型インフルエンザの事を「スワインフルー」と言っています。12月上旬にコガシラが学校から問診票を貰ってきました。子供の名前と親のサイン、卵とチキンを食べてアレルギーがでるか?だけの紙でしたが・・・コガシラの学校にこの移動車が来て、全学年生徒がワクチンの接種を行いました。コガシラの学校だけでなく、島の学校全てですが。因みにドクターと看護師・レスキュー隊員が数人いたそうです。子供がワクチンを打った時に何か起こった場合には、レスキュー隊員の活躍となるようです。徹底されたシステムにビックリ!サイパンってワクチンが来ないんじゃないか?と思っていたのはとんでもない事で、この医療システムには感動しました。最初にワクチンが入った時、やはりサイパンも同様にその数は少なく子供や老人が優先されました。

   病院でもワクチンを接種できますが、他の患者さんもいて長い時間待たなければなりません。それだけでめげてしまい、ワクチンを打ちたくてもこの待ち時間のせいで腰が重くなるのです。
それでこの移動医療車の活躍です。人が集まる場所に行っては島民にワクチン接種を行っているのです。私の記憶の中では、小学校の時にレントゲン車が学校へ来た時と献血の車が学校へ来た時以来の医療車だったのである意味、懐かしく感動したりしていました。「サイパンにもこんなのあるんだ・・・」





   赤いシャツを着たローカルの女性は受付担当。住所と電話番号とサインを記入する紙をくれました。やはり同じく「卵・チキンは食べられますか?アレルギーはありますか?」と質問されました。「食べられるし、アレルギーはありません」と答えると、いくつか並んだテーブルに案内されました。紺色のシャツを着ている女性は証明写真のついた病院勤務のIDとインフルエンザ撲滅のTシャツを着たフィリピン人の看護師さん。私は真中の看護師さんに注射を打ってもらいました。お見事に痛くありません・・・
サイパンの病院の看護師さんはアメリカ人とフィリピン人・・・数は圧倒的にフィリピン人が多いのですが、その技術は高く評価されています。注射器を袋から出してワクチンを入れ腕に打ち、テーブルの真中にあるケースに注射器を捨ててゆく。凄い数の注射器・・・打った後は消毒の匂いのするコットンで押さえテープを貼ってくれます。サイパンは乾季に入っています。季節性のインフルエンザもこの時期から・・・
これで一安心です。因みに今日、近くのストアーに行ったら入口のドアにポスターが貼ってありました。
それはインフルエンザの予防接種を受けるように促す広告でした。

   太平洋の中の小さな島・・・新型インフルエンザ対策は完璧です。