2009年12月24日木曜日

MERRY CHRISTMAS !!

   この日になると思い出す・・・学生の頃に過ごしたクリスマス。二十数年前のクリスマスイブ。
朝から雨が降っていた岐阜県。しかし、午後4時頃には雪に変わり夜になるとかなり積もって5人ぐらいで雪合戦と化したクリスマスイヴ。ホワイトクリスマス・・・・ぐふふ・・・思い出すだけであの時に瞬時に戻れる自分がいたりします。懐かしいさと寒さ、でも心は温かく・・その数年後は切なく悲しく・・・だから今でもクリスマスになると心がくすぐられるような・・・

   しかし昨夜は豪雪ならぬ豪雨に見舞われ、サイパンの中心地のガラパン地区は水没。タンクを交換に行ったカシラの足首まで雨水に浸かり、家に戻ってすぐにお風呂に入りかすり傷の部分を一生懸命に消毒していました。今日も雪雲ならぬ雨雲に覆われた空。

   クリスマスはやっぱり寒い方がいい。やっぱりそう思う。雪が降っていれば尚更GOOD!ってもんです。今宵はそれぞれにいろんなクリスマスがある事でしょう。我が家はフライドチキン・スパゲティ・サラダを食した後、クリスマスケーキを食べようと思います。実は・・・私が小さい頃、我が家のクリスマスは「おでん」だったからです。「おでん」の後に生クリームのケーキは何か違うだろう?アイスクリームケーキであっても何か違うだろう?と子供心に思っていました。ずっと思っていました。だから私が世間的には母になった頃から、クリスマスの和食はやめようと思っていたのです。フライドチキンなんです。
竜田揚げじゃなくて、ちゃんとしたフライドチキンなんです。骨付きの・・こだわるんです。

   コガシラにはオレンジジュースを付けようと思います。私達はワインでも飲もうと思います。
しかし!それは夢かもしれません。コガシラは最近・・・どうも挙動不審な行動。観察していれば、どうやらアメリカ人の彼女ができた感じ。冬休みになった今、ウェブカメラを用い部屋に閉じこもりチャットをしていやがる。今宵もご飯食べたら速攻で部屋に戻りチャットをするだろう・・・おでんであろうが、ドッグフードであろうがコガシラにはあまり関係ない事なのかもしれない。

   皆さんにとっても素敵なクリスマスイヴであるように・・・・

MERRY CHRISTMAS !!

2009年12月10日木曜日

クリスマスの夜話

   昨日飾ったツリーを点灯し、ほけ~っと過ごす今宵。寒いクリスマスが恋しくなります。
雪が降って、寒いけど・・・あぁ~クリスマス!って冬のクリスマス・・・・毎年、この時期になると決まって絶対に思う事がありますっ!(力入れ)下記の通り

   北欧か寒い国に行ってクリスマスをしたい!サイパンを出たい!と・・・真剣に思うのです。
クリスマスは寒い方がいい・・・・と。今夜もクーラーを入れて寒いクリスマスシーズンをイメージ!!

   サイパンに来て初めてのクリスマス。ビックリしたのは、サンタの人形の目が青かった・・・
黒じゃなかったことでした。当たり前か・・・・多分、アジアのサンタ人形の目が黒いけど、欧米もオーストラリアもサンタ人形の目が青い・・・・と思う。因みに、サイパンのサンタ人形はアメリカからやって来たのです。フィンランドじゃなかった・・・

2009年12月9日水曜日

クリスマスツリー

   今日、クリスマスツリーを買いました。生もみの木です。生木を使うツリー・・・サイパンの家庭じゃ一般的のようです。この暑い島で寒冷地の木は大丈夫なのか?と思う方もいらっしゃると思いますが、大丈夫なんです。ちゃんと商品になっているんです。ってゆうのも、船で運ばれた生木は販売店の大きな業務用冷蔵庫かマイナス温度を保つコンテナかで保存され、定期的に店頭に運ばれるんです。

   運良く、今回はその冷蔵庫の中から運びだしている時に生木を買いに行ったので、フレッシュそのものの生木をゲットできました。大きさは約2m程の生木です。森林のいい香りがするんです。お正月頃になると葉が茶色になってボロボロになってしまうのは、やはりこの南の気候だからでしょう。クリスマスツリーは年明けまで飾っておくのがこれもまた一般的のようです。

   クリスチャンでもない私達・・・大家さんはパーフェクトなクリスチャン。毎週日曜のミサは欠かさずに家族で行っているし・・・私はクリスチャン系の短大に行っておりましたが、お見事までに「ミサ」の授業には1度も出席した事がない「なんちゃって・・・・」なのです。でも毎年、この季節になるとやけにクリスチャンが羨ましくなる。因みに私の実家は浄土宗だったかな?お盆前には必ずお墓参りをして、お盆の行事は盆提灯まで出して、精霊流しは手を合わせ「来年もまた来て下さいね」と言うぐらいの、バリバリ仏教徒。毎年の事ながら、ツリーの飾り付けをしている時に「なんで家はツリーを飾っているんだろう?」と思っています。

   しかし綺麗ですよ。そう言えば・・・最近、日本でも家の周囲(屋外)にやたら電装をつけて綺麗にデコレーションをしているお宅を見ます。数年前、隣の市に住む友人が「そう言えば、よっちゃん(私)の近所に凄く綺麗に飾ってある家があるって聞いたよ。行ってみよう」って事になり、車で約7分ぐらいの所へ行きました。この家のある地区に入った途端、遠くに一カ所だけ妙に明るい空がありました。
「あそこだ!」すぐ分かる・・・まず最初に「わぁ~」と声が出てしまう。そして次にくる会話は「凄いね」
そして次の会話は「綺麗だね」、そして次の会話は「電気代いくらだろう?」「5万ぐらいするかな?」「もっとするんじゃない?」他人の家の事ながら、気になります。それぐらい凄い家があります。
情緒ある日本家屋、雅的な白木の玄関戸・・・ここで「お茶会」なんぞできたらいいな・・・と思う程の日本庭園に異国情緒溢れんばかりのクリスマスイルミネーション。この家の前に車が並ぶ・・・中にはカップルもいれば、孫を連れたおじいちゃん・おばあちゃんもいる。家族で来ている人もいる。
「観光バスでも入れたら?」と思う。2階の窓にはソリに乗ったサンタが手を上げ、玄関には何個もプレントの箱が置かれ、何故かミッキーマウスが横に立って笑ってる。かと思えば、庭中の木は電装のロープでみっちり巻かれ、松の木もモミジの木も南天の木も・・・やたら庭中に発光が強い電装の何かが置かれ、屋根から庭の松の木に向かってセスナ飛ぶ・・・これ全て電装です。この灯りで家の中丸見え
だからずっとカーテンがひいてあり、家の人は全く見られない状態・・・・今年もまた町の話題になっているんだろうな・・・因みに過疎が始まった私の地元では、このお宅をトップとして争うように年々このイルミネーション競争が加熱し、お年寄りの楽しみになっているようです。因みに、車の運転をする母は友達を数人乗せて毎年この時期になると、町中を廻りそして隣の市まで行き見学し、喫茶店で「あそこはどうだった」「ここはどうだった」と評価をしているようです。電気代は大変だと思いますが、何かいいですよね。みんなの楽しみってゆうか、なんか話題を提供して下さるって・・・

   サイパンではまだ電気代の高値は続き、昔のように庭のイルミネーションをする。って事も殆ど無くなってしまいました。昔は小さい島ながらも貧乏な島ながらも、それなりに多くの家が庭先をクリスマスイルミネーションで飾っていました。だから何となく寂しい気もしますが、それでもキリスト教が主流の島・・・お店の生木はどんどん売れて、お店の駐車場から出てくる車の荷台や屋根には生木が乗せられ、家についたらみんなで飾りをつけて今年もクリスマスを迎えるのです・・・・

2009年12月8日火曜日

816

   何の数字か分かりませんよね。これ、私の誕生日なのです。8月16日・・・
実はこの3つの数字に大きな意味があったのです。時は遡ること、約20年前・・・20代だった私は都内の旅行会社で働いていました。取引先の部長から接待に招待され、都内にある高級中華レストランへ行きました。マダム!って感じの60代オーナー女性の優しい笑顔に迎えられ、半ば緊張状態で席に着きました。部長とマダムは親しげに話しをしていたので、安心する部分もあったけど・・・

   食事をしていると、マダムが挨拶に来て下さいました。日本語はペラペラだったのですが、発音はやはり外国人の日本語。マダムの代で日本にいらした事は聞くまでもなく分かる・・そんな感じでした。
美味しいお酒と料理で満足しているところにマダムとの話も盛り上がりました。何の話からか?マダムは私の「干支」を聞いてきたのです。「辰年です」と答えると急ぐように「誕生日は?」と聞かれました。
「8月16日です」と答えると、マダムは驚くような声を出して私の横に座りました。「もし、貴方さえ良かったら息子のお嫁さんになって欲しいの。台湾にも家があるし、沢山の土地もあるの。会社もあるし・・結婚してくれれば、貴方のものになるのよ」と露骨なまでの説明を受けました。部長さんもビックリ・・・
笑って誤魔化していると、マダムは「息子を紹介する」と言ってレストラン内にある事務所に呼びに行きました。息子さんに会いました。パーフェクトな日本語。なまりなど微塵もない・・・誠実そうで、真面目そうで・・・なかなかのハンサム。都内の某有名私立大学を卒業して、今は経営者として日本と台湾を行き来しているとの事でした。名刺交換をしました。まぁ~これで終わりだろう。と思っていましたが、会社に頻繁に電話があり、デートに誘われました。バブリーな時期もあり、忙しい毎日だったので結局は個人的に会う機会を得ることもできず、終わりました・・・・

   それからとゆうもの・・・「どうして干支と誕生日で台湾の資産家の嫁候補に上がったんだろう?」とゆう不思議はこの20年間の疑問でした。台湾や中国では「龍」は神様である事は知っていました。
「8」とゆう数字も縁起が良い数字として大好きである事もサイパンに来て知りました。とゆうのも、中華系の人の電話番号って「8」が入っていると聞いた事があります。「8」の取り合い?それでなのかな?と思っていました。が・・・昨夜、台湾の方に聞くチャンスがあり説明を受けました。

   「辰」は神様。数字においては、1=「発展」を示す。8・6=「永遠」を示す。この3つの数字が揃っている事でその人は貴方をお嫁さんに欲しかったんだろう・・・との事でした。1と8と6の3つの数字が揃う事が最高な数だそうです。誕生日にすれば、6月18日と8月16日がその3つの数を使った誕生日になるからマダムも息子さんも力入っていたんだぁ~と思いました。それでもって「辰年」・・・
なるほどね・・・

   しかし、誕生日の数816で結婚を決められたら「愛」とか「恋」とかそうゆう物は後回しですか?
と問いたくもなるなぁ~と思う反面・・・「愛があってお金があれば最高だけど、愛があってお金がない。とゆう条件と、愛がなくてもお金がある。とゆう条件だったら、どっち選ぶ?」と聞かれると、即答できない今の自分がいるのも確実である。20代の時は「愛があれば、お金なんて・・・」と豪語していた私に姉は真っ向から否定していた。姉は結婚が早かったから、かなり現実的に物事を判断していたのです。
今になって姉の気持ち、よく分かる。

   でも「辰年、816」は台湾でのお話。サイパン・日本じゃ御利益はないようです。
っで・・・カシラ、モノは相談なんだけど・・・この際、台湾にオーシャンクラブを作る気はありませんか?
そしたら「辰年 816」はかなり有効かも?その時は、私を「床の間に飾る」なんてチンケな事は言っていないで「神棚に飾る」ぐらいでお願いします。

2009年12月6日日曜日

クリスマスシーズンですね・・

   この頃、サイパンはクリスマス雰囲気でいっぱいです。ドーナッツのお店に入れば、緑・赤・白を主体としたカラフルなトッピングのクリスマスホリデーヴァージョンドーナッツ発売中!近頃、連邦法に右往左往している外国人労働者及び配偶者もこの時期はクリスマスソングやデコレーションに少し心和まされ、私は先日コガシラのヘアーカットに付き合い、待っている間に足のお手入れ。踵の角質取り&ペディキュアをしてもらいました。ペディキュアの色を選ぶ時、やっぱりクリスマスカラーでしょ!って事で、赤は普段でもつける事があるので、緑にしました。緑の上にラメ・・・クリスマスツリーに負けない指です。

   今年は何かと心配事も多かったので、クリスマスはド派手にきめたいと思っています。
水曜には「もみの木」(生)を買いに行く予定です。家の隣のおねえさん、玄関のドアにクリスマスリースを飾りました。「あ!もうこんな時期なんだ・・・」いつもは、ターキーを食す11月下旬のサンクスギヴィングを待ちかまえ、それが終わるとすぐにクリスマス準備。毎年、この頃は既にツリーも飾ってあるのですが・・・やはり今年はこの連邦法でそこまでの余裕が無かった・・・いけない。いけない。

   さて・・・そろそろ寝るとするかな?

2009年12月2日水曜日

ロゴからメニューまで

   数年前、扇風機を買おうとしました。店頭に並んでいる扇風機・・・遠くから見ると製造会社のロゴマーク・・・見覚えのある日本の大手家電メーカーのロゴ。「え!これで20ドル?」ロゴを凝視しながら、扇風機に近づくにつれ何か違和感・・・だんだんはっきり見えてくる見覚えあるロゴの1文字1文字・・・
「TOSHIBO」ってどこ?

   やはり数年前、店頭に並ぶ加湿器。高温多湿のこの島でこれ以上湿気を増やしてどうする?と思いますが、風邪をひいた時にはクーラーを弱くかけて加湿器をかけるわけです。風邪が流行るシーズンでもあったのか?何台か置かれていました。やはりそこにもメーカーのロゴ。見覚えある日本大手家電メーカー・・・「やや!」と一瞬目を引くが「まてよ。扇風機でアッパレ!だったからな・・・」またロゴを凝視しながらこのオチを大いに期待し近寄って行くと・・・・「MITSUBOSHI」って何?

   MADE IN CHINA しかし、凄いね。文字の書き方もデザインも同じ・・・字の角度と言いましょうか?流れと言いましょうか?もう楽しくなって、お店に並ぶ家電メーカーのロゴを全て観察したい気分になりました。

   今年、カシラが日本に帰った時・・・キャリーバックをもう1つ買おうとゆう事になりました。
サイパンの・・・サイパンにとってはデパートのお店に行ってキャリーバックを見ました。カシラが「あ!あれ良さそうじゃない」と言いました。「本当だ、いいじゃん。あれ・・・あれにすれば?」と私。2人で近寄って行くと「え!なんでこんな所にこんなのがあるの?」そこにも確かに見慣れた男性ブランドのロゴマーク。お得をした気分少しとオチ狙いの大きな期待を込めて、ロゴを凝視しながら近寄って行くと・・・これもまた1文字1文字確認できるようなる。と同時に違和感を感じ始め、最終的にそのオチに笑う。例のパターンだ・・・男性ブランドロゴとそっくりな「DUNHILLIA」って何?やはり上記と同じ製造国でした。

   因みに昔たまに行っていた焼き鳥屋さんならぬ「羊串肉」屋さん・・・韓国の方が経営していたのですが、日本語メニューの中に「きのうの炒め物」と書いてありました。多分、「今日の炒め物」とゆう事だったのでしょう。大きく意味が違うし、健康上大きな誤解も招きます。
また違う焼き肉屋さんの窓ガラスには堂々と「雌牛1匹」と書いてありました。「雌牛1匹」ってどうゆう意味?想像すると恐ろしい・・・ホテルが立ち並ぶ通りの前にお土産屋さんも並んでいます。日本語で書かれた看板「高級品・ブランド・激安・アウトレット」「?????ここは一体何を売ってるの?そして何を売ろうとしているの?何を買えばいいの?高級品?ブランド物?激安商品?アウトレット?」日本で今使われている言葉を全部並べてのお店。中を覗くと「SAIPAN」って書いてあるTシャツだったりとか・・・SAIPANのお土産です!って肩肘張っているような商品だったりとか・・・

   最近、発見した看板。ご存知の方もいらっしゃいますよね?興味惹かれましたよね?「行ってみましょうか?」って男性達は盛り上がっていましたよね。飲み屋さんらしき看板・・・「Blue koi」看板にそう書かれて鯉の絵もありましたよね。鯉の絵を見たら普通は「CARP」でしょ?「BLUE CARP」でしょ?
でも何故に「BLUE」は英語で「KOI」は日本語読みのコイで・・・鯉の絵なの?何か妙に違和感があるけど、男性が見たら気になる看板?居酒屋さんっぽいような看板だけど、意味深な看板ね。

2009年11月30日月曜日

先生part4

   保育園~短大まで「先生」「教授」なんて呼び名も変わってゆくわけですが、私が絶対に忘れられない先生は高校3年の時の担任。年齢は50代。学年主任もやっていて、現代国語の先生でした。腰が悪く、いつも足を引きずってゆっくり歩く。夏になると薄いシャツにうつるコルセットが痛々しかった。

   あの頃、我が家では入浴剤をよく入れていたのですが、安売りがあって母が入浴剤を2缶買いました。そこにおまけがついていたのです。プラスティックの細い棒を動物の形をしたオモチャに差し込み、引っ張り手放すと動物のオモチャが勢いよく走ってゆくオマケでした。それを学校に持って行き、親友の優子に1個渡し遊んでいました。ある日、自習時間がありました。2人で廊下に出て、そのオモチャを走らせていました。全てのクラスは授業中だから、廊下は誰もいなしシーンっとしています。すると隣のクラスの戸が開き、誰かの足が出てきてその足に動物のオモチャが当たり止まってしまいました。

   ヤバイ!担任の先生が隣のクラスで現国の授業をしていたのです。先生は「また芳子と優子か・・後で職員室へ来い。廊下でシャーって音が聞こえるから何かと思えば・・・なんだこれ?」と取り上げられました。仕方なく、職員室へ。先生がこっちを見ていました。先生の前に立つと「お前らさ、いくつだ?こんな幼稚園の子が遊ぶようなオモチャを学校に持ってきて、しかも自習時間に遊んで・・・」とゆうような内容を約5分ぐらい言われ、オモチャを返してくれました。

   この先生は1ヶ月に1度、席替えをさせてくれましたが私と優子だけは1年間席替えをさせてもらえませんでした。教壇の前から3番目の真ん中。私達は1年間、席替えをさせてもらえる事もなく、他の子が席替えをしているのを見ていました。血は争えないってことで、なんとコガシラが今、その状態になっています。親友の優子は本当に絵の上手な子でした。東京の美大に進学したかったけど、家庭の事情で地元から離れることができませんでした。彼女はいつも言っていました「これからはね、CGの時代なんだよ。私はCGの勉強をしたいけど、大学って名前がつく所では東京しかないんだよね。名古屋になると専門学校にならあるんだけど・・・これから映画にもどんどんCGが入ってくるよ」と・・・もう30年近く前のお話です。今なら「CG」ですぐ分かるけど、当時は「何それ?」とよく言っていたものです。彼女が説明する内容が全く理解できなかったのです。彼女はCGの勉強をすると言って、名古屋の専門学校を希望しました。彼女は言いました。「どうする?どこの学校にする?」将来の夢も無かったし、希望する学校も無かった。優子が「私が行く専門学校は他にもいろんなコースがあるんだよ。一緒に学校通いたいからさ、その専門学校行こうよ」と言った。「いいよ」簡単な気持ちで言って、優子が取り寄せた学校案内を見てどこのコースにしようか?と悩んでいました。三者懇談の日、担任の先生の開口1番「お母さん、こいつ優子と一緒に学校行きたいからって理由で優子と同じ学校へ行こうとしています。優子は自分の夢があって、名古屋の専門学校にそれを勉強するコースがあるって事でそっちへ行くんです。でもこいつは何の目的もなく、仲良しコンビで行こうとしているんです」「でも行きたいんです」「分かった。お前が行くって言うなら、先生は内申書は書かない。将来何になりたいんだ?」「分かりません」「先生にならないか?先生はいいぞ・・・」「先生にはなれません」「やってみなきゃ分からないじゃないか・・・」結局、仲良しコンビで進学したら内申書書かないの脅しに負けて、優子とは違う学校へ・・・もし、あの時に先生が本人が希望しているから、コースが決まってなくても行きたいなら行けばいい。とゆう作業的な気持ちでいたなら、今の私はサイパンに居なかったと思います。こうゆう体験は出来なかったと思います。また違った体験があったのかもしれませんが、私は今まで経験した人生に悔いはありません。だからこの人生、凸凹が激しくても好きなのかもしれません。

   感謝です。先生に感謝です。今、どうしていらっしゃるんだろうな・・・時々、先生の事を思い浮かべます。最初の頃は年賀状のやりとりをしていたのですが、それからどんどん疎遠になってしまった。

   忘れられない事があります。先生達の球技大会があった日。午後から学校が休みになりました。
先生は腰を悪くしていても、女子バレー部の顧問でした。なんと・・・その日、バレーコートに先生がスパイカーの位置で立っているではありませんか・・・目が点・・・先生はジャンプして背中を逆エビ状態まで曲げて凄いスパイクを打っていました。試合が終わり、先生はコートから出て来ました。やっぱり、足を引きずりながらゆっくり歩いて出てきました。どっちが本当なんだ?

   今でも頭の中で先生の声が聞こえます。「こらっ!芳子と優子!」って・・・有り難うございました。
芳子は元気でやっています。先生のご恩は一生忘れません。

先生part3

   会社の前を行ったり来たりする人物。3人目の先生でした。呼び止めると先生はニッコリ笑って「XX先生から聞いたよ。ここにいるって・・・じゃぁな・・・」っておいおい・・・見に来ただけかよぉ?「先生!逃げなくてもいいじゃないですかぁ~」「ちょっと来ただけだから・・・」ジャージ姿で去って行った。新婚旅行じゃなかったのね?

   会社の先輩は「また高校の先生?」「そうなんです」お腹を抱えて笑われました。恥ずかしいやら、嬉しいやら・・・でも懐かしかったし、卒業しても恩師と教え子って関係はいいもんだな・・・と思いました。その当時は「ちぇっ!先生なんかさぁ~」と友達と話していたりしたけど、卒業して同じ社会人になると先生が恩師になって、対等に話してくれる。そして何かいつでも見守ってくれるような・・・温かいものがあると感じる。本当は高校時代からも先生達はそんな気持ちで見ていてくれたんでしょうけど、やはり私達は生意気言っても子供でそんな先生達の気持ちを知らないでいて、アドバイスを注意とか勘違いしたり・・・後になって分かる違った意味での親心のようなものを感じました。

   この去って行った先生は日本史を教えてくれていました。私の親友で絵がめちゃくちゃ上手な子がいました。私の日本史の教科書に載っていた「源頼朝」の顔に狸の落書きをしたのですが、それを先生が見て大笑いして絵の上手さを誉めていた。笑いながら「絵は上手いけど、教科書だからな・・・」と言っていました。親友と酸っぱい飴を口にいっぱい入れて笑わせ合いをしていたら先生に「じゃここ、読んでくれ」と言われて、ニッコリ笑った私に「な、飴なんか舐めていると本も読めないだろ?」と言った。まったく話さない私に「口開けてみて、どれだけの量を入れてるんだ?」口を開けたら、これも大笑いされた。
「お前な、女の子なんだから・・・」その時に、この先生の授業は絶対に真面目に受けようって思ったのです。卒業間近、最後の日本史の授業で先生がこんな事を言いました。「本当に小学生みたいな君達だったな・・・特に芳子、優子・・・」「でへへへ」「やっと離れることができるかと思うと今晩からよく眠れるよ。先生は大学を出てここに来て、最初の生徒だった。ずっと忘れない。君達が先生を忘れても先生は忘れない。ありがとう」って最後は涙声で、目を真っ赤にして走って教室から出て行った。私と優子は先生を追いかけた。そして何人かの生徒もやってきて、ずっと先生の側にいた・・・何か青春ドラマみたいだけど、実際にこうゆう事ってあると思った。今思うと恥ずかしいけど、私達も胸に込み上げるものがあったんですよね。

   先生のあだ名は先生の名字にカッパを付けた「XXガッパ」私と優子がつけたあだ名でした。
先生、卒業の名台詞を残してそのままだったら「尊敬」の先生だったのに、会社の前でウロウロして、それも白昼堂々とジャージの上下はないんじゃない?もう・・・でも有り難うね・・・最初に気がついた時は猿かと思ったよ。あだ名改名させてもらいます。「XXザル」って・・・

2009年11月29日日曜日

先生part2

   Part1の先生が転勤した高校は私がアパートを借りていた町の近くにありました。だから再会できたのですが、まさか・・・私の母校の先生が他にも2人、同じエリアに居たなんて。噂は広がり、ついには高校時代男子の体育を教えていた先生までもが会社に登場。この先生は高校3年生の時に新任で来た先生だったから、5つぐらいしか年齢が離れていません。

   「いらっしゃいませ・・・」自動ドアが開いた音と同時に挨拶をしてお客様を見る。「ぶーっ!!」私は吹き出してしまいました。先輩はビックリした顔をして私を見ました。次に「せんせい!どうしたんですか?」と叫んだ声に先輩もニコニコ笑っていました。「また高校の先生?よほど凄い子だったんだね」と終業時間後、先輩に大笑いされました。

   実際にはこの先生に習った事はないけど、よくからかって遊んでいた先生の中の1人でした。
また女性同伴・・・でもよ~く見てみると彼女、私の後輩だった・・・「まさか・・・」「そうなんだよ、今度結婚するんだよ」「新婚旅行ですかぁ?」「それはまだ・・今度、長野へ1泊で行きたいんだけど、ホテル手配してくれない?」「いいですよ。まぁ~婚前旅行ってやつですね。」「先輩!元気でしたか?」私、彼女と高校時代には話した事ないけど、先輩なんだ・・・今はお客様だけど。「それでいつ結婚するの?」と聞くと何月とか言っていましたが忘れました。人の幸せはもういい・・・自分の幸せ欲しいわぁ~
でも既に結納も入っていて、着々と結婚の準備は整っているようでした。

   その長野の旅行からも帰ってきて、また2人で会社に来てくれて・・可愛いキツネの絵がついたテーブルマットをお土産で貰いました。「有り難うございます」ひゃ~また幸せのおこぼれ貰いか・・・
幸せそうな2人だったので「ね、子供は早く欲しいって思う?」と聞いてしまいました。「はい」と後輩。「うん」と先生・・・聞くんじゃなかった。でも2人は言っていました。在学中はそんなんじゃなかったんだよ。卒業してバッタリ会って、それから会うようになって・・・と。「どっちでもいいって・・・幸せならいいじゃん。誰にも言わないから」って私、何人に話したんだろう?先日も高校の同級生に話してたよなぁ~

   そしてしばらして、先生から会社に電話がありました。「時間ある?」「はい。大丈夫だけど・・どうしたんですか?」「今日、会えるかな?」「はぁ?彼女も一緒にいるの?」「いないよ」待ち合わせしました。
何か様子が変・・・「先生、どうしたの?」「酒、付き合ってくれるか?」「いいよ」居酒屋に入りました。
「どうしたの?彼女は?」「別れた」「はぁ?別れたって、結納入ってたんじゃないですか?」「婚約破棄された。俺にはついてゆけないって・・・」夜中まで慰めても、立ち直ってくれない。どんより暗い空気の中でどう慰めて良いのやら・・・私が話しかけないと話さないぐらい、そのショックは大きなものだったのです。時々、ふと何か気がついたように話してくれるけど、すぐに会話が途切れ暗い空気になる。参ったなぁ~こうゆう時、どうすればいいんだぁ?「先生、カラオケ行く?」マイクを持った振りをしておどけるが、先生はか細く微笑み首を振る。「そんな気分じゃない・・・」結局、バーのカウンターで2人背中を丸めてお酒を飲んでいました。先生は「今日、有り難う。送って行くよ」「あぁ~大丈夫」「いいよ、送って行く」タクシーに乗って私をアパートの前で下ろし「じゃ、有り難う。またな・・・今度会う時は元気になってるよ」「うん。あまり気を落とさないでって無理だけど、お酒飲みたかったらいつでも付き合いますよ。でも先生の奢りだよ」先生は一生懸命に作った笑顔を見せてくれた。
「大丈夫かな?」アパートの階段を上りながら心配になった。「いつ元気になるんだろう?・・・・」

   それから半年とちょっと過ぎた頃、先生から会社に電話がありました。
「久しぶり!この間は有り難うな・・助かったよ。お前が居てくれて・・・」「もう元気そうですね。吹っ切れたんですね?」「うん」「良かった」「それでさ・・会いたいんだけど・・・」「え?」「話があるし・・・」「いいですよ」と約束しました。前回も「会いたい」と言われ、半ばマジで考えたけど、今回はマジでヤバイぞ・・・どうしよう?洒落にならんよ・・・先生に会いました。「あのな・・今度、俺結婚するんだ」「・・・・誰と?より戻ったの?」「違う人だよ」「・・・・・」確かに元気になったらまた会おうと言っていたが、元気になりすぎだろう?段階ってもんがあるだろう?どうして私の恩師ってゆうのは、こう面白い先生ばかりなんだろう?

   っで、結局、先生の新婚旅行も手配しました。2度ある事は3度ある・・・次は誰だ?
そう思って仕事をしていると、透明な自動ドアの向こうに落ち着かない男が1人・・何度も会社の前を行ったり来たりしている。「いたぁ~!!!」私は自動ドアに駆け寄り、逃げてゆく男に声をかけた「先生!」次回はPART3で・・・

先生part1

   高校時代にお世話になった先生のお話です。
高校を卒業して地元を離れ、1人暮らしをして短大に通っていました。そして旅行会社に就職して、数ヶ月が経った頃、岐阜の柳ヶ瀬(アーケード街で当時は一番の繁華街。飲み屋さんもあれば、デパートもあり、ブティックもあり・・・)で会社の先輩と上司と一緒に生ビールで乾杯していたら、前を横切る見慣れた顔・・・私はすぐに立ち上がり「先生!」と声をかけました。先生は振り返り「おぉ~!なんでお前がここにいるんだ?」「止めて下さいよぉ~もう・・・生徒指導みたい・・・実はこっちで就職して今、会社の人達と飲みに来ているんですよ」「そっか・・・おい、お前・・電話番号教えろよ」っていきなりかい!しかし先生の横にはしっかり彼女。私が高校に入学した時、先生は国立大を卒業したばかりの新人だったのです。担当は数学で副担任。先生も電話番号を教えてくれました。

   翌日、部屋に電話がありました。「おい!今度の週末飲みに行くぞぉ~」「金曜ですか?」「うん」とゆうような会話がありました。6時30分には仕事が終わるけど、残業があるかもしれないしって事で7時に先生が会社の前で待っているとゆう事でした。この先生・・・実家は酒屋で高校で1番の酒豪だと聞いていました。早速、居酒屋へ・・・かなり呑んだと思います。「強いなぁ~酒・・・」「でしょ?」周囲の人達は相当ビックリしていました。っで・・・「おい、次行くぞ!」と私の知っているバーへ行きました。先生の奢りだから遠慮なく飲ませてもらいましたが、さすがに2次会のバーは私がキープしておいたボトルを提供しました。ここでも空にして、新しいボトルも入れて半分以下まで飲んで・・・先生は「おい、次行くぞ!」とカラオケへ。最終的には酒豪の先生を潰しました。高校時代、数学の成績表の恨みを今晴らしたぞ!先生を抱えて、タクシーに乗せました。なんで教え子の私がこんな事をしなきゃならないんだ?

   しばらくして先生から電話がありました。「お前に話しがあるんだ」「何ですか?」「会ったら話す」「分かりました」「じゃいつがいい?」「いつでも・・・」「じゃ今度の金曜、場所はどこがいい?」場所は私に決めさせてくれました。バーの場所を話して時間も決めました。
「まさか・・・彼女いるのに・・・どうしよう。どうやって断ればいいかな?」なんて半ばマジで考えていました。バーへ行くと先生は既に待っていました。結構、真剣な表情です。「すみません、お待たせしました」
「おぉ~悪いな、呼び出して・・・」「いえ、それで話って何ですか?」「実は・・・俺、結婚するんだけど、お前に新婚旅行をお願いしたいと思って・・・」「・・・・・」ばかやろぉ~なんだよこの妙な間と空気は・・それならそうと電話で用件言ってくれれば、パンフレットでも持って来てやったのに!と内心思いながら、笑って「おめでとうございます」旅行会社モードに切り替わる。なんか寂しい職業病?

   実はこの先生、私の高校時代の憧れの先生だったのです。まぁ~無事に新婚旅行から帰って来たようですが、ある日会社に小包が届きました。香水とチョコレート、小物と写真付きのハガキそうです!2人がキャンドルサービスしている写真で「私達、結婚しました」の定番メニューのハガキです。ご丁寧にも有り難うございます。学校に電話しました。「お土産有り難うございました。楽しかったですか?」「うん、凄く楽しかった。有り難うな・・・また新居にも遊びに来てくれ」「は~いっ!」

   なんか恩師の新婚旅行をするなんて・・・高校時代、黒板に数学の公式とか書いて大声で教えていた先生だったけど、まさかね・・・先生もまさか私に新婚旅行の手続きを頼むとか当時は全く思っていなかったでしょうね。私、高校時代、結構マジで先生の事好きだったけど・・・先生もそれ知っていたし。
チョコレートもあげたし・・・卒業の時は一緒に写真も撮ったしねぇ~体育際で友達と悪ふざけして、長距離を走った私はゴール近くにいる先生の前で倒れる!とゆうシナリオを作っていたのです。マジで私やったんですよ。先生の前で倒れたら、先生走ってきて私をいわゆる「お姫様だっこ」して保健室まで運んでくれたし・・・垂れ下がった手は友達にVサインを出していたけど・・・保健室のベッドに寝かせて、額に冷たいタオルも当ててくれたんですけど・・・しばらく側にいてくれたし。先生!ごめん!あれは嘘だったの。友達とね、そうゆう事で盛り上がっていただけなの・・・二十数年前の悪事の数々、ごめんなさい。しまった!お客様の中にも高校の先生がいらっしゃった・・・すみません。女子高校生が考えることっていろいろあると思いますが、子供ですよね?

2009年11月28日土曜日

これは怒って当然なのだ・・・

   労働基準監督署が発行した2年間滞在延長ビザ取得の為に10月末から某所に労働者とその家族は長蛇の列を作っている。日本人にしてみれば、2年間サイパンを出ないとゆう人はいないので、すぐにアメリカが発行するビザに切り替えてしまうからあまり意味がないのかもしれない。でも、念には念をとこのビザを受領する人もいれば、意味がないから・・・と受け取らない人もいる。私はどっちでも良かったが、念の為に受領することにしました。

   とにかく長蛇の列・・・コガシラの学校送迎があるので、並ぶことは不可能に近かったけど、昨日はサンクスギヴィングの絡みで学校がお休み、カシラもお休みだったからラッキーだった。それに昨日が最終日だったのです。午後1時にその某所まで行ってみたものの、かなりの列。めげてしまった・・・
買い物だけ済ませ、午後3時に腹をくくって並ぶ事にしました。事務所に入れたのは、並び始めておよそ5時間が経過した午後8時。3人の日本人に会った。朝8時から並んでるよ・・・と彼女は言った。ビザを受領したのは午後5時近かった。「もうクタクタよ・・・」とその列から解放された彼女はホッとした雰囲気で帰って行った。

   係官が「あなた達が犠牲になっていることは十分に分かっています。必ずビザは渡します。夜中になっても最後までビザを発行しますから、安心して下さい」と列に向かって話していた。
安堵した顔の人達・・・その多くは母国が貧しく出稼ぎとして来ている人達だった。私はなんか凄く惨めに思えた。日本は不況ともデフレとも言われる今だけど、やはりいい国であると思う。

   私の前にフィリピン人の男性がいた。私の後は韓国人の家族だった。約5時間待ち、やっと入り口までおそよ数メートルとなった時、フィリピン人の男性に知人の女性がやってきた。この男性が他の窓口に呼ばれた為にどくさくさに紛れて私の前に立って並んでいた。「ちょっと・・・貴方後に行ってよ。みんな長い時間待ってるのよ」とブッチ切れた私。彼女は「私の主人がこの場所を取っておいてくれたのよ」
「ご主人って今の男性?」「そうよ」「あの人は違うカテゴリーのビザだから、違う窓口へ行ったじゃない。彼はUS国籍を持つ人のご主人よ」と言うと、彼女は「でも知り合いがこの場所を取っておいてくれたの」と声を荒げて行った。私は首を振って「分かった、分かった・・・もういいわよ」と言った。彼女が最初に来た時、彼女は男性に尋ねていた。「私の労働ビザはこのラインでいいのか?」と・・男性は「貴方は反対のラインだよ」と教えていたのを私は知っていた。でもこれ以上、この女性と戦う気はない。

   「権利を異常な程に主張する」と言われているが、こうゆう事を平気でやる事も腹立たしい。
カシラが来てくれた・・・私はカシラに日本語で彼女の事を話したが、1つ1つ単語を入れて彼女に分かるように話した。彼女の背中から緊迫したものを感じた。カシラが「俺が言ってやろうか?」と言ったが、「もういい。こんな人に関わらない方がいい」と話した。朝から来ている人は7・8時間も待っている。私は5時間、ラッキーな方だと思っていた。

   事務所の入り口にやっと到達。事務所の中に入ると長椅子に30人程の人が受領を待っていた。
パスポート・ビザを出して本人確認。既にビザが出来ている人もいれば、これから作る人もいる。かなり時間がかかっている。私は事務所に入って10分もしないぐらいに私のビザに記入されているアルファベットを呼ばれ、デスクに案内されました。既に私のビザは出来ていて、ファイルしてありました。
一気に30人超えです。全てが終わり、建物を出た時は既に8時30分近くなっていました。
「疲れたぁ~」でも・・・いろんな人達を見た。受領できなくて肩を落とした人、いろんなモノに当たり散らした人・・・友達が言っていました。不法滞在者が300人程見つかったらしい・・・と。この小さな島に凄い数です。

   不法滞在者にもこのビザを出して欲しいとゆう嘆願もあったそうですが、それは連邦法以前のお話でしょ・・・有効のビザを持ってちゃんと申請すれば、サイパンの労働基準監督署は労働者に対して救いの手を出している。でも、このビザはサイパンから出てしまえば、入国時には何の意味もないただの紙切れとなってしまう。サイパンを出ない条件で2年の延長ビザなのだから・・・日本人で2年間、外に出ない人はあまり居ないと思う。アメリカが発行するビザに切り替えなければいけないのです。

   これから私達の中でもいろんな噂や僻みも出てくるでしょう。それが本当に嫌だな・・・と思うこの頃なのでした。もう2度とあんな列に並びたくない。それは疲れるから、とゆう理由ではなく、サイパンでもなく、アジアでもなく、アメリカでもない。いろんな国の人達が集まり「今を生きることに必死なパワー」みたいなものが見えてくる。でもそれは決して夢を見るわけでもなく、今を今だけの事しか考える事ができない・・・そんな人間臭い部分が溢れているような・・・人生に陰と陽があれば、あの行列の中にあった空気は「陰」だったのかもしれない。カシラが言った。「ここから抜けような・・・」それは長蛇の列ではなく、何と説明したらいいんだろう?「自分だけは・・・」そんな必死さとがさつさが絡み合って漂う雰囲気とゆうんだろうか・・・怖かった・・・

   昨日の疲れがやけに今日出てくる・・・もう寝よう。

この数日間・・・part2

   先月末頃から北マリアナ労働基準監督署が発行した「アンブレラ パーミット」
これは今持っている有効なビザに対して2年間の延長を許可したもの。連邦法導入に関して、外国人労働者の保護と維持を意味したものらしい。でもアメリカ主導の入国管理になれば、このビザの力は薄いものになる。今度はアメリカが発行するビザになるわけですから・・・でもサイパンから出なければ、このビザは有効。でも日本人の場合、2年も日本に帰らない人はいないから、このビザを持っていてもすぐにアメリカが発行するビザに切り替えてしまうからその意味が無くなってしまいます。

   アメリカからしてみれば、外国人労働者の振り分けを妨害されてしまうし不法滞在者の数を増やすだけだと面白くないビザ。このビザを受け取った場合はアメリカが発行するビザ取得に不利だとかいろいろな噂も飛びましたが、アメリカ側のコメントでそのビザに関しては何も問題視しない。とゆうものが発表され日本人の中でも受け取った人、意味がないと受け取らなかった人といるようです。

   一昨日の新聞では、サイパンの最高裁が連邦法に含まれる入国管理の規制に不備があるとし、いくつかの条約の中でこの部分だけが延期される事になったと発表されました。11月28日の連邦法導入であれば、内容が事前に発表され労働者からのリクエスト期間を含め施工日より遡り、最低でも2ヶ月間の時間が必要だとゆう事だそうです。でも実際に詳しく内容が発表されたのは、10月に入ってから・・・アメリカもそれを認め、連邦法の中の入国管理に関しては延期される事になったのです。
まだ詳しく発表されていませんが、3・4ヶ月遅れるんじゃないか?と予想しています。

   でもそんな事態がありながらも事実上、昨日が北マリアナ連邦入国管理局としては最後のお仕事だったのかな?ここで働く知人に聞いたら「まだ3・4週間はこのままみたいだけどね・・・」と言っていました。連邦法が導入される事で、この人達も職を失うのです。数人は残ると見込まれていますが、実際にはアメリカから管理官が来るらしい・・・

   20数年前・・・私は旅行会社に就職しました。当時の事を思い出すと「サイパン」はまだこんなにホテルが無く、私自身興味を示した記憶がありません。就職して2・3年がした頃だったかな?運輸省(現在の国土交通省)からFAXが入りました。「巨大台風キムがサイパンを直撃し、島が崩壊。ホテルも観光客の受け入れが困難になっている。しばらくの間、サイパン旅行の販売を中止」とゆう内容でした。
不思議な事だけど、その通達を読んだ場所を今でも覚えています。その数年後、私はサイパンに住み既にサイパンで長く暮らしていた知人から「台風キム」の話を聞くことになったのです。先日もフィリピン人から台風キムの話を聞きました。3ヶ月間停電していた事、電気が復活したのはクリスマスだった。とゆうこと・・・今でも台風の話をする時、このキムの話題がでる。その度に私は当時その情報を読んでいた自分を思い出します。旅行業者としてあまり興味を示すことが無かったサイパンに滞在し、私は今月で19年目に入った。あの当時、そのサイパンにこんなに長くいるとは全く予想さえしていませんでした。

   そして小学4年生・・夏休みの課題に「読書感想文」が増やされたのですが、初めての読書感想文に全くやる気がなく、本の選択さえもしていない私を祖父が見て言いました。「おじいちゃんが本を買ってあげるから本屋さんへ行こう」祖父が本を選んでくれました。第二次世界大戦中のサイパンを書いた本でした。「サイパンってどこ?」「玉砕って何?」戦時中、この島で暮らしていた日本人の生き様や考えを読解できないまま作文にしてしまいました。母はその作文を読み、数日間何度も何度も書き直しをさせました。面倒で面倒で・・・そしてその本が嫌いになった。でも不思議なのは、本の名前も中のタイトルにあった「カビの生えたビスケット」泣きながら書き直した夏の夜・・・なんか覚えているんです。でもその当時、祖父も母も私もこの本の中に出てくる激戦地サイパンに私が長く住む事を誰も思っていなかった。本当にそう思うと私はこのサイパンに何か因果があったのだろうか?と思ってしまいます。

   人生は不思議なものです。そして世界地図にゴマぐらいの大きさでしか示されないサイパンに連邦法が導入され、アメリカ主導の島に変わってゆく・・・ニュースにもならない話題だけど、この島でまた語り継がれる歴史となったわけですね。その節目に携わったこと・・・これもまた人生なのでしょう。

この数日間・・・part1

   今日から連邦法が導入され、サイパンもアメリカ主導の島となりました。いつもと変わらない土曜の朝を迎えています。この1週間・・・いろいろな事がありました。先週の日曜には、今年6月にアメリカへ帰った母子がサイパンに遊びに来た。ご主人は仕事の関係上、サイパンに残っているから「サンクスギヴィング」をこの島で過ごしたのです。明日帰るとゆう短い滞在ですが・・・・

   コガシラの親友でジョージアに住んでいますが、幼稚園の頃から一緒で小学生の時は違う学校に居たけど、中学になってまた同じ学校になり、週末になるとよく遊んでいた子です。お母さんも私と一緒に呑んでくれたり・・・とっても素敵なファミリーなのです。水曜に学校行事でサンクスギヴィングのイベントがあり、その子に会いました。彼は私を「Mom」と呼び、私は彼を「My Sweety」と呼ぶ。再会した場所は6月に「また会おうね」と彼と抱き合った場所と同じ・・「元気だった・・・会いたかったよ」と彼とまた抱き合いました。そしてお母さんに会い、駆け寄って抱き合いました。「会いたかったよ・・・」お互いにそんな会話をして、しばしの時間抱き合っていました。

   その後、コガシラとその子は我が家に・・・・夜はパーティーがあり、私達は再会を喜んでいました。
パーティー終了後、子供達は家に泊まることなり、半年前のようにコガシラの部屋で遊びベッドで寝て、朝ご飯は私が作る、スクランブルエッグとスパム、暖かいご飯。を彼は懐かしそうに食べてくれました。

   「今度、いつ来られる?」「分からないけど、またすぐにサイパンに来たい」「来年の夏休みはカイ(コガシラ)は日本に居るよ。ジョージアから日本に来られる?」「うん、勿論。」「名古屋空港まで来てくれたら、私が貴方を迎えに行くから・・・」「有り難う。名古屋は知ってるよ。今回も名古屋経由で来たし・・大丈夫」「じゃ、おいで。日本に・・・カイのおじいちゃん・おばあちゃんの家で過ごして。山と川しかなくて、海はないし、小さな町だけどいい所よ」彼はニッコリ笑って「ジョージアもそうだよ。小さな町だよ」と言っていた。

   私は彼と彼のお母さんのSUEに会うといつも思う。「この人達に会えた事を嬉しく思う」と・・・
コリン・スー・マーサ・・・・私はこの3人の友人とこの島で会えた事に凄く感謝しています。これからこの先、この島がどんな状態になって変わってゆくのか?分かりませんが、3人の友人に会えた事、このサイパンに居なかったら会えない人達だったから、私はこのサイパンにやはり感謝したいと思っています。

2009年11月24日火曜日

明日は大変です

   前に書きましたように、私のPC・・・煙でまして完治しておりません。昔の昔のタワーを取り付け、今はブログとメール、サイトが見られるだけのPCとなりました。壁紙もニコちゃんマークからPCに付属のようについている草原の風景。この風景を見ながら、長い長い時間待ってサイトを開くとゆう現実。
まだまだ写真の掲載ができそうにもないので・・・ごめんなさい。

   さて・・明後日は「サンクスギビング」七面鳥を食べる日です。淡泊でぱさついた食感がダメとゆう人も多いけど、大きな七面鳥を焼けば3日間は七面鳥で悩まされる。でもいつになく、買い物へ行っても七面鳥を買う人の姿をあまり見かけません。1羽がけっこう高いせいもあるのか?この世の中の不況で七面鳥にとってみれば救われる命もあったかもしれません・・・

   それで明日はコガシラの学校でイベントがあります。ローカル・アメリカ・日本・韓国・中国・南米等の親が母国の料理を作って学校へ持って行き、子供達が食べる。そうゆう行事です。日本食担当の日本人のお母さん達。何を作るのか?予め話しをしてゆくのですが・・・カレーライス(これは日本?インド?)炊き込みご飯(レトルト)因みにこのレトルト炊き込みご飯を作るのは、普段から仲の良い女性なので「今年は私がやる!」と声を上げたが却下された。「手抜きでしょ!」海苔巻き・いなり寿司・竜田揚げ・・・いろいろあります。が・・・ご飯系が多いのはお米を愛する国、NIPPONの特性なのでしょうか・・・おかず的なものが少ないなぁ~去年思ったのですが、並んだ料理を見るとその国の代表的調味料が分かりますね。日本は茶色っぽいし、韓国は赤色が多いし・・・アメリカは何でラウンドケーキなんじゃ?デザート系が多いですね。これまた甘い匂いが漂い。色もはっきりしています。南米はやっぱりタコスでしょ。中華系はいつも人気。餃子にシューマイ・豚まん・・・包み系が多いですねぇ~

   さて肝心な私は何を作るのか?と言いますと・・・いろいろ考えたのです。テーブルコンロ持って行って焼き鳥でもしてやろうか?たこ焼きでもやってやろうか?とにかくウケを狙ったのですが、ずっとその場に居なきゃいけない。できればハチマキして団扇でパタパタやってみたかったのですが・・・で、結局ですよ、日本の味って言ったら海外でも通用するのが「TERIYAKI」でしょ?今日は鶏肉の大きな袋を買い込んで、明日はコガシラを学校へ送ってから家で全部を焼き、TERIYAKIソースを使って作るのです。我ながらよく考えたメニューだと思いました。

   コロッケってあれは日本食に入るのですね・・・アメリカ人の友人も知らなかったし。最近、日本食材のお店でお総菜として売っているから知られてくるようになりましたが、私がコロッケを作って学校へ持って行った時、アメリカ人とペルー人に作り方を教えて!と言われました。一度、大家さんにあげたら大家さんもお総菜として買った事があったらしく「好きなんだよ。これ・・・」と。それから大家さんがコロッケが食べたい頃になると私にではなくカシラに「コロッケ美味しいよね・・・」と合図をするようになりました。カシラが「フレッド(大家さん)がコロッケ食べたいみたいだよ。今日、突然言ったから」そうなると翌日の夕飯は決まりコロッケになります。めちゃくちゃ喜んでくれます。4月のハッピーイースターの日にもアメリカ人の友人から電話があり「パーティーに来て」とお誘い。「何か作って行くよ。コロッケでいい?」と聞くと彼女もすぐにOK。20人はいたパーティーだったので、50個程作りました。その時は本当にギブアップ!状態でした。それ以来、パーティーでコロッケを持って行くのは止めようと誓いました。持っていけばみんなが好きなコロッケだけど、作るのに大変なので明日のイベントもコロッケは外しました。
本当はコロッケが1番良いかな?とは思いますが・・・

   去年のこのイベントの時は料理を置いてすぐに帰ろう!と思いましたが、日本人の友人に引き留められそのうちやっと帰れる!と思ったら、アメリカ人の友人に引き留められ、ペルー出身の先生が来て3人で立ち話。そのうち「写真撮ろう」とゆう事になり、3人ではしゃいで写真を撮っていたら、時間がかなりずれ込んで、解放されたのは予定の約1時間後・・・駐車場に行ってみると、私の車は他の車に囲まれ出られない。「げぇ~」仕方なく戻りました。戻った所にまたさっきのアメリカ人の友人が「どうしたの?」と声をかけてきて帰れないと知るや、また立ち話・・・結局、その日は健康診断で病院へ行く予定が全部潰れてしまったのです。それでコガシラが今日、私に言いました。「料理を置いたらさっと帰って。去年のようにクリストファーのママとミリ(ペルー出身の学校関係者)と写真撮ったりして騒いでないで・・・恥ずかしい」と釘刺されました。見てたか・・・コイツ・・・騒いでるのママ達だけだったよ。と言われ、胸が痛かった。でも私は思うのです、コガシラの友人達から私はけっこう人気があると思うのです。
いつだって「Mrs、KUSHIHATA!」と手を振ってくれる。コガシラは言いました。「ママ知ってる?みんなママのこと好きだけど、おもしろい人だって事だよ。」「いいことじゃん・・・」「もっとお母さん!って感じになれないの?」と言われ、今夜は結構、胸をえぐられた気分です。明日はおとなしくして料理を置いてすぐに帰ります。

   

2009年11月21日土曜日

昨日の事件について・・・

   ご存知の方も多くいらっしゃると思いますが、昨日の午前にサイパンで乱射事件がありました。
地元の方が4名犠牲になり、韓国人の観光客が6人重軽傷と日本では報道されたようですが、地元の新聞とちょっと異なります。昨夜の地元新聞社の掲載では亡くなった方が5名と書かれていました。その部分はまだ正確な事が分かりませんが、地元の方の4名の死亡は日本でもサイパンでも同じです。
重軽傷を負われた方の1日も早い回復と亡くなった方のご冥福をお祈り致します。

   この事件を知ったのはお昼ぐらいでした。この島はラジオ等を聞いていない限り素早く情報をキャッチする事が困難です。知った頃には全て解決していました。最初の情報はかなり事実と異なっていました。夕方になってニュースを観ると、第一犯行現場はコガシラの学校からそう遠くない距離でした。そこで地元の4名の方が襲撃されました。その後、場所をラストコマンドポスト(日本軍の最後の司令塔)と言われる観光スポットに移動し、韓国人観光客に向けて乱射。その後、犯人は自殺。

   今日は警察による監視が強化されたのか?パトカーの巡回が多く目立ちました。
この事件によってこれからサイパンにいらっしゃる予定の方々も多くいらっしゃると思いますが、昨日の午後にはいつもようなサイパンに戻っています。全ての学校も予定を変更する事なく、平常通りの迎え時間でしたし、何も変わらないサイパンでした。今日もいつもの週末の雰囲気の朝を迎えました。
どうぞ、安心してサイパンにお越し下さい。

PCが壊れたんです。

   先日、カシラが投稿した記事でPCから煙・・・ってゆうのは、実を言いますと私のPC。ずっと調子が悪くて悪くて、ついに煙を出してしまいました。急遽の対応で今日からブログは書けるものの、写真はしばらく掲載できません。あぁ~写真でコメントを書いていた方が良かったぁ~文章だけで話題を作るのはどうも難しいってか、サイパンってそんなに話題があったっけ?あるんだろうけど、のんびりやっている私にはどうも「情報」とゆうものから隔離された環境にあって・・・ぐちゃぐちゃ言っているわけです。

   これで女将がサボっていたわけじゃない事はご理解頂けましたでしょうか?でも半分、それを理由にサボっていたかな・・・トホホホ・・・

2009年11月16日月曜日

パワー復活!

   先日、お客様のお子さんとヒーロー者の話しをしていました。この子は5歳の男の子。
彼のご両親、独身時代からオーシャンクラブに来てくださり、そのお子さんは来年4月に小学生。毎年、この時期にサイパン帰郷があり彼の成長を楽しく見ている私達。またこの男の子は大のヒーロー者好きで、いろいろ教えてくれます。最近の合体ヒーロー者に関しては「ホーホー」と驚きの連続。コガシラがやはりこんな年齢の時には、一緒に見ていましたが・・・もう遠い昔のこと。しかし!こんな私にもその子と対等に話せる話題がある。それは「ウルトラマンシリーズ」私は小さい頃からウルトラマン好きで、女の子が見る「魔法使い」系の漫画には興味が無かったのです。どれぐらい好きだったか?と言いますと、だいたい怪獣の名前は言えるし、ストーリーも話せる。小さい頃は何かの付録についていた怪獣の声のソノシートをポータブルのレコードプレイヤーで聴いていました。怪獣の声が家中に響くたびに母が来て「もう少し音を小さくして・・」と言っていました。

   冬の星空はとっても綺麗。岐阜の山に囲まれた小さな町。私は夜毎、空を見上げて星を眺めていました。母は「この子は星座に興味があるのか?」と思ったらしく、星座早見表を持ってきて星座のお勉強をさせようとしたようですが、私は星座には興味がなく探していたのは「ウルトラの星」M78星雲だったのです。カシラにそんな話しをしたら「M78星雲って本当にあるんだよ。でもどうやって見つけようとしたの?」と聞かれ「その星に入ったり出たりするウルトラマンを探してた」めちゃくちゃ笑われた。しかし、子供心には真剣だったのです。サンタクロースにお願いしたのは「ほしをください」・・・でも朝起きて枕元にあったのは、星ではなくクレヨンでした。きっとこの世に生を受け、最初に「裏切られた」と実感した日は間違いなく、この朝だったと思います。当時発売されたばかりだったと思う24色のクレヨン。私はガッカリし不機嫌になり、怒りになり・・・結局、母に叱られ取り上げられました。「じゃ、もうサンタクロースに返す!」とか言われた。

   そんな話しをしているうちに、子供の頃の純粋な心と宇宙への憧れ・・・蘇るんですよね。無償のパワーって言うんでしょうか・・・何と言うんでしょうか・・・

   子供と話すって良い刺激になったりするんですよね。この男の子は私の前でいろんな変身ポーズをしてくれました。「そうっか・・」真似てはみるのですが、やはり子供がピンと伸ばす指先とちょっと照れながら私が伸ばす指先とでは全然違うんでしょうね。なかなかOKがもらず、何度も見せてくれました。師匠!来年はもっとかっこよく変身ポーズできるようにしておきますっ!そしたら私はウルトラマンになれるでしょうか?・・・でも師匠・・沢山ご飯を食べないとね。「沢山ご飯食べないとウルトラマンになれないよ」と言った時、師匠は「俺はウルトラマンにはなれないよ。おすし屋さんになるんだ」と言いましたね。師匠、生意気だけど言わせてもらえるなら・・・「なれない事は何もないよ。おすし屋さんになりたいなら、お寿司に関しては誰にも負けない美味しいお寿司が作れる、そんなウルトラおすし屋さんになれるように頑張ろうよ。カイ兄ちゃん(コガシラ)も小さい頃、マグロ漁師になりたいって言って釣りを一所懸命やっていた時期があるよ。でもその夢は変わってしまったけど、師匠もいつかその夢が変わったとしても、何してもウルトラ的なパワーで頑張って下さい。4月からはランドセルを背負って小学生。別れ際に師匠は「もう何度も聞いたよ!」って叫んでいたけど、また言わせて下さい。お勉強頑張ってね!そして大人になった私に小さい頃の元気な夢を思い起こさせてくれて、ありがとう・・・」   

PCのせい・・・

   ずっとこの数ヶ月、PCの調子がめちゃくちゃ悪く。この数日間は使用禁止状態。昨日はやっとメールの送信ができるようになりましたが、写真の掲載はまだ未解決状態。メールを送って下さった方々・・この場をお借りしてお詫び申し上げます。「返信は早急に致します。ごめんなさい」

   カシラは「俺のパソコン使っていいよ」と言っていましたが。「ブログは自分の所定位置と馴染んだキーボードで落ち着いて書きたい!を理由とし・・・結局サボったわけですね。

   またPCが不機嫌になる前にブログを書いておこう!と・・・焦っているのでした。

2009年11月5日木曜日

女将、撃沈・・・

   サイパンに戻って3カ月。嘘みたいだけど、1度も海にへ行けず・・・・今日は久しぶりに大好きなオブジャンビーチへ行ってきました。確か・・・5月から潜ってないやぁ~。5月にはスムージーのお店に寄って冷たいパイナップルスムージーを食べましたが、今日はルートが違ったのでスムージーを食することはできませんでした。(最近、閉店している時の方が多いかな・・・)

   やはりもう常夏の超短い冬?は海からも感じられます。駐車場に車を止めてみると「流れてるね・・」
海岸まで出て海を確認。「このまま潜らずにボケーっとしていようかな?」とも思うが、また駐車場に戻って、無言でウエットを着て、ブーツを履いて・・・無意識のまま準備完了。エントリー口まで泳いでいける水深にホッとする。なんとなく左の耳が抜けにくい・・・ちょっと上に行ってもう一度耳抜き・・・OKだった。それからはゴクンと喉を鳴らすように息を飲めばポンと耳は抜けてゆく。良かった・・・

   途中「キツネアマダイ」と遭遇。その距離3m程、何故か見つめ合う。お互いに静止して真正面・・・
吹き出しそうになる。魚って真正面から見ると面白い。以前、パラオで「ツバメウオ」と真正面で見つめ合ったことがある。この時はさすがに笑いが止まらず、レギュレターを吹き飛ばしそうになり、笑いを堪えるのに苦しかった記憶がある・・・でも今日のキツネアマダイはそこまでの笑いはないものの、やっぱり目が離せない面白さがある。オブジャンはいつも何か面白いものを必ず提供してくれる・・・5月のオブジャンで会った大きなヤドカリの「宿次郎」今日は会うことが出来なかったが、やはり探してしまう・・・

   さて・・・根の上でカシラが進路を変えて違う流れに乗ろうとしたらしいが・・・私に異変が・・・
「ヤバイ!」実はこの数日、かなりの便秘で苦しかったので昨夜は「茎わかめ」を大量に食べていたのです。海藻の繊維と粘りが腸を活発にしたらしい。そして水圧が加わり・・・お腹が激しくゴロゴロ動きだした。さすがはカシラだ・・・お腹を押さえたわけでも何でもないが、カシラの姿勢が変わった・・・何かの対処をするような視線と姿勢・・・多分、私のマスクの下の表情に気がついたんだろう。私はカシラの水中ノートを貸してくれるようにジェスチャーをした。カシラはそれを出し私に渡した。私が水中ノートいっぱいに書いた言葉は・・・「ウ○コ」カシラは「帰る?」のサインを出した。私は首を横に振った。ここで出されてたまるか・・・せっかくの海なんだ。結局、沖に出る流れに乗らず、念の為になるべく岸に近いエリアで遊ぶことになった。緊急時の場合に備えて・・・

   一度フィンキックをすればゴロゴロ・・・落ち着くまでは動かない方がいい。白い砂の上で這いつくばって、ただただ青い沖を眺めていた。海の中でこんな姿勢をとるのは、カレイとヒラメと私ぐらいなもんだろう。しばらくすると落ち着いてきた・・・でも既に40分は経過している。帰路のコースをとりながら遊んでいた。でもカレイとヒラメ状態で私が見たのは、青いハナゴイのあくび。小さな体なのに、大きな口だった・・何で口を開けたのか?それはハナゴイに聞かないと分からないが、朝早かったせいもあったのであくびにしておきました。

   まぁ~そんなこんなで写真も撮れずでした。教訓:ダイビングの前日に海藻類の暴食は止めましょう。水圧とフィンキックの運動が加わり、科学反応を起こすがごとく速攻で襲いかかる変化を生じます。

   カシラも久しぶりのプライベートダイビングだったから、ゆっくり写真でも撮りたかっただろうに・・・
いきなり水中ノートに書かれた言葉に驚いただろう・・・ごめんよっ!

2009年11月2日月曜日

一生分、考えた。

   随分とまたサボってしまった・・・でも今回はサボって遊んでいたわけじゃないのです。
女将、真剣に考えていました。使わなくなったような脳を一所懸命使って(多分、数本のシワができたんじゃないか?)考えていました。でもやっぱり苦手分野・・・面倒になってしまう事もあり、投げ出したくなる事もあり、でもやっぱり考えていました。

   それは今月28日に導入される「連邦法」について・・・法律的はさっぱり分かりません。特にアメリカの法律は何も分かりません。でも常識的に考えれば、この連邦法の意味を少しだけ理解する事ができました。先日、フォーラムがありその内容を聞けば・・・決して正規の状態でこの島に住んでいる外国人労働者に対して厳しいものではありませ。でも一時帰国で日本に帰る時は面倒な事にアメリカ大使館に行って、サイパンの入国許可を取らなければいけないような状態になっています。(観光客の方々は今まで通りでいいんですよ。住んでいる私達にはめちゃくちゃ面倒だけど・・・)いろんな壁を作って、いろんなモノを乗り越えさせて、篩いに掛った者だけ将来的な希望が持てるような・・・そんなお話でした。でも実際には、現在の外国人労働者を救う為に今までには無かったアメリカビザのカテゴリーを作り、それを全ての外国人労働者に発行する。とゆう事なので、本人の意思があればこの島に残ることはできます。(期限付き)でも本来のビザ(何種類かありますが・・・)に適用される資格を持つ者であれば、申請して下さいとの指示も出ているようです。フォーラムではその資格者の条件が少し言われたようですが、実際には誰もが心配している事なので、ここで書く事を差し控えさせて頂きます。

   今までブログに何度も「連邦法」については触れてきましたが、実際に内容が分かりこれからサイパンに住む日本人は自分の人生観やこの先を含め、いろいろ考えてゆく時期になると思います。アメリカの統治サイパンは28日を持って終わるんだな・・・と。今月15日でサイパンに来て19年目。日々平凡な暮らしの中で、海や月は青空を眺めてコガシラを育てられたこと、北マリアナ連邦に感謝しています。

2009年10月2日金曜日

台風時もローカルムード?

   3日前から「土曜に台風が来る」と日本人の間では言っていました。インターネットで台風をチェックして進路や大きさを見ていたカシラ・・・どんどん気圧が下がり、今はトラック諸島周辺にいるようですが、その気圧は930hpaまで下がっています。明日にはマリアナ諸島に達します。サイパンは東経145度 北緯15度ですが、明日の台風進路予想は東経148.6度。北緯15度・・・って・・・東経が約3度違うから、300kmのずれはあっても暴風圏内は310km・・・って。すっぽりじゃない?

   朝、大家さんに「台風の準備は?」と聞くと「タイフーンコンディション2が出たらやるよ」と言いました。
「大きな台風だよ」「でも仕事行かなきゃいけないし・・・」インターネットの情報を印刷して渡したら、大家さんってばいきなり台風準備にとりかかりました。コガシラを学校へ送って、買い物して帰って来ると大家さん台風準備中。「仕事は?」・・・昨日、仕事が終わってからでも準備できたのに・・・のんびりだなぁ~
車の中のラジオでは「スーパータイフーン」と言いだしています。「まだスーパータイフーンか・・・」と思う自分。(もう1ランク上の表現を以前に聞いたことがあります。それはスーパービッグタイフーンって表現。因みにこのスーパービッグタイフーンの時は多くの家の屋根が飛ばされ、電柱は倒れ島は6日間の停電を余議なくされた時でしたが・・・)

   ヤバイ!隣の地区が停電・・・まだ風はそよ風程度なので、どうなるのか分かりませんが・・・台風準備をします。必ずや停電になると思います。

2009年9月28日月曜日

超・早かった1カ月

   気がつけばもう9月も終わりですね・・・今年の9月は活気のあるサイパンでした。
18・7年前と比べれば比較できない程、静かになってしまったサイパンですが、不況・航空会社の撤退・インフルエンザといろんな苦境がある中で、この9月の賑わいはやはり嬉しいものでした。日本から1番近い海外リゾート!が戻ったような気がしました。

   どうやら明日の夜~明後日の日中にかけてトロピカルストームが・・・昼間の情報ではグアムに直撃の位置だったようですが、少しずれて南へと進路を変えているようです。直撃は免れましたが、雲が大きい為にサイパンも風・雨の影響は強く受ける模様・・・・日本の気象庁はどのように発表しているのか分かりませんが、サイパンではまだ台風とは名付けられていません。ちょっと天気予報が気になる数日です。

2009年9月15日火曜日

昨日よりも荒れてるのに・・・

   昨夜は台風による風が強くなって、夜中中ずっと台風シャッターはガタガタ音をたてて・・・でも爆睡していました。「明日は学校ない」とコガシラは友達とチャットで話しながら盛り上がっていました。しかし!今朝のローカル天気予報で「タイフーン コンディションⅢ」が発表されて、学校へ行くことに・・・その落胆ときたら、私が子供時代に経験した時と同じものだったと思います。

   でも雨・風は昨日午前11:30に出た「タイフーンコンディションⅠ」より全然酷く外に出るのが怖い状況です。日本の気象庁なら「警報」を出す状態なのに・・・学校からは事前に「タイフーン コンディションⅡかⅠなら休校します」と連絡があっただけに、いきなりの「ⅠからⅢ」の変更には正直驚きました。この天気で「Ⅲ?」

   クラブハウスの横にある芝生の広場に大きな木があります。今朝起きてみると、幹が折れて木の半分が無くなってしまった状態。夜中に吹き荒れた風はすさまじいものだったと思います。
今も雨と風が凄い状況です。学校、切り上げられるんじゃないか?と思うぐらいだけど「今迎えに来て!」と言われても、学校までの距離の運転が怖い・・・大丈夫かな?子供たち・・・・

2009年9月14日月曜日

台風のEYE?

   午後からダイビングはキャンセル。ボートは既に昨日の段階で陸にあげられていました。

   久しぶりにサイパンを襲った台風。今朝はうす曇りで風もあまりなく、雨もない。そんな天気だったけど、政府が発表した警戒宣言は「トロピカルストーム コンディション1」しかし!午前11:30に「トロピカルストーム」から「タイフーン コンディション1」に知事が引き上げました。トロピカルストームは「熱帯低気圧」のようなランクなのですが、時には台風なみなこともあるし・・・この差がよく分かりません。ただ政府関係・学校等は「タイフーン コンディション1」がつけば全て休みとなります。

   今日午後6時の台風予想位置はマリアナ諸島、北緯16.8度 東経146.8度です。因みにサイパンの位置は北緯15度 東経145度・・・近いですね。午後6時30分に曇った空から晴れ間が見えました。雨と風があるために外には出られず、室内のメバリした窓から空を撮りました。これは「台風のメ?」かしら・・・予想の中心気圧は980hpa・・でも明日は965hpaまで落ちる予想なので、怖いですね・・・
でも明日の方が雨風が強いと思われます。

   だんだん風が強くなってきました。停電になる前にシャワーしておきます。念の為、クーラーボックスに2つのお湯が溜めてあるのですが・・・

   ローカルの天気予報では水曜まで雨が続き、木曜は風だけになり金曜からはまた晴れる・・そんな予報が出ています。明日はコガシラの学校も無いと思われます。コガシラは嬉しさのあまり、今日に限って学校から戻りすぐに宿題をして、何か勉強をしていました。普段もこうゆう生活してくれよ!

   明日もし停電になったらブログ書けないので・・・ごめんなさい。

2009年9月13日日曜日

台風やって来る・・

   今夜~明日にかけて風が強まり、予報では火曜日に雨・風がピークとなるようです。
もう4・5年ほどでしょうか、サイパンに台風が来ていなかったので準備にてんやわんやの状態です。台風がサイパンに上陸するわけではありませんが、暴風圏内には入るような感じです。

   今?「嵐の前の静けさ・・・」とゆうものです。午前からそよそよしていた風はお昼になってやや「風が吹いてる」とゆう感じになり、夕方にはピタリと止み、とっても静かです。お客様に「台風」をお伝えするのは本当に嫌な気分です。でもまだ明日の午前はどんな海況なのか?今の段階では分からないから・・・

   私はドアや窓のメバリ用のテープを買いに行きました。あと電池と・・・お店のドアには「台風準備セール」とゆう紙が貼ってありました。台風用の備品をスタッフが並べているところでした・・・

   台風の進路が変わればいいな・・・

2009年9月12日土曜日

女将、朝から格闘する

   宿敵なのです。毎朝・・・どこからともなく現れ、自由気ままにこの周辺を散策する。散策するだけなら見逃してやってもいいが、時にはガン飛ばしてくる。襲ってくることもないが、その姿・形の存在そのものが強烈なのです。鶏冠がないよう見える。顔から頭のてっぺんまで赤く、横から垂れ下がったようなロングな毛。鶏の種に属するものとは思えない変なヤツ。ある時には早朝から、ある時はコガシラを学校へ送って帰って来た時間にこれは出現するのです。無視しておけばまたどこかへ行ってしまうけど、無視できないその容姿に時には追ってみたくもなる。

   昔、ネイビーヒルとゆう場所に住んでいた時・・・
さわやかな朝日が入る家だったにも関わらず、周辺にいる鶏の声がうるさかった。窓を開けると家の周りには鶏が十数羽歩きまわっていた。朝5時ともなればやたら騒ぎだす。痛い思いをしたが、慣れてしまえばこの声がないと逆に「あれ?」とも思ってしまう。
でも十数年、鶏の声も姿も近くになかっただけに・・・今はかなりの抵抗を感じています。だからなるべく居つかないように追いやっているのです。しかし、敵はそんな事をもろともせず・・・毎朝やってくるのです。どうやら性格が悪いようで、やたら我が家の前に出没するのです。愛犬サブは車の下で寝ているし・・・働いてくれよ!と思うけど、サブは鶏に興味がないのか?それともあまりの厳つい容姿に恐れを感じ見て見ないふり?触らぬ神ならぬ、触らぬ鶏に・・・とゆうつもりでいるのか?時には鶏が近づいてくると、サブはその場を立ち去ることも少なくない。私が追い払うとまたサブはその場に戻ってくるケースもある。サブに語った・・・「少しは吠えてよ」サブ:無反応・・・

 コガシラの友人は豪邸に住んでいるが、やはり周囲に鶏が多い。主である父親は毎朝のように子供に「茂みの中に行って卵を拾ってきなさい」と言うらしい。どこかで飼われている鶏なのか?野生の鶏なのか?それは分からないらしいけど、確実に彼の家の鶏ではないようです。コガシラの友人は卵を探して見つけると食べているらしい。凄い・・・時に野良犬がやってきて、この卵を奪うそうで野良犬と彼の卵争奪戦が繰り広げられているらしい。

   私も気持ちを切り替えて、コガシラに「卵探して・・・」と言えばいいだろうが、やはり何となく有精卵を割ってみたら、凄いのが出てきた・・・と勝手に想像してしまうと、その指令は出せない。どうせ台所で割るのは私なのだから・・・悲鳴と同時に一生卵を食することはなくなるだろう・・・

   今日は朝から天気も良く・・・暑くなるような1日。朝、6時にベッドから出て2階の窓から外を見た。
海も落ち着いている。水平線を見ると空と海の境界線がはっきりと見える。そして真っ白な入道雲が真っ青な空に広がっている。「今日も1日、暑くなるな・・・」カシラが水着に着替えながらそう言った。
今は雨季、久しぶりに朝から好天気・・・いい気分であった。が・・・視界の底辺あたりでうごめく物体。ヤツが来た・・・「ふっ・・・」

2009年9月10日木曜日

貴重なお店なの。ここは・・PART1

   前にも紹介したお店。
Sea Shell Pink 創業は1982年。ただの1982年じゃないですよ。現在45歳の私が高校3年生だった1982年。と言えば「ぎょ!」と長い長い年月だと思いませんか?ここの店主は日本人女性。1982年からずっとサイパンと共に生きている人なのです。
私がこの島に来たのは92年。彼女がこの島に来たのは82年。この10年でサイパンは大きく変わったと彼女は言います。私が来た頃も今のサイパンとでは全く違っているのに、80年代は本当に何もない島だったそうです。生活してゆく上で厳しい事も沢山あったと思います。でもその強さを優しさに変え、持ち前の前向きな姿勢と陽気で明るい性格・・・だからこそ、彼女が作るアロハは元気で気品のある素敵なアロハになっているのです。写真のアロハを見て下さい。特にボタンの部分。裾の左右の柄がちゃんと合っています。近くで見ると一寸のくるいもなく柄がバチッ!と合っているのです。アロハプリントの服ならアロハじゃなくて、こうゆう作業をしているアロハこそが本物のアロハなのです。私もアロハが好きなので、よくアロハを見ているのですが、なかなか柄をちゃんと合わせているアロハにお目にかかれていません。
日本からサイパンに来てこのお店のアロハを何十着も買って帰られるリピーターの方もいらっしゃいます。そして某有名ガイドブックの出版社の方々も大好きなお店で、いつもこのお店の掲載枠は大きく用意されるのです。

   上記写真は典型的なアロハシャツの型。
でも私は基本的にアロハプリントが好きってこともあり、何でもアロハプリント!って事で、エプロンも作ってみました。
あえてポリエステルの入った生地を選び、水仕事用に・・・丈を長くしてもらいました。我が儘言い放題だけど、店主(通称:ミヤちゃん)は快く相談に乗って「これが似合うんじゃない?ちょっとあててみて・・・」と反物状態で巻いてある生地をあててくれる。「いいね」
って即行に決まってしまう。
ちゃんと好みの色を伝えれば、用途に応じて柄がちゃんと綺麗に出るように、それでもって仰々しくないモノを選んでくれる。

   実はダイビングのお客様を見ていると、特に女性の方。
濡れた水着の上にTシャツを着られていますが、濡れた水着の上からはやはりシャツも濡れてしまいます。海に囲まれた島の風は潮風。サラッと乾くこともない。でもエプロンのような生地でダイビング用の服としてパーカーのようなものでも、タンクトップ系でも半袖・長袖のような袖ありのようなものと、下に同じ生地で短パンだったりスカートだったりして1枚作れば便利だろうな・・・と思うこともあります。濡れてもすぐ乾くし、ホテルに戻ってクーラーの効いている部屋で干しておけばすぐに乾くし、ベランダに干しておいてもスコールにあたらなければこれまたすぐ乾き、翌日のダイビングにはサラッとした状態で着てゆけます。何よりもこれ1枚、専用で作っておけば荷物も少なくてすむし・・・柄だって可愛いですよね。ってことで、私は現在スカートを作っています。

   ちょっと買い物に出る時は、こんな服も着ています。
下には白系のパンツを着て・・・20数年前の誕生日。友人から麻のタンクトップを貰いました。ゆったりと着られて、裾丈が長い。凄く気に入って完全に着崩してしまいました。1年前、写真の整理をしていると、そのタンクトップを着た写真が出てきました。
これ良かったなぁ~と思った瞬間に、Sea Shell Pink・・・
「実物はあるの?」と聞かれ「ないよ」「どんな感じだった?」と絵を描いていると・・・「前はどんな形がいい?Vそれとも丸めな感じ?」
「まるめだった」「じゃこんな感じね。丈はどれぐらい?」とどんどん好きだったタンクトップの形になってゆく・・・「いいねぇ~」
即行で作ってもらいました。それが上の写真・・・

   下のタンクトップは2枚目。今度は首周りをVにしてもらいました。「亀のプリントあるよ」と出してきてくれました。亀はHONUと言われハワイでは守り神だとか。サイパンでも亀を大事にしているからいいのだ・・  
 

http://www.saipan-press.com/shop/seashellpink/index.html 日本からメールオーダーすることもできます。

サイパンに到着されてからは、ホテルの電話で323-8181へ。最初は英語で出ますが、英語が苦手な方でも焦らずゆっくり「ジャパニーズ スタッフプリーズ」か「ミヤちゃん プリーズ」でOKです。もし彼女がいない場合は「ピックアップサービス プリーズ」と言って下さい。ホテル・部屋番号・お客様のお名前を聞きます。スタッフがミヤちゃんに連絡を取ってくれます。

他にもアクセサリーや鞄もありますよ。私のお勧めNO1のお店でした・・・

2009年9月3日木曜日

はまった・・・

   これ・・・エゴマってゆうんですか?ゴマの葉と言う人もいれば、エゴマと言う人も。私はエゴマと言っていますが・・・日本では(私の地元では)この葉を見かけることはありませんが、ある所にはあるらしいです。

   韓国人経営の焼き肉屋さんはサイパンに多くありますが、焼き肉を頼むとサンチュと言われるレタス菜のようなものとこのエゴマと生のニンニクと唐辛子がついてきます。サンチュの上にエゴマを重ね、味噌を塗ってニンニクのスライスと唐辛子を乗せお肉を乗せて巻いて食べる。エゴマは「毒消し」とも言われ、この食べ方は何か理にかなっているような気もします。

でもエゴマの葉はその食べ方だけではなく、これを漬けて1枚1枚を暖かいご飯を巻いて(味付けのりを食べるみたいに)食べると超美味しいです。ただ香りが強いのでダメな人はダメかもしれませんが・・・韓国系のマーケットでこのエゴマを漬けたパックを買って食べたところ美味しかったので「これは絶対に韓国人に聞けば作り方を知っているだろう・・・」と思い、韓国人の知人に聞いてみました。彼女はレシピを渡してくれました。材料はエゴマ・ゴマ油・醤油・砂糖・水・ニンニク・小口切りのネギ・唐辛子。でもその分量を想像するに、味が濃くて塩辛そうだったので、自分で分量を変えてみました。使う材料を変えず、味を薄くしてみたとゆうわけです。
①鍋に醤油と水、砂糖・ニンニクスライスを入れて沸騰させます。
②水を切ったエゴマの葉を2・3枚入れて①に香り付けをします。
③ネギを入れて最後にゴマ油を入れます。
④香り付けに入れたエゴマを鍋からだし、タッパに入れたエゴマの葉の上から熱いままかけます。
すぐに蓋をすると熱でしんなりしてきます。1時間ぐらいしたら葉をひっくり返し、重ねた葉の間にも液を入れるようにしてまた蓋をします。冷めたら冷蔵庫へ・・・
これが、我が家ではヒットになりました。でもカシラはあまり香りの強いものを好まないので、コガシラのようにバクバクとまではいきませんが、何故かオニギリにしてこの葉を巻いて海苔を巻けばいくつでも食べられるそうです。ご飯にしみ込むこの液体と海苔が絶妙にマッチするそうですが・・・

   このエゴマは韓国系のマーケットで売っています。安いマーケットでは約50枚はあるかな?それで2ドル弱で売っています。最近、これをずっと作っていて無くなったらまた漬ける。をやっています。
かなりはまっています。

   今日は朝から天気は良くありません。ずっと曇っていましたが、午前9時30分頃から雨が降り出しています。昨日修理依頼をした車、結局直らず・・・レンタカーを借りています。週明けには何とかなるだろうと思いますが、愛車は四輪駆動。レンタカーはそうじゃないので雨が降ったら出掛けないようにしています。サイパンの道路は珊瑚が混じった砂が入っています。雨が降り出した頃、止んだ頃が1番滑りやすいのです・・・こわっ!

2009年9月2日水曜日

不便なんですよ

   昨日は1日雨。今日は曇り・・・私の心も雨。とゆうのも、ここ数日間に何となく車のエンジンがいつもと違うような気がしていました。サイパンは交通手段が自分の車しかないから、毎日必ず乗るし生活してゆく上で重要なもの。愛車のチェッロキーに乗り続けて14年・・・ここ数年の間ではハンドルから伝わる振動やエンジンをかけた時の一瞬、エンジン音で「あれ?ちょっとおかしい・・チェックしてもらわないと・・・」と80%以上の確率で車の異常さを的中させていました。一昨日「なんか変だな・・・見てもらわないと・・・」と。そして昨日、エンジンをかけた時に動くことは動くけど、最終的なエンジンスタートができない状態で故障。カシラは「ここのガソリンは精製が悪いから、エンジンにガソリンを送るパイプかポンプが詰まっているような状態だと思うんだよね。そうだったら部品交換になるだろうけど」と言いました。しかし!ここで問題。私の愛車はチェロッキー・・・買った頃にはクライスラーの代理店があったけど、今はありません。部品を手に入れることも困難・・・でも部品屋もあるので、そこで純正ではないけど部品を手に入れることはできますが・・・何と言ってもこの島、そうゆうモノが随時ストックしてあるとは限らない。
生活においてとっても重要なモノだから、せめてそうゆうモノはちゃんとしておいて欲しいと願うのだが・・
やっぱり無理だったりする。「無いモノは無い」とゆう開き直り姿勢で「アメリカから取り寄せても3週間~1カ月はかかるよ」と平気で言ってくる。それでも商売が成り立っているのだから恐ろしい・・日本じゃ考えられない需要と供給のシステムなのです。

   いつも出している修理工場に聞いてみると2・3日は忙しくて手がつけられない状況のようです。
みんな車が必要だから、みんな緊急だからゴネ押しする事もできず・・・今日は違う人に来てもらっての修理となります。何と言っても車が動かせないので自宅の駐車場での手術となるわけです。

   直ってくれ・・・でないと、1歩たりとも外へ出られない・・・・ストレス溜まって暴れてしまう。

2009年8月28日金曜日

Back to school party

   夏休みも終わり、みんな高校生。そろそろお勉強に力を入れて頂いてもいい時期となりました。が・・・・
今日は狂喜乱舞のパーティーとなりました。2か月の長い夏休み、それぞれに母国へ帰る子供達。そして学校の始まり、そして今日の乱チキパーティー・・・・
「勘弁してくれよぉ~」と言いながら、私も久しぶりに会う子供たちを見て微笑ましく思う。
グリーンのTシャツを着ている子とベッドに座っている子に関しては3歳の時から同じ幼稚園・小学校・中学・そして高校・・・と全部同じ。少人数制でやっている学校なので勿論クラスも十数年にわたり同じ。また特に仲良しでもあるのです。小さい頃から見ている私達も我が子同様。この2人の親に関しては、やはり同じ思いでコガシラを家族の一員として受け入れてくれている。親達も「自分の息子も同然」とそれぞれに言っている。やはり私にもかなりなついている。本当に可愛い存在です。あとの2人も中学の時に転校して来た子だけど、とっても面白くて素直で本当に良い子です。遠慮なく何でもねだってくれる。
「何か食べるモノない?」と・・・お腹を空かせたティーンエイジャーなのです。

   今日は何時に寝るのか?明日は何時に起きるのか?全然分からないけど、あまり暴れないようにね。コガシラはサイパンに居ると「おじいちゃん・おばあちゃんに会いたい」と言うけど、日本に帰ると「早くサイパンに戻りたい。友達に会いたい」と言います。生まれ育ったサイパンはコガシラの母国でもあるけど、日本人として日本も母国です。2つの母国を持つコガシラ・・・これからこの仲間がそれぞれの母国に帰っても大人になってもみんないつでも今のように戻れるといいね。今はメールもあるし、繋がることはできる。今年6月にアメリカへ帰ってしまった友人とも毎日のように連絡をしている。ある意味、凄く羨ましく思う。いつかはそれぞれに母国に帰るから、必ず「別れ」がやってくる。今までにも何人の友人と別れてきたことだろう・・・寂しい思いをしそしてまた新しい友人に会い、そして別れ。この繰り返しだけど、大人になって再会できると私は信じて止みません。私もまたコガシラと同じようにこの子達に会いたいと思う。

   今日はミートソーススパゲティとポテトサラダ・・・鍋いっぱいのソース・・・もう残っていません。
忘れてました・・・一番の食い盛りだったこと・・・台所は凄い状態でした。お菓子とジュースを部屋に持ち込んで今夜は朝までパーティーです。学校に戻ったよぉ~パーティーで「Back to School party」なのでした。今日は楽しんでちょ・・・・「たまにはガス抜いてやらないと・・・」と私がカシラに言ったらカシラはこう言いました。「このメンバーはストレス溜めるほど勉強してないよ・・・」と。「確かにそうだ・・・」でもいいや。今日はハメ外して遊んで、明日はちゃんと勉強するんだよ。

2009年8月27日木曜日

しまった・・・

   今日、お客様とストリートマーケットへ行った。これはハイアットリージェンシーホテル~フィエスタリゾートホテルの前まで立ち並ぶ屋台。貝で作ったアクセサリー・プルメリアの髪留め・そして食事。野菜を売っているし、広場ではフラもやっている。ローカルの女の子達が華麗に踊る。長い黒髪にパッチリした目、アロハ柄のフラ用の服・・・それは鳥肌が立つような感動ものです。カメラを入れた鞄を持ってはりきって出掛けたのです。お客様も一眼レフを・・・今回来られなかった奥様に最近のサイパンの様子を一生懸命撮っていらしたようです。何とも微笑ましい・・・・

   私もブログ用にとカメラを取り出そう。と鞄に手を入れた。ない・・・カメラがない。昼間にソファで写真を撮ってそのままPCの机の上に置いたままだった・・・・「しまった・・・」
しばらく茫然・・・大反省。そして今は「そうゆうわけでまた来週にチャンスがあったら撮ってきます」と開き直り。これは木曜だけなので、来週の木曜に都合がつけば撮ってきます。

   最近、物忘れが激しい・・・・かな?(都合の悪い事だけ忘れると周囲からの声が聞こえることもあります)

午後のまったり・・・

   11月28日、本当にこの島に連邦法が導入され全てはアメリカ主導の元になってゆくのか?と思う程、島は相変わらずのんびりとまったりとしています。昨日の雨も止み、少し雨雲は空に残るものの今日は朝から薄く晴れたり、しっかりと光を見せてくれたりの繰り返し。お昼に一度クラブハウスに戻って来たカシラは「こっち雨降った?グロットの周辺はスコールがあったけど・・・」と言っていた。こっちは少しパラパラと・・・「あれ?雨?」と思う頃には降っていない。本当のパラパラだった・・・

   外に出ればお金を使う。お金は大事に使わなきゃね。特に今のご時世は・・・今日はメールとブログに専念だな。今夜はお客様とストリートマーケットへ行く予定になっているから・・・夕飯は5ドルのお弁当をそこで買って食べようと思う。だから午後から暇・・・カシラは今頃ボートに乗って海原へ行っているが、私はこの部屋から海でも眺めよう。と思ったわけでもないけどソファにコロンと横になって窓を見たらこんな風景が目に入ってきました。同じ景色なのに、リビングを動いて見るこの景色とソファにコロンと横になって見る景色が違うように見えた。どうして?・・・・

   今朝はコガシラが朝のシャワーに時間がかかった。部活動を終えて土砂降りの中にいたようなベタベタな格好になるほどの汗。家に戻ってすぐにシャワーをするが、頭を洗って汗を流すだけ・・・朝にシャワーをして眠気を覚ますと同時に体を洗う。だから時間がかかる・・・7時45分からの学校。家から学校まで20分かかる。バタバタして怒鳴って何とか家を出た今朝は・・・7時30分。ごぼう抜きである。ガンガンごぼう抜きである。学校にギリギリセーフ!ごぼう抜きした車の中にコガシラのクラスメイトがいた・・・それも2組。「飛ばすなぁ~」と思われたに違いない。コガシラを下ろしてすれ違った車窓からニッコリ笑って私を見たアメリカ人の父と台湾人の母・・・「しまった・・・・」

   「学校から戻った時のシャワーで体洗ってくれる?朝はシャワーをかぶるだけにして!」と怒ってみる。しかしコガシラはイヤホンをつけてMUSICを聞いていた。「何か言った?」とイヤホンを取って私を見る。呆れて言葉が出ない私・・・コガシラ再度イヤホンをつける。「ば・・・ば・・・ばっかやろぉ~」学校近くの信号で「止まらないで行って!」赤信号に切り替わった時にコガシラが言った。再度「ば・・・ば・・・ばっかやろぉ~」だ・・・

   朝に大騒動の一幕があった日は・・・午後のまったり時間(コガシラがいない時間)がとても落ち着いて天国のように思える。あと2時間程で部活動を終えたコガシラを迎えに行かなくていけない・・・・

2009年8月23日日曜日

食生活

   PC完全復活!やっと写真も載せられるようになったのですが・・・かなりのピンボケ。久しぶりだから?泡盛のせいなのか?あまり追求はせず、こんなお菓子がのパッケージだけでも覚えておいて下さい。
   これはクッキーの粉。この1袋に対して用意するものはバター100g・卵1個のみ。バターは室温で柔らかくしてそこに卵を入れてグチャグチャやって粉を入れ、クッキングシートやクッキーを焼くそれ用の板の上に適量をスプーンですくい乗せて8分~10分焼くだけ。と極めて簡単なもの。この商品のクッキーの粉の種類は5種類ぐらいあったと思います。でも私が買うのはいつもこれ・・・「くるみとチョコレートチップ」
中はしっとりと表面はパリッ・・・凄く甘く、甘さが苦手な人は食べないだろうけど興味半分で食べた時には1枚は食べる。2枚目は時間をおいて食べる。ぐらい・・・忘れられない味なのです。甘い物が好きな人には何枚でもいけてしまう味です。私は甘いものが苦手で、ショートケーキ1個を食べるようになったのはつい最近のこと。今でも好んで食べようとはしないぐらい甘いのは苦手だけど、何故かとっても甘いこのクッキーだけは手を出すことができ、2枚目は時間をおいてから・・・カシラ&コガシラにおいては競争するように食べている。ダイビングの後には餌を食べる何モノかのようにバリバリ食べています。
他にも子供達が喜ぶような小さいマーブルチョコレートが入ったモノもあります。→コガシラはこれが1番好きみたいですが・・・・・でも甘いお菓子です。

   18年前、サイパンに来た頃・・・・アメリカ人がドーナッツとコーヒーの朝食をとっているのをよく見かけました。ご飯・味噌汁で育った日本人には絶対に考えられない朝食だったし、絶対私には無理・・・と思っていました。時を経て今、時々「ドーナッツとコーヒー」の朝食をとりたい事があります。環境とゆうものは食生活まで変えてしまうのでしょうか・・・・日本に帰っても和食の朝食・昼食・夕食。サイパンでは恋焦がれるような食材なのに・・・・和食3食を食べて思うことは「あぁ~サイパンのレストランの○○が食べたい」って思います。それが日本にはないソースのかかったスパゲティだったり、お肉だったり・・・・
でもそれとは逆に友人のアメリカ人は和食を好み、日本のお酒を好み、和食のレストランに通い、寿司を買い・・・今ではご飯の上に鮭・醤油・ワサビを乗せお茶漬けをこよなく愛す。その息子はご飯に醤油をかけて食べる。「醤油は世界でNO1のソースだ・・・」と言います。私は彼のお母さんがかつ丼が好きな事を知っている。何故かと言えば、私はその家で彼女にかつ丼の作り方を教えたことがあった。冷蔵庫の中には「めんつゆの素」がしっかりあった。ウスターソースもあった。また違う家に行って日本食を教えた時には、その家に「みりん」「だしの素」「のり」があった。彼女が作るダシ巻き卵は日本人より上手なのです。焦がすことなく綺麗に巻いて、だしがきいて・・・・私が彼女にそれを教えたが、次に彼女の家に行った時に彼女が作ってくれた。見事な味だった・・・お寿司屋さんのだし巻き玉子の味のようだった・・思わず「作り方を教えて」と言ってしまったほどだった。どうやら私の周囲では逆の現象が起こっているようだ・・・因みに写真のクッキーの粉、私はよく買うが上記に出てきたアメリカ人の家族は醤油味の「あられ」を食べている。なんかなぁ~

2009年8月19日水曜日

カシラについて・・・

   今日も朝からお天気は快晴。午後になりスコールがあるものの、基本的には晴れ。夕方にはまたもや北島が見えた。(珍しいなぁ~3日連続して見えるのは・・・この地域に済んで15年目になろうとしていますが、こんなの初めて・・・・)スコールがあれば湿度も高くなり、ムシムシムシムシ・・・の時間があり、夜になると落ち着いてきました。今日も私的には何事もない穏やかな日。特に何かがあったわけでもないし・・・・こうして日々を暮らしていると脳みそが腐るんじゃないか?と心配になる程に平和です。

   今日の本題。HPの項目にカシラの紹介がありますが、詳しくお話したいと思います。ネタ無いし・・
今日はカシラを玩具にしようと思っています。20年前にカシラに初めて会った時、私はお弁当を食べていました。数日後また会った時、私はまたお弁当を食べていました。「いつも弁当食ってる女だな・・」と思ったそうです。私は「何かまじめそうな顔してるけど、絶対この人遊んでる・・・・」と思いました。何かの話しの時に「俺、ダイビングのインストラクターなんだよ」と言いました。「わぁ~こうやって女騙してるんだ・・・」と全く信じていませんでした。その会話から半年後、カシラが財布を出した時にゴールドのカードが見えました。「おぉ~クレジットカードがゴールドなら凄いけど、どこかのお店のメンバーカード?それともレンタルビデオの会員カード?そんなに借りているのかエロビデオ・・・」と思いました。恐る恐る聞いてみました。「これ何?」「あ!これ・・・イストラクターのカード・・・」と出して見せてくれました。確かにNAUIの刻印が・・・「本当だったんだ・・・インストラクターってゆうの・・」それでカシラにダイビングを教えてもらう事になったのです。こうして私もダイビングをするようになったわけです。
   友人が来ると必ず友人に「コーヒー飲む?」と聞いてくる。友人が「優しいぃ~」と言うと「いつもやってる事だから・・・」と言います。友人が来て一緒にご飯を食べると必ず後片付けをします。「えぇ~皿洗いするんですか?」「ええ・・・いつもやってる事ですから・・・」と言います。母が来た時私の肩をいきなり揉み始めました。母が「旦那さんに何ってことさせるの・・・」と言いました。「お母さん、いつもやってる事ですから・・・そろそろいつもの時間なので・・・」と言いました。殴ったろかっ!子供が小さい頃カシラは言いました「今度ねおばあちゃんに言って。パパの親指の先が平たくなっているのはいつもママの肩を揉んでいるからだよって・・・本当はね、この指を立てるとイエェ~の意味だけどパパの場合は違うんだよ」
って。そしてコガシラが小さい頃、週刊誌の袋とじの中の女性の裸を2人で見て「お前はどの子がいい?パパはこの子・・・」としっかり言っている事を私は聞いてしまった。「やけに2人で真剣に本を読んでいるな・・・」と思っていたがこうゆう事だったのです。そんな本を見せるより「かさじぞう」とか「つるの恩返し」とかあるだろっ!
   結婚しようって事になった時「俺はお茶漬けとスパゲティとお雑煮だけで一生暮らせる」と言いました。「本当に?」とゆう事で結婚に至りましたが・・・騙された・・・お茶漬けにはリクエストがあったのです。
「鮭は1晩置いた方がいい。塩が強めの鮭がいい。タラコはカリカリに焼いたヤツがいい・・・」「お茶漬けの素じゃダメなのかい!乾燥した鮭はダメなのかい!タラコォ?鮭だけじゃダメなのかい!えぇ?」
   独身時代・・・何度かデートってものをした事があるのですが・・・彼と行く場所は決まってラーメンかどっかの食堂か居酒屋。フレンチとかイタリアンとか一度も行ったことがありません。出会った頃に彼が言いました。「フランス料理のレストランって向かい合って座るから席が離れるじゃない。相手の声が聞こえないんだよね。だから向かい合って座ったけど、聞こえないから椅子をずずって移動させて横に行って話せる体制になったんだよね」「ふ~ん・・・」と聞き流した。しばらくして「青山にいいフランス料理のお店があるから行こうよ」と彼が言った。「絶対に嫌」「どうして?」「好きじゃないもん・・・」「そうか・・・じゃダメだね」と話しは終わったけど、私の心の中では続きがあった・・・・「好きじゃないもん。声が聞こえないって言ってずずって椅子を寄せられて注目浴びて恥ずかしい思いをするの・・・」と。だから私は彼と食事をする時はいつもラーメンと食堂に誘導していました。彼と行ったお店の中で上位ランクに上がってくるのは渋谷にあった洋風居酒屋か浅草の天丼屋さんだった・・・まぁ~そんなこんなで今でもこんな調子で日々を過ごしています。カッコつけている部分があるけど本当はかなりの三路線です。
HPの「紹介」の部分の補充としてご案内させて頂きました。

2009年8月18日火曜日

今日もいいですよ

   今朝コガシラを学校て送った後、クラブハウス前の坂道からまたもや「北島」が見えました。
水平線から湧き出ているようにも見える縦長の入道雲が空に向かってモクモクと伸び、その形の逆の形が海面に映っていました。「おぉ~今日もいいねぇ~こんな日はあの場所へ行けばイルカに必ず会える」ダイビングポイントではないけど、ボートで沖に出てある場所へ行くとイルカの群れに会える確立が高い・・・それもこんな日なのです。「行きたいなぁ~」
一度昼間には雲がどんどん出てきて、北島は見えなくなってしまったけど・・・部活を終えたコガシラが家に戻って来たのは午後5:30・・・またその坂道から「北島」が見えました。「水平線にうっすら見える島分かる?あそこが北島だよ。アナタハン・・・」「おぉ~見える!見える。あれが北島か・・・・」何やらじっと見ていました。「ママ、あの雲いいね・・・あの左側にある入道雲。「あ!あれね・・・いいね・・・」「海もいいね・・」「うん・・・海もいいね・・・」「いいね・・・・」目に見えるモノに心を動かし「いいね・・・」反抗期真っ盛りのコガシラとこうして景色を見て会話できたこと・・・めちゃくちゃ美味しい会話をしたような気分になった・・・

   あぁ~2週間前に日本を出発する間際に捻挫した足くび・・・・完治していない為にダイビングはできないけど、あのまっ平らな鏡のような海の中に飛び込みたい!ラウラウのクマノミにも会いたいし、オブジャンのチンアナゴ&ヤドカリの宿次郎にも会いたいし・・・グロットの青い穴も見たいし・・・行きたい所だらけです。完治したらドンドン行こう!

2009年8月17日月曜日

有難うございます

   35回目・・・の誕生日に際し、メッセージカード・メールを有難うございます。この場をお借りしてお礼申し上げます。(すみません、受信はできるのですが、送信にいまいち不安で・・・・)
って・・・お礼に嘘を申すものではありません。実は私、昨日を持って「四捨五入すると・・・・」と言われると何でそうゆう例えなわけ!と憤慨する諦めもつかず、自慢できることもない40代(五入)の例えの仲間になりました。って言ってる本人もかなりまわりくどいですが・・・・ってか、はっきりとした年齢が書けないと言うか、書きたくないってゆうか・・・じゃ言わなきゃいいじゃん。って事なのですが、どこかで言いたい気持ちもある。
45歳になりました。(はぁ~すっきり)

   サイパンに戻り、夏バテをして体調も戻り・・・戻らないのは日本でため込んだ贅肉。しかし!歳のせいでしょうか・・・食欲がかなりおち、穀類を食べると胃が重く、体も重く・・・・こんな私もかなり食欲が落ちたことを少し気にしておりまして、早く食欲を戻さねば・・・と思っています。来月には牛を1頭かみつく勢いぐらいの食欲に戻せれば・・・と思っています。日本で溜めた贅肉が今の私の栄養になっているかもしれません。
あ!でも普通の方の食欲よりも旺盛なのでこの量が普通なのかもしれませんが・・・・トホホホ・・・

   本当に素敵なメール・メッセージを有難うございました。

昭和39年8月16日生まれ 辰年 しし座 猿(動物占い)の芳子より・・・

我儘なこんぴゅーた

   すみませ~ん!!相変わらず私のPCは我儘で・・・今やメールの送受信も難しい状況。設定をやってもらっているのですが、どうも彼女(PC)はゆうことをきいてくれない・・・・ってなわけで、写真が掲載できません。しばしの間、つたない文面のみのブログとなってしまいます。すみません・・・・

   今日は久しぶりに眩しい青空!でも午後3時現在の空はくら~い雲が空を覆い始めています。
スコールの雲ですね。海も穏やかです。昼間には遠く「北島」が見えました。あぁ~こんな日は写真と撮りだめしておきたいところなのに・・・

   湿度は高くなく、暑さだけが肌に食い込んでくるような・・・・朝からせっせかと水分補給。
日本の天気はどうですか?

2009年8月15日土曜日

やられた・・・

   昨夜はコガシラの友人が泊まりに来ていたのでカシラと数カ月ぶりに外食へ行った。帰りに免税店でお肌の角質を取り除く化粧水を買う目的もありました。数か月前に居なかった中国人の女性が対応してくれたが・・・・ニコリとも笑う気配はなく、相談のように話してもキッパリ「これです!」と言われる。化粧品売り場を担当していても販売員だから化粧についての知識はそんなに無いんだろう・・・とゆう事で、今まで使っていた化粧水を手に取った。そこでこの女性・・・「これはアルコールが入っているけど、同じものでアルコールが入っていないものがあります。やっぱり肌にはアルコールが入っていない方がいいです」と言ったので「それもそうだ・・・」と思い私はそのアルコールの入っていない化粧水を完全に信じて購入してしまった。いつも買っている値段よりも20ドル高かった・・・自分でお金を払わなかったこともあり(カシラに買ってもらったのだ・・・)アルコールが入っていないものだからとゆう潜在意識もあり、素直に疑うこともなくお金を支払ったのだ・・・

   シャワーをして洗顔後、私はその化粧水をコットンに含ませ使用。「ん?やたらしっとりするな・・・」と化粧水のボトルを見てみると「モイスチャー ローション」と書いてあった。保湿化粧水って意味・・・ってことは私が欲しい化粧水とは全く別物であることにここで気がつく・・・・「あの中国人・・・・アルコールフリーの方がお肌に良いって言ったよな・・・確かにそうだけど、私が欲しい化粧水は保湿じゃなくクレンジングなんだよぉ・・・・最初に私が手に取ったヤツなんだよぉ・・・それをアルコールフリーが良いと言ってこれを勧めたんだよなぁ・・・でも全然別の用途のもん勧めたんだぁ・・・・くっそぉ~・・・」と思ったが、既に中蓋のようなものは外して、使ってしまった・・・返品もできず「でも保湿化粧水としてはいいな・・・」と無理に無理やりに自分を落ち着かせる。

   でも自分もいけないのだ・・・化粧水はアルコールが入っていないものでも、私の体内はアルコールで満たされていたのだ・・・・勧められても化粧水のボトルに書いてある文字を確認しなかったし・・・何度も買った化粧水、世の中値上がりしたとはいえ、いきなり20ドルも高くなることもないだろうし・・・そこで「あれ?」と思わなかったのはアルコールによる麻痺状態にあった為でもあるし・・・何せ自分の懐を削らないものでもあったし・・・いろんな物が重なりあってのこと・・・とは言えども「マヨネーズ欲しがっている客にケチャプを出して、こっちの方がカロリー低いわよ。と言っているようなものだ!」

   仕方がない・・・明日にでもカシラに事情を話して、またカシラの懐を削ってもらおう・・・(自分で買えよ!)と思うでしょ?でもいいんんです。明日は明日でちゃんと買ってもらえる理由があるのだから・・・
実は明日、私の誕生日だから・・・本当は「おめでとう」と言ってもらって嬉しい年齢ではない。でも強気でおねだりできる日なのだ・・・その部分は6歳の頃からシジュー代の今でも気持ちは何ら変わっていない。
「おめでとう」はいいから、現金かブツだけ私に下さい。そしたら私のこの複雑な思いは解消され、クレンジングと保湿化粧水のWゲットで満足へと変わるのですから・・・・

2009年8月10日月曜日

夏バテ?

   サイパンに帰ってもうすぐで1週間。もう少しで山場を越える・・・・とゆうのは、日本の夏からサイパンの夏に戻る時に体が反応するのです。「だるいぃ~」って・・夏→夏への移動は何の抵抗もない!と思うのは大間違いでした。日本の夏とサイパンの夏は、はっさくと夏ミカンぐらい違うどころか夏ミカンとおこたで食するみかんぐらいの差があるのです。何がどう違うのか?と言われましても具体的に言えないのですが、私の体は「だるいぃ~」って重さでその違いを感じるのです。日本の夏に慣れた体をサイパンの夏に戻すのに約1週間の時間を要します。宇宙飛行士の若田さんはシャトルから降りて自力で歩いたとゆうのに、私はサイパンの空港に降りた途端に脱力感に見舞われ、自力で歩くのがやっと・・・できれば荷物と一緒にコンベアーで流されたい気分だった・・・・(びっくりだろうな・・・荷物を取ろうとお客さんがターンテーブルの前で待っている時に私が正座して流れてきたら・・・・)

   てな事で、ついに土曜日には発熱をしてしまいました。37度ちょっとでそれから熱は上がらず、解熱剤を飲めば下がる。悪いもんじゃないな。と思い、水分補給をする。その繰り返し・・・・吐き気はするし、体はだるいし、食欲ないし・・・これはきっと「疲れだ!日本の疲れが出たんだ!」「でも疲れる何をしたわけでもない、しいて言えば暴飲暴食のみだけどな・・・・」翌日の午後には回復。
因みに私の愛するPCもサイパン帰国時には夏バテを起こし起動不能。1度だけ強引に叩き起し動かしたものの無理がたたり重症となってしまいました。昨夜、夏バテが解消されやっと今日機嫌良く?動いてくれた。しかし!アドレスが全てぶっ飛んでしまった。すみません・・・・メール下さい。

   夏バテは怖いですね・・・侮れない。今サイパンのお天気はよくないです。今日は雨が降ったり止んだりですが、空にはどんより雨雲。昨日は良かったんですけど・・・・高温多湿のサウナです。
「ご飯を作る気にもなれない・・・」(毎年、この時期にこの言葉を吐き散らし家事をさぼる私だったが、今年はマジで本気で台所に立つと立ちくらみがする。でも毎年のことだから信じてもらえない。オオカミと少年の物語を人生の教訓として教えられたのに・・・・)

   こんな時は気分転換にCDも聞くか!と80年代、ブヒブヒ言わせていた夜の蝶だった頃?よく聞いていた曲を聞いてます。今はクラブってゆんですか?昔はディスコと言っていた頃の曲でございます。
歳感じるなぁ~

2009年8月6日木曜日

帰って来ました

   お元気ですか?2ヶ月の夏休みを日本で過ごし、5日の夜中にサイパンに帰って来ました。
日本は長い長い梅雨で、実家のある東海地方の梅雨明けはサイパンに帰る前日。それまでずっと雨。日本の夏を味わえなかったことに後ろ髪を引かれながら・・・・日本の夏は暑いけど、蝉の声もヒグラシの声も聞ける日本の夏はやっぱりいいね!と思うのでした。桃やスイカや美味しいお魚も新鮮野菜も・・サイパンに行ったら食べられない。と思うと、恐竜なみの食欲になり太って帰るのは常識中の常識。サイパンに帰ればダイエットの日々。昨日からダイエット開始です。食べる量で体重の変化が激しい私、それに甘んじての行動はおばさんになれば通用しないことは重々に承知の上だが・・・毎年やってしまう。

   今年は神様に導かれるように?伊勢神宮へ行った。お隣の県にあり何度もその前を車で通過しているにも関わらず1度も寄ったことのない場所だった。今年はその方面に行ったがやはり行く予定は全くしていなかったのに、伊勢神宮3km先で突然行くことに決めた。駐車場に入ると曇った空の隙間から晴れ間も出た。神宮内では神聖な気分になった・・・不思議だ・・・・体中が熱くなった。お札様とお守りも買った。コガシラにおいては学業のお守りを買った。何度も学業のお守りは貰ったりもしたが、一度もご利益が無かった。今回は親自らが買ったし、由緒ある神宮の学業のお守りだ・・・期待はいつもよりも大きい。でも一番肝心なコガシラの勉学姿勢は大きく欠けている。全ては神頼みしかない・・・
昔、七夕の短冊にこんな事を書いた。コガシラが良い子になりますように・・・と。しかし、その短冊だけが風に吹かれて飛んで行った。落ちた場所はドブだった・・・こんな事にならなきゃいいが・・・・内心不安。

   サイパンに戻ってから天気は良くありません。今朝は強い雨の中、コガシラを学校まで送りました。
窪んだ道路に入るものなら、溜まっている雨水が車全部にかかりまるで洗車機の中に入っているよう状況。怖かった・・・・サイパンは警報ってものがないのですが、あったら今朝の雨で島全部の学校は自宅待機だろうな・・・と思う。

   さて・・・またどっぷりとサイパンモードの生活に身を沈めてローカルタイムにまったりと馴染んで暮らしたいと思います。これからも宜しくお願いします・・・

2009年7月18日土曜日

1年ぶり

   になりますでしょうか。いらしてくださいました、昭和の三羽ガラス?(そういえるほどのチームワーク)、到着時の買い出しも、ヨーグルトはここ、バナナはここ、ビールはここなどすべて違うお店になってしまうサイパン事情にお付き合いいただきました。
   海の中は静かでまずはラウラウ。午後は2ボートダイブの定番ポイントからスタートしました。こういうお三人ですと、私のガイドは要らないじゃないかと思うほど、自由に自分の好きなものを見て回られていました。これもいいんじゃないかと思います。昨日は焼き肉だったので今日は中華で栄養をつけてきます。

2009年7月16日木曜日

やはり暑いです

   一時帰国しておりましたが、戻ってきております。湿度が高く感じられます。朝と晩にひと雨あっても基本的には晴れています。夏休み本番、皆さまのお越しをお待ちしております。

2009年6月20日土曜日

思っているより

   上手にできていますよ、お二人で参加いただいた体験ダイビング。間もなく新月ということもあり最大干潮の時間帯にポイントに到着。練習には程良い深さでしたが、風が湾にあたりちょっと揺れてやりにくい面もありました。ご自分に厳しいタイプなのか、まだまだ!という感想のようでしたが、でき具合は十分でした。最後のほうはBCの操作も試してみたり余裕でしたよ。

2009年6月18日木曜日

スロースタートで

   1年ぶりのダイビングということで、初回はリフレッシュダイビングとして始めました。前夜のお付き合いで体調いまいちだった様子ですが、頑張りましたね。何度も一時停止しながら沖へ進んでいきます。結構これが大事なんですよね。ガイドロープを離れて迷路上のサンゴのすきまを通って戻るのも少しだけスリルがありましたね。

2009年6月12日金曜日

お目当て通り

   ウミガメに出会えた図です。濁った部分が見えるのは透明度ではなく、ウミガメが食い散らかしているためです。触らない、追わない、脅かさないの3原則である距離まで行くと、食べながら前進してくるので結局かなり至近距離で見ることができます。知り合いの環境保護局のスタッフに見せてもとても興味深いとのこと。今度潜るときはタイマイも見れるといいですね。

2009年6月11日木曜日

こんな体験ダイビングもあり

   今日のお客様は、シュガードック→ラウラウ→ボートダイブと巡るコース「3種混合体験ダイビング」に参加してくださいました。地形で言うと、砂浜→岩礁→外洋、となります。最初は安定した海で練習を兼ねています。プールと同等のコンディション=限定水域とかコンファインドウォーターといいますが、魚がいる分、またプールよりなだらかな傾斜である分、水位がある限り、人工プールよりリラックスして楽で実践的な良い練習場所になる気がします。 その成果もあって、エキジットする頃には、フィンキックや水中遊泳の姿勢と肺による浮力コントロールも実感してもらうことができています。これでこそ、ラウラウに連れて行ける!
   お目当てのウミガメとの遭遇も果たしながら、残圧チェックもできるようになります。締めくくりはボートダイブ。バックロールエントリーも体が回転することなく無事に成功。安全停止までの浮上速度も急激にならずに、エキジットも自らフィンを外していました。おーい、あともう少しで認定レベルだよーん。
   その人に合わせてダイビングを仕上げるオーシャンクラブ流です。といっても本人たちはどのくらいで来ているのかなんて気にしていないんでしょうねー。
   ちなみに体験ダイビングを10回繰り返したログブックを持っていると、エクスペリエンスダイバー(”経験ダイバー”)としてわずかな補講を残してCカード申請できます。そのうち3回終わっちゃったんですけれどね。そんなダイビングをするのに、最適なサイパンなのでした。またお越しくださいませ。

2009年6月10日水曜日

今月ならでは

   1年のうちにこの時期しかない美しさ「スポットライト」です。潮の干満+日照時間+風向きの3拍子がそろってこそ成り立つ貴重さがより感激をもたらします。人物が入った写真もいずれ掲載しますね。

2009年6月8日月曜日

笑い?驚き?

   沈船ポイントの鉄板の表情に見つけました。どこかの芸術的絵画にもあるような・・・。鉄板の穴に表情を見る。私には両方の手のひらをそらせるようにほほに近づけて驚いているように見えるけれど、笑っていると見える人もいます。しかし、この船が沈んだのは戦争のころ。60年以上もこの表情を持っていたとは。これこそ「驚き!」です。

2009年6月7日日曜日

若い!

   ということは余裕がある?いえきょろきょろしている?写真の構図は海洋実習でオクトパス浮上の準備練習をしているところの図。もう少し待てば、ピースサインが出たかもしれないな。サインといえば今回とても覚えやすい、そしてダイビングが楽しくなるサインも編み出しました。原案はシムラ・イカリヤ両氏によるものです。参加しないとわっかりませーん。

楽しいダイビング講習


   誰が楽しいってかぁ、インストラクターのほうが楽しんでいるんじゃないのぉ!という説も十分にありますが、うしし・・・とほくそ笑む私のダイビング講習が始まりました。イジメませんよぉー、何色にも染まっていないこのお二人、”サッカープレーヤー”との情報もあり。”体育会系”と断定!それじゃぁ、説明する言語も変わる私の講習を実施しました。たとえば、フィンキックの基本の足の運びは、”バック・ヒールキックの要領で行こう!”、けり始めは”PKキックのステップ・インを思い出して”などなど。参加者の得意な分野の「言語」にダイビングの「言語」を置き換えることは大切なんですよぉー。

   初日の午後としては、ボートダイビングにおでかけ。季節柄荒れるはずはないと見込んだインリーフに。ちょっと残念だったのはスコールの影響で船上、海中とも揺れてしまったこと。(それに加えて、ランチの食べすぎ?は良くなかったのか、ちょっと酔っちゃいましたね)。そうはいっても、写真のVサインはなかなかの余裕!2日目は予定通りのビーチだから心配ご無用。今度は「何語」を使おうかな!?

   (追伸:-----当分このブログは休暇中の「女将」に代わって「(お)組のかしら」が担当します。-----)

2009年6月4日木曜日

勝手ではございますが・・・

   コガシラは今日から夏休み・・・・毎年恒例の日本帰国の時期でございます。
誠に勝手ではございますが・・・私とコガシラは明日から日本に帰国となりました。そこで、ブログですが私に変って「カシラのブログ」と題しまして皆様に「今日のサイパン」「カシラのボヤキ」「カシラの寂しい独り言」等のバージョンでOPENさせて頂きたいと思います。

   本当は日本からブログを更新しようと思っていましたが、何のせいなのか?昨日、コガシラのラップトップが壊れました。ウンともスンとも動きません。私はデスクトップなので日本に持って帰ることができず・・・直れば日本からブログを更新しようと思います。そんな不安定な状況なので、誠に申し訳ございません。万が一PCが直らなければ、サイパンに戻って来た時にまた「ぶっ飛ばしブログ」を書きたいと思います。

   日本に行けば行ったで楽しいでしょうけど、今はサイパンを離れることがちょっと寂しいな・・・これがまた日本に行ってサイパンに戻ってくる時はまた寂しいけど・・・

   では1年ぶりの日本を楽しんで来ます。

2009年6月3日水曜日

イライラ・イライラッ!

   今日は雨なのです。朝から雨で一度曇りになり、また雨なのです。ここ4日程、太陽を見ていません。昨夜か今夜にBBQとなっていたけど、昨夜強硬突破でBBQをやっていて良かった。

   そして今日はコガシラの学年末。明日から2か月の夏休み・・・今日は半日で学校が終わり、午後から部屋の掃除をすると約束をした一昨日。今朝も学校へ行く時に「今日は絶対に部屋の掃除だよ」と何度も念を押した。「分かってる」と言ったのに・・・学校帰りに友人と映画に行ってそのまま遊びこけている。約束破ったら顔に落書きをしてもいいとゆう事になっていたので、今夜は思いきり落書きをしてやろう。

   雨が降って助かっているのは・・・最近、何故か家の前にやってくるハチドリ。窓から部屋を覗くように羽をバタバタさせている。そのハチドリの数羽が私の愛車に落としてゆくウ〇チ。それが綺麗に流れることだけ。でもまたウ〇チは落とされてゆくのだが・・・・「運がついた」と最初は喜んでいたが、だんだんそうもゆかなくなった・・・・ご近所も合わせて数台の車がここに駐車してあるってゆうのに、どうして私の車だけがウ〇チまるけになるのだろう?来年の分の運までつけてくれているようだ・・・そうやって考えておこう。

   「明日は晴れる」と念じて溜めた洗濯。今日はギブアップ・・・朝から洗濯をして節約で使わない乾燥機を使っている今日・・・・掃除もしなきゃならない。今夜はお客様と一緒に外食だから、ギリギリまで時間をかけて掃除をしよう!とはりきるが、なかなかエンジンがかからず・・・ブログ書きに逃避するのであった・・・掃除への抵抗。ほんの独り言・・・・

2009年6月1日月曜日

なんと言っていいのか・・・

   今日から6月です。沖縄・奄美地方は既に梅雨入りをしていますね。本州もこれから梅雨入りです。サイパンは雨季に入ったもよう・・・朝からどよんとした雲があって、昼間には晴れ間もあって、今は雲の隙間から夕日の色が見えている。そんな空模様。湿度は上がり、気温も上がり・・・そのアンバランスに水分補給は絶対です。明日はカラッと晴れてくれるといいなぁ~と思っています。絶対に晴れろぉ~!!

   さて今日の写真。「物は大切に・・・」とゆう象徴と言うべきでしょうか?私的には何とコメントとして良いのやら?と思うものですが、持ち主御自慢の代物です。むか~っし使っていたPCの枠だけを残し、中の部分は処理をして・・・この枠の中に安いアクリルケースを入れ、水を入れ、淡水魚を入れ、ブクブクを入れ・・・その他モロモロを入れ。お部屋のインテリアになったわけです。お部屋と言っても、ここは公立学校の教頭室。そうなんです、教頭先生御自慢の水槽なわけです。彼もダイバーで魚好きで写真好き。よってカシラと気も合うわけですが・・・他にも共通点があります。「物を捨てられない性格」ってものです。皆さんはどう思われますか?きっと・・・PC画面に泳ぐ3Dの海水魚水槽のイメージで作ったのかどうか分かりませんが・・・・部屋に入った時に見入ってしまうものではあります。この発想に拍手!でもきっと真似はしないと思います。

   物を大事にする事はとっても良い事ですが・・・ガラクタだと思っているモノがあっても他の人には宝物だったりしますよね。カシラは車のラジエターホース(穴あき)までも捨てません。先日はカメラのハウジングを改造した時にバッチリその穴に合ったネジを見つけて感動していました。そのネジは何かの機械のはしくれのようなモノについていたネジだったのです。私は思うのです。たった1cmにも満たないネジ・・・合った時は本当に嬉しく思うだろう。でもそのネジがついている機械のはしくれは40cm以上の鉄の塊。たった1cmに満たないネジを使う為に40cm以上のガラクタをしまい込み部屋の収納スペースが無くなってゆく私の苛立ち。

   物を大事にする事、やはりこれはその家にあった範囲内で収めて頂かないと・・・バコ~ン!と爆発する人も家の中には居ます。カシラはまだ私が黙って見ている事を良い事にいろいろ溜めこんでいます。きっといつか・・・海から帰って来た時にすっかり無くなっている収納スペースを見てガッカリするだろうと思います。いつぞやは脚の長い椅子の座る部分のクッションが破れ鉄の骨組だけになった事があります。ゴミ置き場に置いたのに、それがまた所定位置に戻されていました。そこにソファのクッションをあて今も使用しています。でも座るととっても不安定・・・・いつぞやは残り材木で作った小さな細長いテーブルを捨てたことがあります。どうにもこうにも使えなく、それを置くだけで部屋が狭くなるからです。残り材木だったし・・・と捨てたところ、また拾い戻されていました。これに関しては壊して「焚き火塾」の材料にしようと思っています。

   活用できる物をとっておくのは大賛成。でも穴の開いたホースは一体何処に使うのか?一度ゆっくり聞いてみたいと思います。因みにこのホースは5・6年眠ったまま活躍の場は何処にもありません。
今週のゴミの日にでも出してやろうと思います。カシラに宣戦布告ですね。

   PS 本人曰く「3R」(リデュース・リユース・リサイクル)+1だと言っています。この+1とゆうのはリメイクだそうですが・・・私にはどうしても「貰う・拾う・ただ」+1だと思います。この+1とゆうのは、捨てた物を拾い戻す。この戻す行為があまりにも・・・・寒い。

2009年5月31日日曜日

反省・・・

   風邪薬を飲んでお酒を飲むもんじゃない・・・分かっていても子供が無事中学を卒業し、式の後のパーティーでは親もはしゃぐ・・・

   29日の夜8時30分頃に無事、卒業式は終了しました。コガシラも卒業証書を貰い8月中旬から高校生に・・・式が終わった後、サイパン中心地、ススペ地区にある「レストラン360」でパーティーの為再集合。子供達は屋外でパーティー親達は8階の展望回転の部屋での食事会?飲み会?

風邪薬を買い寄った為にみんなより少し遅れての到着。そこに友人でもあり、同級生のお父さんでもあり、レストランのオーナーでもあるスティーブが「お酒何にする?」とすぐに来てくれた。ビールを待っていると、これまた友人であり、クラスメイトのお母さんであるマーサが「あそにテーブルが作ってあるから、待ってるから来て・・・」と言われ、ビールを持ってテーブルへ・・・運良く悪く?会えば必ず飲み会宴会状態になる、スー(写真の女性)が私の前にいた・・・ニコッと不気味な笑い・・・「ヤバイ!今日、私は風邪薬を飲んでいるからあまり飲めないよ・・・・」と冷や汗。しかし、いつも彼女のペースにやられる。結局、私は彼女に飲まれ、お酒に飲まれ・・・そのまま宴会モードに突入してしまった・・・スーは何やらカクテルを既に飲んでいた。私は「ロングアイランドアイスティー」を注文した。これ1つを気長に飲んで誤魔化そう作戦だ・・スーは「これ何?ジュースなの?何やってるの?お酒飲まなきゃ!」と「これ、ロングアイランドアイスティーだよ。お酒だよ。強いよ・・・」と彼女は私のグラスを取り、試しに飲んだ。すぐに彼女は同じものを注文した・・・やっぱりお酒の強い女性だ・・・・でもとっても陽気で、とっても楽しい人だ。私は彼女が大好きだ。2人が動き出したら、周囲は止められない・・・・彼女が「ね、写真撮ろうよ」とテーブルを離れた。彼女はいつも写真を撮る時、何故かお酒のグラスを持っている。絶対に離さない・・・今回もお酒のグラスを持っての撮影となった。

   しかし・・・・6月中旬・・・彼女と子供達はアメリカへ帰ってしまう。ジョージア州に家を買ったそうだ。
旦那さんはしばらくサイパンに居るそうだ・・・でも今はE-mailもある。彼女の子供を日本へ、コガシラをジョージアの彼女の家へ・・・2週間滞在することをずっと続けよう。と約束をする。彼女も日本へ来ればいい。日本の「さしみレストラン」=居酒屋で狂喜乱舞の宴会ができる事を夢見ています。最高な女性に乾杯!

   パーティーはだんだん静かになり、帰る人は帰る。残る人はバーへ移動。なんて事になった時、隣のテーブルにいた日本人の女性に会った。彼女とも飲み友達だ・・・彼女は卒業式とは何も関係ないが、たまたま居合わせたのです。2人でバーカウンターに移動。家に帰ると、激しく反省をする。
「はしゃぎすぎた・・・・」翌日は使いものにならない体だった。完璧な二日酔い?と思ったが、そうじゃないみたい。風邪薬の影響でいつもより早く深い酔い方をしていたようだ・・・・哀れ・・・・

   明日、学校だ。みんなに会うのが怖い・・・・海外旅行だったら「旅の恥はかき捨て」と言い逃れして慰めることもできるだろう・・・しかし、住んでいるからそうゆうわけにはゆかない。

2009年5月29日金曜日

卒業式

   島の中央部分にあるキャピタルヒル。その丘に上がる坂道の途中にこんなモノが出現しています。野生の木にペイントをして、これはアヒルなのか?正体は不明ですが島のちょっとした話題になっています。クリスマスはサンタクロースになり、ハロウィンはお化けになります。今は「卒業」シーズンになります。
だから卒業式定番の四角い帽子をかぶっています。
   卒業式か・・・とこの木を見入っている場合ではない我が家。実はコガシラも今年卒業を迎えます。ってそれも今日が卒業式なのです・・・・今日は平日通りに授業をしていますが、午後7時~卒業式が行われます。「アメリカン メモリアル パーク」と言われる公園の中のスタジアムのような場所で・・・その後は卒業パーティーが行われます。
   実はコガシラ、日本で言えば中学3年生。受験生なのですが、アメリカ式の進級は日本と変わっています。幼稚園の年長さんぐらいで小学1年生初期頃の勉強を始めます。小学5年生まで小学生扱いですが、小学6年生になると中学生扱いとなります。個人ロッカーも与えられ、教科書も日本と比べると中学1年の教科書と同じ内容です。6年生~8年生(ミドルスクール)と分けられます。コガシラは今、8年生なのでミドルスクール(中学)を卒業する年になります。8月中旬からは高校生になります。
   ひゃ~早いもんだ・・・と思います。やっと幼児期の育児疲れがとれたような気になっていましたが、実はもう高校生になるなんて・・・この間までオムツ変えていたような・・この間までプールで一緒に遊んでいたような・・・よく考えれば、この数年前から一緒に買い物も行ってくれず、友達と遊びこけ、夜になれば一緒にテレビも見てくれなくなった・・・生意気ばかり言ってるし、聞く音楽もいつの間にはヒップホップに変ってるし、先日はCD屋さんでレゲエを探していたし・・・ちょっと寂しい気もします。
   今夜、卒業式に行ってきます。フォーマルな格好をさせなきゃいけないので、慌ててスラックスとシャツを・・・でも素敵なフォーマルのシャツを友人がくれた。とっても大事なシャツだ・・・私達もお世話になり、コガシラを可愛がってくれたご夫婦。旦那さんの形見だ・・・今日は新しい黒のスラックスとそれに合わせた靴。そして大事なシャツとパパのネクタイで卒業式を迎えます。
   オーシャンクラブのお客様には本当に私達共々、コガシラを暖かく見守って下さり有難うございます。今日、こうして卒業式が迎えられますのも皆様のお陰です。まだまだ生意気言っても子供です。
これからもどうぞ、宜しくお願い致します。

2009年5月28日木曜日

花と鼻

   花の季節になりました。ブーゲンビリアもプルメリアもハイビスカスも咲き乱れています。名前の分からない南国系の花も・・・写真はブーゲンビリアですが、南の島の定番な花です。これは細い枝でか細く見えますが、この枝は手で折ることができません。棘があるのもうそうですが、この枝が細くても頑丈なのです。女性のようです(誰のこと?)

   白いブーゲンビリア・ピンクのブーゲンビリアの単色はよく見ますが、白とピンクの混合ってゆうのは今回初めて見たので写真にピッと撮ってみました。
しかし!ちょっとピッと撮ったわけではなく、実はとっても大きな木・・・だったのです。


   こんな感じで・・・人の家の花だったので、なんかずっと立って観察するわけにもゆかず・・・でも大木にこのブーゲンビリアが絡みついてこうなっているのか?木そのものがブーゲンビリアの木なのか?確認することができませんでした。

   これはサイパン空港の滑走路にそりながらオブジャンビーチに行く途中の民家の庭の木です。是非、通りかかりに見て下さい。本物はもっと迫力があります。

   ちなみに私はコガシラから貰った「鼻風邪」になり、今日は鼻づまりで悪戦苦闘しております。厄介なインフルエンザではなかったので良かった・・・今、サイパンではインフルエンザ患者は居ませんが、巷では「鼻風邪」が流行っているようです。先週は私の友人も「鼻風邪」で1日寝ていたそうです。私もスッキリしたので明日は普通に元気でいられますが・・・花と鼻じゃ大違いです。鼻水をかんでいる私が花の記事を書くってゆうのもなんかな・・・と・・・・

2009年5月27日水曜日

こだわっています

   このマーク「Dolphin safe」といいます。
何種類かあるツナ缶の中のラベルにこのようなマークが表示されています。このラベルの意味は「イルカに危害を与えない漁獲方法で獲ったマグロのみに使われるマーク」だそうです。同じ海の生き物でマグロとイルカの扱いは対照的ですが、深く深く追求してゆくとじゃ牛は?豚は?なんて事になってゆくお話なので勘弁して下さい。(カシラとの喧嘩の元になったこともある)詳しくは下記のURLをご参照下さい。因みに牛や豚のことは掲載されていません。
http://dolphinsafe.gov/dsp.htm

   しかし何故にこのマークに拘りながらツナ缶を買っているのかと言いますと・・・それはまた時を遡ること20年近く前、カシラがこんなビデオを見せてくれました。イギリスBBCテレビが放送した番組です。

   ロンドンにある老朽化の進んだ水族館、経営悪化に伴い閉館することになったのです。そこには2頭のバンドウイルカがいました。水族館の閉館と同時に処分される事が決まり、それを知ったロンドン市民が立ち上がり「イルカを救おう!」と募金を募りました。予想以上に反響は大きく、募金も集まりました。2頭のイルカはロンドンからカリブ海に浮かぶターコスカイコス諸島へと空輸されました。浅瀬の海があり、体を傷つけるような珊瑚がない事等の条件から選ばれた島です。浅瀬の海にペンと言われる鉄製の枠を設置し、そこにイルカを入れ自然の海の環境に慣れさせる。最初は冷凍の魚を餌として与え、そのうち生きた魚をペンの中に放流しイルカに興味を持たせ追いかけるようにし、捕食できるように訓練してゆく。長い時間が費やされました。24時間体制でイルカを見守る・・・今度は枠を外しイルカが浅瀬の海を自由に泳ぐことができるようにする・・・採血を含む健康診断を重ね、イルカの健康状態を管理する。最終的には2頭のイルカは大海原へ返り、その後も発信機でイルカの行動を監視し2頭のイルカは島から随分と離れた場所で自由に泳いでいる。そんなドキュメンタリー番組でした。何の営利目的も持たず、イルカを自然の海に返す。それが「INTO THE BLUE」

   それからイルカに特別な思いを感じるようになりました。だから私は「Dolphin safe」を買っています。もうこれにこだわって16年ぐらいかな・・・


   サイパンでもイルカは見られます。2年前の9月にはボートに乗っていたらハシナガイルカの群れに囲まれました。去年はコビレゴンドウ&バンドウイルカの群れ(混ざっていました)に囲まれました。

   カシラは数年前に80頭ものコビレゴンドウの群れに遭遇しました。何家族が集まった群れだったようです。最初はボートの上から見た状態で、イルカと思いボートを止めて?止めてもらってシュノーケルでボートから下りたそうです。近寄って来たモノを見たらイルカじゃないことが分かり・・・80頭ものコビレゴンドウに水中で囲まれてしまったのです。ボートキャプテンもイルカじゃない事を確認し「食われるんじゃないか?」と心配していたそうです。因みにこれって歯クジラ類らしいです。手前の子はカシラを興味深く観察中だったそうです。近づかないでも近寄ってくる。そんな泳ぎ方があるそうです。カシラ曰く・・・でも可愛いですよね・・・イルカもゴンドウも・・・

2009年5月26日火曜日

夢と現実・・・

   「仕事が終わったらサンセットが見えるバーに行って軽く飲んで家に帰ろう」「休みの日はダイビングへ行こう。いいねぇ~ダイビング三昧だよ」と確かにカシラは私に言った。時は遡ること18年前・・・
  って言ったよねぇー!(語尾上げ)サンセットのその風景まで私に話したよねぇー!(これも語尾上げ)
私は写真のような風景の中で軽くお酒を飲んでいる姿を想像していたんだぁー!(叫び)でもぉ、一度もそうゆう事が無かったよねっ!(怒)とつい最近、カシラに言いました。まぁ~90年代前半はバブルが弾けた頃とは言え、サイパンはまだ観光客の数が多く忙しかったから・・・カシラが仕事を終える頃には完璧に夕日は沈んでいるし、私が仕事を終えて帰ってきても、お腹を空かせたダイバー達のご飯を作らなきゃいけなかったし・・・休みの日は昼まで寝ていたし。空腹よりも睡魔が勝つ状態で、爆睡していたし。陽が真上に昇り、部屋の気温も上昇して暑くて起きる感じ?それから陸亀のようにのっそりと起き上がり、買い物へ出掛け2・3時間もぶっ通しで買い物すればカシラはギブアップ「一回、家に戻ってコーヒー飲もうよ」と言う始末。2・3時間の買い物が4・5時間になってしまう。夕方になり、また食事を作る。カシラがその日休みでも出勤したダイバー達は家に来て、ご飯にありつくのだ・・・
   だから私はカシラが言った上記の言葉を実現させていない!って事に気がついた。
17年経った今でもその執着は深い・・・ってなわけで、ホテルのプールサイドへ行った。本当は行きたいビーチバーがあったが、そこは経済悪化の島での経営が困難になったのか?閉店してしまいました。それでホテルのブールサイドバーへ・・・しかし!ロビーを通った時に観光客の姿を見ることはありませんでした。プールを見ても誰も居ません・・・「あれ?もう時間も時間だからかな?」とバーへ行ってみるとチェーンが張ってあってお店には入れません・・・まさかの「CLOSED」ですか?ビンゴです!
   「ちょっと!いつサンセット見ながらお酒が軽く飲めるんじゃー!」と・・・翌日、クラブハウス駐車場の前でカシラは言った。「ほら・・夕日がきれいだよ。ちょっと外に出て夕日見ながらビール飲もうか?」
「まさか。。。これでチャラ?」「・・・・」
   いつかは必ず叶えてもらいましょ・・・ハッピーアワーでビールが安くなる時間、夕日を見ながら軽くお酒を飲むってこと。何かの用事で待っている時間に軽く飲んでいたら夕日が落ちる時間になったってゆう状況と「今日は夕日を見ながらハッピーアワーで軽く飲みに行こう」って言われて飲んでいるのとは全然違うんじゃー!!
   因みにこんな夢と現実もありました。
17年前、私の誕生日。8月16日・・・初めてサイパンで迎える誕生日。カシラに「誕生日なんだけど・・」
「知ってるよ。何が欲しい?何でもいいよ」と言ってくれた。夢のようだった・・・ウシシ・・・これから免税店のシャネル?ヴィトン?ちょっと難しいか?エルメス・・・ワクワク・・・「ブランド物が欲しいんだけど・・・」
「いいよ。じゃこれから買いに行こう」と車に乗り込んだカシラ。ワクワク・・・免税店行くんだから服着替えなきゃ・・・髪にブラシを通してちょっとお洒落。助手席に座り、ニコニコしながら「ねぇ~財布持った?」「持ったよ。今日は外で飯を食おう。誕生日だし・・・」「うんうん・・・」ワクワク・・・でも・・・車を止めたところはダイビング器材が多く置いてあるお店だった。「仕事で使う物を買うのかな?」と思いました。カシラはお店の人と話し始めました。その合間に「いいよ。好きなの買って。何でもいいよ」私は絶句。「まさか・・・・」「欲しいの無いの?何でもいいから買えよ」「・・・・うん、別にないな・・・」「じゃこれは?シルバーのイルカのネックレスは?」「持ってる」「じゃこれは?マンタだよ」「いらない」私の頭は噴火口。マグマはその側までせり上がって来ている。「何がいいんだよ・・・」カシラは困惑。「欲しいのないから、出よ」カシラは首を傾げながらお店を出る。「だってお前、ブランド品が欲しいって言ったじゃん」「なんで?ダイビング器材なの?」「どうして?ダイビング器材だよ・・・」「私が欲しいブランドってゆうのは、有名ダイビング器材メーカーじゃない!」「あっ!」ようやく気がついたようだ。疲れた・・・外食するご機嫌さえなく、何かをテイクアウトして家に帰った。最悪な誕生日だった。これも夢と現実だ・・・・

2009年5月25日月曜日

サイパンの午後



  午後4時の海

満潮時と重なり、穏やかな海。小さなボートの航跡は海面にラインを描き、それはいつまでも残っている。
海面を切るように進むボートの先が作る波・・・
波紋となって広がってゆく。その様子は丘の上からでも見ることができる。

サイパンの海は1日に7色の青に変化すると言われています。時間毎変化し続ける海。
午後4時頃になると、西の空に輝く太陽の光が海面に反射して青い海が銀色の海へと変わってゆく。


   午後6時30分頃・・・こんなサンセットが見られます。今が1番夕日が綺麗なシーズンだと思います。

私の友人がこんな事を言っていました。「朝日はパワーがある。日没は欠けだから何もない!」と・・・お酒が入っていたし彼女は朝日を拝む人だから、そう強く言った気持ちも分からないわけではないが・・・・
でも私はこう思う。確かに植木1つでも朝日が当たる場所と当たらない場所と比較した場合、朝日が当たる植木の方が大きくて木や枝もしっかりしているし花が咲くのも早い。でも太陽ってゆうのは朝日として昇り1日中大地を照らし、生命の源です。そんな太陽が1日の仕事を終えて日没を迎える時「何もない!」とゆうのは寂しいじゃないか?と・・・むしろ感謝じゃないのか?と・・・私はそう思う。人の生き方もそうなんじゃないのか?と自問自答したりすることもある。答えは全く出せないままでいるけど・・・

   でもこんな夕日を見ていると気持ちまで大きくなります。ってことで・・・ビール・・・

2009年5月24日日曜日

ローカル色がいい・・・

   ハワイには「レインボーシェイヴアイス」ってゆうものがありますが、サイパンにはこんなモノがあります。「フルーツ スムージー」ローカル色の強いお店がたまらくなくいいと思う。
このお店は道路沿いにあるちょっとした空き地にあります。タイヤが2つ付いていますが、よく見ると海からボートを上げてピックアップトラックで牽引する時に使うトレーラーが土台になっているのです。お店の左端にある突起部分をトラックに掛けて牽引すれば、いつでも何処へでも移動可能なお店になるんです。

   半年とちょっと前ぐらいからこの敷地内にこのお店はあったのですが、下り道からは見えず上り道側にありました。しかし、上り道であろうが下り道であろうが・・・いつも閉店状態でした。季節風が吹く11月~3月頃までは過ごしやすいし、朝晩は肌寒く感じることもあるから、あまり売れなかったのかな?気にはなっていたけど、閉店していたらお話にならないし・・・コガシラの学校送迎の通り道だから毎日通る度にチェックはしていたんですけどね。こうゆうのもローカル色ってゆうもんでしょうか・・・4月下旬からどんどん気温が上がり、今は暑い毎日です。だから開店しています。ウフフフ・・・・先日、念願だったこのお店にようやく・・・

   それは「ラウラウ」で潜った帰り道。コガシラのお迎えにギリチョンセーフだった日。汗だくなって運動場で待っていたコガシラにお詫びとして1つ。私も1つ。カシラは冷たいものが頭に入るらしく「一口でいいから・・・」と言った。私達のものを貰うつもりなんだろう。ヤダ!とも言えず、一口だけあげた。優しいと思う。アイスクリームはガンガン食べるのに、こうゆうものは苦手らしい。「スムージー」は日本でもあるし、珍しいものではないけど・・・暑い日にダイビングポイントの移動中に寄って食べたり、海の底を散策して海の話をしながら青い空の下で食べるスムージーはまた違う味じゃないかな?と思ったりします。
スムージー専用のミキサーはサイパンのホームセンターみたいな所にも売っている一般的なもの。それがまたいいのかもしれません。お店の中も清潔です。これの土台が本当にトレーラーなのか?と思う程、ミキサーを洗う小さな台所から水圧のあるお水も出るし、壁にはタイルも・・・カウンターの角にある3つの引き出しの中にはナプキンとストローが入っています。

   コガシラは「ピーチ」私は「パイナップル」を注文。カップの底にある黒いものは「あずき」ではありません。直径6mmぐらいある大きなタピオカです。
フードカラーでこんな色に染めてあるのです。お姉さんは「パールは入れてもいいですか?」と聞いてきます。「パール」とはこのタピオカのこと。真珠玉ぐらいの大きさだからそう言っているのかな?タピオカが嫌いな人はそれを抜いてくれます。
カップには蓋がついていて、真ん中に穴が空いています。そこから太いストローを入れて「チュー」って吸うんです。このストローがまた凄い・・・真珠玉大のタピオカが無理なくこのストローを通って口に・・・そのタピオカを吸うときに余計なスムージーは口には入らない。タピオカじゃなくてスムージーを飲みたかったらストローの底の部分をタピオカからずらして「チュー」ってやるんです。
   メニュー見えますか?ちょっと小さかったかな?
「すいか」「青リンゴ」「ミックスフルーツ」「チョコレート」「メロン」「パイナップル」「ココナッツ」・・・と続きますが。このメニューの中に1つだけ「?」ってものがあります・「レッドライス」ってものです。このレッドライスってゆうのは、ローカルのパーティー等で必ず作られるご飯なのです。そう・・・お米のご飯。日本で言えば「お赤飯」のようなもの。これをスムージーにするのか?それとも「レッドライス」って言うと、ご飯が出てくるのか?聞けばいいんだろうけど、後になって気がついたので今度行ったら聞いてみようと思う。
   コガシラが注文した「ピーチ」は缶詰のピーチと氷を専用ミキサーにかけたもの。ミルク系ではなく、ピーチのシロップのほど良い甘さがいい。私が注文した「パイナップル」も缶詰だけど、さっぱりとした甘さがあってスカッとしたものもあって美味しかった。それにシャーベット状になったものだけを飲むよりもこのパールと言われるタピオカが嬉しい食感となって見事にマッチしている。ヤミツキになる・・・
ラウラウの海の底で見たものを話しながら、スムージーを食べて火照った体を冷やし喉を潤し・・・サイパンから貰った幸せを感じる。午後3時30分・・・まだ太陽は高くまだ強い陽射しを放出している。
   カシラもコガシラと私からスムージーを取って食べた。「頭にはいるぅ~」と騒いでいた。ストローを通るタピオカが何とも愛らしい。口から出してタピオカを触ってみる。何故か笑えた・・・
   土曜日、コガシラのサッカーの試合があった。帰り道、またこのお店に寄ってみた。
「ママも種類を食べてお客さんに教えてあげるからさ・・・昨日とは別のものを食べて」コガシラは「オレンジ」にした。私は「レモン」でもお姉さんは「ごめんね。レモンがないの」「じゃライム」「ごめんね。ライムもないの」「じゃメロン」・・・でもオレンジもメロンも出てきたのは液体で、スムージー用のものだった。
それはミルク系のものでした。コガシラは「やっぱりパイナップルが1番美味しいと思う」と言った。私も同感だ・・・今度は「マンゴ」「ストロベリー」挑戦してみようか?もし缶詰を使わなかったらパイナップルにすればいい・・・そう話していました。
   2日間、連続で行くとさすがにお姉さんも気分が良いのか?「パール入れますか?」と聞かれ「はい」と答えるとカップ半分ぐらいのタピオカを入れてくれた。タピオカでお腹が膨れてしまった・・・
モノには限度ってもんがあるよ・・・楽しみにしていたお昼ご飯の「鮭茶漬け」食べられなかった・・・
   興味ある方はダイビングに行かれる時、1ドル50セントを持って行って下さい。スモールサイズでこの値段。量もあります。ミディアムやラージを食べたら体が南極状態になるかもしれません。
カシラに言って下さい「スムージーのお店に行こうよぉ~食べたいよぉ~」と・・・時間やスケジュールが合えば連れて行ってくれますよ。タピオカ入りのスムージー1度は食べてみて下さい。美味しいよ。

2009年5月23日土曜日

挑戦なのだ・・・

   昨日、カシラが私のPCをぶっち壊した為に修理を待っていたら爆睡してしまいました。ダイビングで海の中を走り廻った?からでしょうか・・・

   昨日の午後、コガシラを学校へ迎えに行く前に「ラウラウ」潜ってみるかぁ!ってことになり、いざ・・ラウラウと言えば多くのダイバーで賑わう場所なのに、さすがに数人しかいなくてビックリ・・・・ニュースではインフルエンザの為に国際線の運休がどんどん決定していると言っていた。サイパン線はまだそれの枠に入っていないけど、やはりその影響は強いようです。サイパンにはインフルエンザ患者の報告は出ていないけどなぁ~

   ラウラウは湾になっているから、オブジャンよりも貫けるような青さはあまり見られないけど、魚がめちゃくちゃいる。宿敵「バラフエダイ」も健在だ・・・しかし、このバラフエダイの顔は達磨に見える。
元々小さい頃から写真を撮るのも撮られるのも好きじゃなかった私。でもなんとなくやってみようかな?
今まで海に入る時は手ぶらが1番!と思っていた。しかし・・カメラを持っていると行動範囲が広くなることを知る。やたら何かを探したくなる。気に入った場所にずっと留まり動かない。この繰り返しをしている。エントリーして岩と珊瑚の根の上をフワフワと海藻のように漂っていると、カシラが「亀」を教えてくれた。岩についている藻を食べている。すぐに海面に向って泳ぎ出す。息を吸いに行ったみたい。カシラが「ちょっと先に行けば亀が戻ってくるよ」とボードに書く。亀の気持ちが分かるのか?亀の行動を熟知している。カシラは前世「亀」だったのかもしれない。

   私の目的は違うところにあったので、亀を待たずにその先へ・・・根から砂地の場所に入ろうかとゆう時に2匹目の亀を見た。「はいはい・・亀さん、お元気で・・・」とお別れをする。
数回フィンキックをすると「オレンジフィン アネモネフィッシュ」(クマノミ)が2匹、私の正面に現れた。イソギンチャクがない・・・クマノミ=イソギンチャクと思うけど、このクマノミに関してはイソギンチャクから離れて行動をすることもあるらしい・・・でも本当はちゃんとイソギンチャクは近くにあるらしい・・・
しかしこのクマノミ・・・真っ正面から見るといつも思うことがある。「ニコちゃんマーク」に似ている。わんぱくなニコちゃんマークだ・・・可愛いけど、笑いが止まらない。だからこのクマノミに関しては正面から現れて欲しくない・・・・威嚇している感じだったから、卵があったのかもしれない・・・・とカシラは言う。でも私はわんぱくなニコちゃんマークが泳いでいるようにしか見えなかった。

   その後、砂地に下りてヘロヘロしているとカシラが岩を指さした。ボードに「タイマイがいる」と・・・
「あ!べっ甲の・・・」ヤダヤダ私。でもそのタイマイの姿が面白かった。悪者に追われて何かに身を隠してジッと相手が気付かずに通り過ぎるのを待っている俳優さんのようだ・・・その背後から近づく悪者になろうと思っていたが、カシラに腕を引かれた。「脅かしちゃいけなんだ。そういえば・・・」と亀が進むであろう場所へ行く。そこでタイマイがどうして岩に身をひそめていたのか?よく分かった。3人のダイバーがその側に居たからだ。5mぐらいしか離れていないのに、3人のダイバーは全く気付いていない。
タイマイと私は距離を置きながらもダイバー3人の横を通過する。でも全く3人のダイバーは気付かない。なんかお客さんが可哀そうになってくる・・・タイマイだよ・・・近い距離だよ・・・(写真はタイマイ)
   
   
   いつも思うのです。このイソギンチャク。
先の丸っこい部分に目と口があって、ギャーギャー騒いでいたら凄くうるさいだろうな・・・って。でも私はこのイソギンチャクが大好きで、ここで15分程遊ぶことができます。ホントに変った趣味だと自分でも思います。

   「遅刻だ!遅刻だ!」カシラがボードに書いた。コガシラを迎えに行かなきゃ。時間オーバーするとペナルティで3ドル払わなきゃいけない。さっと陸へ上がり、さっとウエットを脱いで、さっと車に乗って帰ったのでラウラウの余韻は味わえなかった・・・
学校に着いた。ギリチョンセーフ!コガシラは既に校舎から出され、運動場で汗だくになりながら待っていた。「ごめん、ごめん」「あぁ~いいね。ママは海の中で涼しくて、あぁ~喉乾いた・・・あぁ~水飲みたい」嫌味連発された。「ごめんって言ってるじゃん」と逆ギレ。「待っていたのは僕だよ!」「へいへい・・すみませんね・・・スムージー買ってあげるから許して」と立ち寄ったスムージーのお店。スモールサイズで1ドル50セント。パイナップルとピーチの2種類を買った。しかし!お金を払うのを忘れた・・・お店の人に「お金まだなんだけど・・」と言われ「あ!ごめんなさい」と3ドル払う。コガシラは「ったく・・恥ずかしい。昨日のガソリンスタンドといい、今日といい・・また窒素溜まってるんじゃないの!」「かもね・・・」と冷たいスムージーと潮がついた体に満足して帰ったのでした。

「カメラ、初めてだけどそのわりにはどう?」とピンボケの十数枚を隠してなんとなくOKかな?と思う写真だけを見せた。「何も考えてないで撮ったわりにはいいんじゃないの・・・」と言われた。ムカッ!
「何も考えてないってのは定番だけど、写真撮ってるときは考えてるよ。魚が気持ち良さそうだな。とかイソギンチャクって何を食べて生きてるのかな?とか」・・・何かを考えていてもその考えている事がどうもピンボケらしい・・・・

2009年5月21日木曜日

1人で楽しむ海の底

   久しぶりに海。ダイビングへ。
大好きなポイント「オブジャンビーチ」青い海の色と白の砂地。砂の上で寝そべるようにじっとして沖の青さに目をやると、そこに人魚が通過してゆくような気分になるのです。
コガシラを学校へ早い時間に送り、そのままオブジャンビーチへ!8時30分頃にポイントに到着。もうさっさと用意して目指すは海。誰も居ません。セキュリティーのおじさんだけがぼんやり暇そうにしている。
「インフルエンザと経済不況はサイパンにも大きく影響しているが、ダイビングポイントに人が居ないとゆうのは寂しいもんだな・・・」と思う。
まぁ~そのまま岩を超え珊瑚を跨いでエントリーへ。ぼんやりする・・・この海の色は気持ちまで大きくしてくれる。魚もわんさかいるが、目指すはブイよりも先の青い世界。
   大好きな場所「チンアナゴ」の群れの砂地。私はここで遊ぶことが多い。そっと近づき、どこまで寄れるか?いつも挑戦している。今日は意外に近くまで寄れたような気がする。相変わらず用心深くて可愛いヤツよ・・・煮ても焼いても食べられないようなスリムなボディにドングリのようなつぶらなお目目は最高に可愛いと思う。流れてくる食べ物を一生懸命食べている。私はここで30分以上過ごせる自信がある。砂地に這いつくばって「チンアナゴ」観察は時間を忘れてしまうのです。変わった趣味かもしれないと思う。
   カシラが私を呼ぶ。何かと思えば私の後に亀がいた。砂地に生えた海藻を食べていた。朝食のお時間かしら?前足を砂地についてドカンとした姿で海藻を食べている。私はその姿がどうしても「海ガメの腕立て伏せ」としか見えない。ブーっと笑いが出てしまう。亀さんの横にも別の「チンアナゴ」の群れがある。まるで畑のよう・・・「チンアナゴの畑」の真ん中を何やらノッソリと歩く物体。
高さ10cm程のタカセ貝を家にした「ヤドカリ」がいた。「可愛いぃ~」レギュレターがぶっ飛ぶ程叫んだ。アナゴの群れの中をゆっくり歩く大きなヤドカリ「さすらいのヤド次郎」とでもネーミングしたいぐらいだった。「ヤド次郎・・・イズコヘ・・・」と問いかけてみたくなるその姿。ボーッとしてただひたすらに歩くヤド次郎。まだクマノミも見たいので、ヤド次郎とはこのへんでお別れだ。今度は何処で会えるんだろう?
   バラクーダの「クダ男」に出会った。「クダ男」はオーシャンクラブでは有名なヤツ・・・・でも前に聞いていた「クダ男」は老魚で、歯はガタガタ。肌にも艶がないらしい。傷もあったそうだ・・・でも今日のバラクーダは肌にも艶がある。歯も健全そうだ・・・「2代目クダ男」なのだろう・・・
   潮が変わってきた。カシラがボードに「これは下げ潮の流れ。アサシオじゃない。ドスコイ」と書いてきた。相変わらずのオヤジギャグだ・・・いただけない。
   珊瑚畑の岩の隙間に「ドクウツボ」がいた。凄い目力で私を下から威嚇するように見ている。
「売られた喧嘩は買おうじゃないの!」って思う。でもあの尖がった口・・・「すみません」とヤツの上を泳ぎ過ぎる。しかし、納得できないな・・・カシラを連れてその場所へもう一度行ってみる。「売られた喧嘩、買うよ!」とカシラを前に出させる。私はカシラの後からドクウツボを睨みつける。「ドクはないけど、ドクウツボ」カシラが水中ノートに書いてくれた。「そうなんだ・・・」それを聞いて私は前に出る。ヤツは少し体を岩場から出してきた。「さようなら・・・」強いフィンキックをした。
   ナポレオンの子供に会った。しかしヤドカリのインパクトが強すぎる。今日は1日、ヤドカリのヤド次郎で頭がいっぱいだ。さすがに長い時間海で遊んでいたせいか?エキジット間際で寒さを感じる。
「おぉ~さむっ!」海から出て駐車場を見てみるが、誰もいない・・・帰るとするか・・・
振り返ってみるオブジャンビーチ・・・何国の真夏が始まったマリアナブルーの海が眩しい・・・・
    コガシラをお迎えに行った。「今日ダイビングどうだった?」と聞かれた。「それがさぁ~ヤドカリのヤド次郎がいて・・・めちゃくちゃ可愛いんだよ。ボーッとしてガーデンイールの群れの中を歩いているんだよ・・・」「いいなぁ~僕も行きたかったな・・・」「車のガソリン入れて行くから・・・」「うん・・・」ガソリンスタンドに入る。給油してもらう前にカバンから財布を出してお金を渡そうとした。「30ドル分」と・・・しかし!
財布を忘れた。「ごめんなさい。財布忘れた。今度また来るよ」・・・ロカールのお兄ちゃんは笑いながら「OK・・・」と言ってくれた。家までガソリンがもつだろうか?ちょっと不安になる。コガシラの一言でその不安も吹き飛んだ「ママ・・・まだ窒素が残ってるんじゃない?」「ハハハ・・・」

2009年5月20日水曜日

2番目の感動

   サイパンに来て17年。この島に来て2番目に感動したのはこの景色。冒険ドライブの途中に通ったキャピタルヒルの坂の頂上。坂を上りきるとこの風景が見えたのです。「す・・凄い・・・何この景色!いつかこの辺に住みたい」とカシラに興奮して話したのを覚えています。サイパンに来てまだ間もない日のことでした。

   「いつかこの辺に住みたい」と言った願いが叶ったのはそれから約2年ちょっと。この通りから少し左に入った場所に住んでいます。コガシラが生後3か月の頃に引っ越し・・・コガシラは現在14歳。長い間この場所で暮らしています。

   1番目の感動はサイパン行きが決まり、まだ日本で仕事をしていた頃、休暇を取って島に来て遊で帰る日。夜中に空港へ向かう途中、海沿いを走るビーチロードをカシラに送ってもらった時・・・西の空に大きな満月が蛍光灯のような明るさで輝き、海面には月の金色の光の道があり、波に濡れた海岸の砂まで金色にキラキラして車中まで伸びてくるような・・・そんな景色。

   今日の天気は最高に良くて青い空が広がって陽射しも暑い・・・コガシラを学校へ送った帰り、17年前に見て感動した場所を通った。いつも通る場所なのに、今日は何故かあの頃を思い出して懐かしくなった。11月には連邦法が入って移行期間の2年が過ぎたら、日本人を含む外国人労働者はどうなるのか?分からないから、今は目に入る風景を愛しく感じる。
午前11時。この場所へ行った。車を止めてカメラの用意をしていると遠くからサイレンの音が騒音となって聞こえてくる。パトカーが見えた。青いライトを点滅させてサイレンを鳴らしている。その後をハーレーのバイクが10台ぐらいグループになって走っている。バイク団体の後にまたパトカーが・・その後にもパトカーが・・その後に消防署の車が・・その後にもパトカーが・・・十数台の行列となって続いている。
「何が起こったの?何なのこれ?」カメラを持っていても何か異様な雰囲気でカメラを向けることができない。警察官は若い人ばかりが運転している。だけど、最後の方になると運転している警察官が30代~ぐらいの中堅警官となった。するとその警察官達は私を見てニッコリ笑い手を振っている。ある警官はマイクを使い「Goodmorning!Goodmorning!」と言いながら私を見て手を振っている。その後の警官は窓を開けて大きく手を振ってくれる・・・カメラを持ちながら私も警察官に手を振ってしまう・・・
これが警察官でなかったら「ナンパ野郎だ」と思って無視するところだが、やはり警察官には曖昧な愛嬌を振舞ってしまう。でも十数台のパトカーが一斉にサイレンを鳴らすと騒音だと思う。
騒がしいパトカー行列が終わった後、何故か微笑ましかった・・・やっぱりサイパンだな・・・と思う。
今日のこの行列?豪列?も騒がしい&陽気な警察官としてなんか心が微笑ましく思えるのは、感動とは言わないかもしれないけど心が動くとゆうか軽くなるとゆうか・・・でもパトカーとハーレーの団体はある意味見ない風景だから感動ものだろう・・・
サイパンに来て何度目の感動だろう?忘れちゃった・・・人の出会いも感動を教えてくれるし、海の中でもタウタウモナ(妖精)が宿る大きな木も・・・いろんなもので感動できる島なのだ・・・・

2009年5月16日土曜日

島の学校

   これはサイパンの公立学校。サイパンには幾つもの公立学校と幾つもの私立学校があります。
公立学校は基本的には地元サイパンの子供達が多く通っています。低いトタン屋根、サイパンの学校らしい建物です。このトタン屋根、雨が降るとうるさいぐらいな音をたてますが、その雨音が海に囲まれたサイパン情緒にも思えたりします。
子供達は黄色いスクールバスで登下校をします。島のバスと言えばスクールバスだけ。公共の路線バスはありません。写真は島の北の地区にある公立学校の校舎です。

   コガシラが通っている学校は私立なので、スクールバスはなく親が送迎をしなくていけないのですが、朝の慌ただしい時間は公立学校のスクールバスシステムが羨ましく思うのでした・・・・

   私も初めて公立学校の敷地内に入ったのです。それはコガシラが最近になってサッカーチームに入りました。そのチームが練習している場所・・・それがこの公立学校の校庭なのです。
芝生の広々としたグランドの先には青い海が広がっています。校庭から校舎を見ると、その裏には岩肌がちょっと出ている山が見えます。練習時間は全ての生徒が下校した時間だけど、子供達の声や走る姿の残り香がその校庭や教室の1つ1つから感じられ、またサイパン特有な家の生活風景も見えてきます。

   サッカーチームもローカルの子が多いのですが、コーチを待つ時間・・・ウクレレを弾いているのもまたのどかな風景。自主連って発想がどうもないらしい・・・
しかっし!コガシラが蹴ったボールはゴールネットの枠に当たり、そのまま海へドボン!ボールを拾いに泳いでいった・・・・凄い球拾いである。ベタベタになりながら、潮水ふりまいてグランドを走るコガシラ。サッカーの上達はあまり関係なく、そんな体験をすることがまたサッカー上達よりも貴重な経験になるだろう・・・と思う私なのでした。因みに泳いでボールを拾いに行った時、練習は中断されローカルの子供達とコーチはビーチで「行けぇ~」「KAI!もっと早く泳げぇ~」と笑っているのだった・・・因みにこの日は風もあり、水面を見ても流れていたのでコガシラはボールを追いかけ、かなりの距離を泳いだのでした。ビーチに上がってきたコガシラの肩を子供達がポンポンと叩き笑い合う。サッカーの練習はこうして過ごされるのでした。次に海へボールを落とすヤツは誰だ?

2009年5月12日火曜日

頭皮から汗

   「暑いよ・・・暑い」友達に会えば必ず「暑い」と言うシーズンになってきました。北東から吹く季節風もいつの間にか止み、太陽のギラギラ光線も肌に焼きつくこの頃。こうゆう頃になると唐辛子が効いた食べ物が欲しくなる・・・・
   今日友人と電話で話していると「メニューにない鍋を作ってくれる韓国料理のお店があるよ」と言うんです。「何?何?」グイーッと彼女の話に飲み込まれる。「一緒に行こうよ」とトントンと話しが進む。
   いつもなら韓国料理って「焼き肉」が外せなかったけど、こうゆう鍋を食べるのもいい。
さて、この鍋の名前・・・「キムチカルビチム」と言うらしい。「キムチカルビって言うだけで分かるよ」とお店の人が教えてくれた。しかし、簡単な名前でもあるけど味はかなり深い。大量のキムチが入っている。しかし、このキムチが凄いのです。長い間漬けておいて熟成させるらしい。箸ですっと切れる牛肉のダシと熟成して甘みのあるキムチの味が混ざりとってもあっさりでコクがあり、すぐに辛みを感じることはないけどジワジワと頭皮から汗が出てくる。それに気が付くと喉の奥からジワーっと辛みを感じてくるのです。美味しかったぁ~嬉しいことに味も良かったけど、4人でこの鍋とチジミ・ビール1本・コーラ1本とご飯4つで40ドルでした。味に負けないぐらいこれもまた良かった・・・・
   今度、みんなで一緒に食べに行こっ!美味しいよ・・・

2009年5月11日月曜日

買ったものではありません。


   昨日は「母の日」こんな私にも「母の日」がやってきたのです。コガシラは14歳。私のことを「お母さん」と呼びたいと言っています。私にはどうも「お母さん」と言われる程の自分ではなく、コガシラに「お母さんなんて言わないで。返事しないよ」とつい言ってしまいます。人としてまだ地に足もつかず、母として七転八倒の日々。「お母さん」とゆう響きの中に、私の母の存在は大きく・・・母のようになれない自分が「お母さん」と呼ばれることに激しく抵抗をするのです。
しかし!そんな私も「母の日」は重要視したい。感謝もされたい。そしてそれ以上にプレゼントも欲しい。因みに私は「母の日」のプレゼントも誕生日のプレゼントもカシラとどうゆうわけか結婚したが、結婚記念日のプレゼントもその日の前後半年受け付ける態勢をとっています。まぁ~そんな事はさておき・・・・
   昨日は最近になって私に弱みを握られたカシラはご機嫌取りも兼ねホテルの鉄板焼きに連れて行ってくれました。「母の日特別お値打ちコース」が設定されていました。嬉しいことに、女性客(母として見なされた者だけ)に「CHANEL」試供品オードトワレ3種類各3本づつがプレゼントされました。それだけでも気分良かったのに、ホテルオリジナルのTシャツも貰いました。そして、最初に席についた時に私とカシラに「ラッフル用くじナンバー」が渡されていたのですが、食事を終えてワインも飲み放題だったからシコタマ飲んで満足しているところに、スタッフの男性が「グランド プライズ!」と「CHANEL」の黒い袋を下げてみんなに見せて廻っていました。
   「どうせ当たらないよ・・・クジ運悪いし・・・」と期待はせず、食事を済ませ違うテーブルでアイスティーを飲んでいると・・・カシラのくじのナンバーを叫びながらスタッフが近寄ってきます。「ぎゃぁ~当たった!」ワインの酔いも回っているが・・・私には「CHANEL」の袋しか見えず、その袋が私の目の前にやってきたように思えるぐらい宙を舞っている気分になりました。「ガハハハ・・・・」当たった・・・
因みに煌びやかに並ぶ「CHANEL」の横に白ワインがありますが、これは私のナンバーで当たったものです。我が家は2つも当たってしまったのでした。
   早速その場で震える手で黒い袋から金色の箱を出してみると・・・
4色アイシャドウ(因みに欲しかったブラウン系)&それに合わせた色の口紅&リップグロス&オードトワレ(試供品じゃない)が入っていました。「えぇ~こんなにも!」横でカシラが微笑んで「良かったね」と言っていました。「うん!良かったね。鉄板焼きの元が取れて」と可愛くない一言をさらりと言って「ありがとう」と言うことも忘れませんでした。そこで考える・・・「日頃の行いが良いのか?」「運を使い果たしてしまったのか?」前者にしておこう・・・でないと、この先が怖い・・・
   でも本当はシャネルよりもカシラとコガシラが私の為にしてくれた事が凄く嬉しかったのでした。CHANELはおまけかな?因みにコガシラは「お手伝いクーポン」を作ってくれました。
家のある場所にそのクーポンが隠してあり、1枚の紙に場所のヒントが書いてあり、そこへ行くとまた違う紙があり・・・その紙にはまた場所のヒントが書いてあり・・・その結果、酔っている私なのに1階・2階を何往復もさせられたのでした。最後にクーポンを見つけて読んでみると・・・
①マッサージ50回 ②洗車5回 ③家の掃除10回 ④おつかい(近所のマーケットのみ有効)30~50回 ⑤その他何でも50回クーポンでした。
想像するに・・・全て期限付きでクーポンを使おうとした時には「期限が切れてる」と言われると思う。それか使おうとしているマッサージ・洗車・家の掃除は1回ではなく1分で1枚切られそうな気がする。
おつかいを頼めば、自分のジュースも買ってくるだろう・・・使えないじゃん・・・
   でも昨日は本当に楽しかったし嬉しかった・・・女王様みたいになれた日(普段からも?)
こうゆう日があってもいいですよね。因みにここの住人(大家さんとその娘婿とカシラ)は言います。
「女が強いのは世界共通だ」と・・・・やはり昨夜はここの住人、みんな家には居ませんでした。今日は住人の女性はニコニコしていました。旦那さんは一安心の表情・・・分かりすぎ。

2009年4月30日木曜日

なんだぁ?サイパン・・・

   今朝からニュースを見ていました。「豚インフルエンザ」・・WHOが「フェーズ5」に引き上げたことを知る。世界的に広がるのか?かなり不安・・・でも「サイパンには患者は確認されていないから」とゆう理由で「フェーズ4」扱いらしい。ちょっと待ってよ・・・WHOは各国の警戒態勢を整えろと指示を出しているのに、サイパンだけはOKなんて事はないだろう?サイパンらしいとゆうか、危機感がないとゆうか・・
まぁ~個人的に「フェーズ5モード」になっていればいいんだろう・・・と思う。サイパンのノンビリモードはこうゆう場合は無視。

   「豚インフルエンザ」のニュースを最初に聞いた時、数年前の「サーズ」を思い出しました。
実際にスペイン風邪・アジア風邪・香港風邪を知らない私には「サーズ」の印象が強いのでした。あの時は空港感染を恐れて観光客がどこの国も激減しました。私の伯父が中国に単身赴任していまして、親族がかなり心配して大騒ぎでした。伯父は仕事で大事な時期でもあったようで、中国に残っていました。サーズが沈下して伯父に会った時に「もしサーズの症状が出たら・・・って事で、中国の病院を下見しておいた。その時思ったよ・・・土下座してでも航空会社に頼んで日本に帰りたいって」と笑っていましたが、伯父はその危機を健康体で脱出し冷静な声で言いました。「中国から帰ったなんて言ったら、ご近所にも迷惑かけるしな・・・」と。公私共に責任感のある伯父は英雄のようにも見えたけど・・・・
この場を借りて一言・・・「M兄ちゃん(伯父のこと)インフルエンザ、中国やサイパンで患者が出たらどうする?検疫で土下座する?それとも航空会社に土下座する?でもそうなる前に早いところ日本に帰った方がいいよね」お互いに外国で暮らしているんだから、健康管理には本当に気をつけようね・・・

   ニュースではこのウイルスが強力になるのか?弱くなるのか?どっちなのか今の段階では分からないと言っていたが・・・早く消滅して欲しい。怖いよぉ~

2009年4月21日火曜日

憧れのジャマイカ

   この2週間程前から暑さが増してきました。何度もブログに書いているけど、南の島も季節みたいなものがあって「冬」にあたる月はやはり暑さも和らぎ、太陽光も弱くなります。が・・・ここのところ、光も強ければ暑さもドカンです。少しの運転で陽にも焼けるってな具合です。

   こんな時は温かい飲み物よりも冷たい飲み物の方が絶対にいい!はずですが、カシラはどんなに暑くてもコーヒーはホットに限るようです。サイパンには残念なことに美味しいコーヒー豆がありません。
お水も美味しくないから、美味しいコーヒーを飲むことを諦めている人達も多いと思いますが・・・実は美味しいコーヒー豆をゲットすることに成功!友人と一緒にアメリカからメールオーダーしているのです。サイパンで買うよりも安く、美味しいコーヒーが飲めるのです。

   商品のリストを見ていると「ジャマイカコーヒー」を発見。カシラは20年前にジャマイカへ行き、キングストンにてレゲエのお兄ちゃんに「ヘイ!兄弟!」と声をかけられ、レッドストライプを飲み、ジャマイカコーヒーを飲んでから強烈なジャマイカファンになった様子。私はジャマイカコーヒーの美味しさを聞くよりも、レゲエのお兄ちゃんが「ヘイ!兄弟!」と言ってからどんな会話をしたのか?の方がとっても興味があるのですが・・・まぁ~とにもかくにも、ジャマイカで飲むから美味しいのだろう。と思い「そんなに美味しいなら私はジャマイカで飲みたい」と発言。「あとバリコーヒーも飲みたいから、バリで飲みたい」ブルーマウンテンもブルーマウンテンで飲みたいと言いそうになったが、ブルーマウンテンなんて山はない・・・おっと口が滑りそうになった。
しかし、このジャマイカコーヒーハーフポンド(200g)で35ドル。恐ろしく高い代物です。どうやら特別なコーヒーらしい。天日干しで何かローストするまでの手法があるらしい・・・

   でもやはり、私はコーヒーの話よりレゲエのお兄ちゃんに日本の煙草をせがまれレッドストライプを飲みながら何を話したのか?興味がある。想像してしまう・・・何やら小屋のようなバーで「HEY!Brother!What's up man~」とか言われたその瞬間、世界が全てパラダイスになったんじゃないか?と・・・因みにその時の私へのお土産は金属アレルギーの為、耳に穴を開けることができなかった私なのに・・・リアルな魚(一夜干し風)のピアスでした。使えん!ってば・・・例え穴があっても一夜干し風の魚のピアスは用途に困る。

   でも私・・・ジャマイカへ行ってみたい。スティールドラムってバハマ?まぁ~いいや・・そんな音が横にあって海を見ながらボケーっとしてみたい。あぁ~どこまでもボケーっとできれば幸せだ・・・

2009年4月14日火曜日

復活祭で・・・


   今年の「復活祭」(イースター)は4月12日、日曜日。この「復活祭」とは十字架にかけられたイエス キリストが三日目に復活した「復活の主日」とされる日だそうです。この復活祭は毎年春分の日の後の最初の満月の次の日曜日。として決められている為に固定した祝日ではなく、毎年その日が移動するのです。今年は4月12日・・・

   午後2:30~始った神聖な祝いは地元の名士でもある友人の家の大きなテラスで始まりました。写真はそのテラスから撮ったものです。その家に行けば必ず出会う人達もいました。子供も大人も合わせて二十数名が結集。七面鳥・ハム・BBQがありそれぞれに持ち寄った料理が並ぶ。私はコロッケを約50個と炊き込みご飯を作って持って行きました。それと日本酒を2本・・・実はコロッケ、大人も子供も大好きなものでポテト大好きなアメリカ人にも地元の人達にもオオウケだったりします。炊き込みご飯を作った目的は・・・この家のお母さんに食べてもらうためでもありました。前にお会いした時にめちゃくちゃ感動したおばあちゃん・・・
戦争前のサイパンは日本人が移住し砂糖きびで経済が成り立っていたようです。そして地元の人達にも日本語教育がなされていたのです。だから86歳になるおばあちゃんは日本語がベラベラに話せるのです。肌が白く白髪でベビーパウダーのような柔らかくて甘い香りがするおばあちゃん。目は青くとっても肌が綺麗で品があって、優しい笑顔で日本語を話してくれました。そのおばあちゃんの為に炊き込みご飯を作ったのです。おばあちゃんは耳が遠いけど、完璧に私の日本語を理解してくれて「私の為に?私の為に?」と何度も言って私の頬に手をあててキスをしてくれました。おばあちゃんの甘い香りに心が癒される。「私はお肉よりもお魚が好き・・・日本のお魚は美味しいね」と言ったおばあちゃん・・・急いでその家を出て自宅に戻り、冷凍で買ったシメサバを取っておばあちゃんに渡しました。私はこの出会いをとっても誇りに思っています。

   全ての準備が整ったところで「復活祭」の始まりです。
みんな手を繋いで輪になってお祈りをする。残念なことに私達はクリスチャンじゃないので何をどう言っていいのか?分かりませんが、その輪の中では確実に神への感謝と人との繋がりを感じました。そこには宗教の違いこそあれ「戦争」とは無縁な人の穏やかな人生を感じました。

   この神聖な儀式が終わると大人達にお酒が入る時間。お酒の量と共に狂喜乱舞と化してゆく・・・
特にこの5人はどんな時でもグラスを離すことはなく、シャンパン・ワイン・・・がどんどん空いてゆくのでした。ブレイクで日本酒を飲む・・そのような時間が続き、挙句の果てには家にあるバスケットコートで10代の女の子を相手にバスケをやるしまつ・・・
年齢とお酒で息切れしながらも奮闘・・・惨敗だったけど、千鳥足でバスケをするこの5人は凄いパワーだった・・・「今日、私ブラジャーしてるから大丈夫。できるわ!バスケ!」と大声で騒ぐママ・・下にタンクトップを着ていた私の肩から服をずらし「キャーノーブラなの!ノーブラよ!」と大声で騒がれ「ノーブラじゃないよ。ちゃんと着てるよ!」と胸の部分を少しずらして見せる私も私だが・・・バスケ前の会話に男性陣もタジタジのようだった・・・・が、全くその存在すら認識していなかったのが事実。翌朝、バスケ中につき指をしたであろう小指が腫れているのに気が付く。

   イースターと言えば「エッグハント」卵の形をしたケースの中にキャンディーを入れて庭のそこらじゅうに隠し、子供達に探させる・・・生意気盛りの反抗期に達しているティーンエイジャーが必死にその卵を探す姿にまだまだ子供だな・・と安心する。

   楽しいイースターでした。素敵な仲間と出会えた事・・・「神に感謝」アーメン・・・・

2009年4月8日水曜日

思う事は多々あれど・・・

   約2か月のサボリからようやく立ち上がり・・・「止まってる」と言われ続け、それでもブログを書く事をしなかったのでした。先日、6月から導入される予定だった連邦法が11月に引き延ばされ11月28日からの施行となったのです。「少し生きながらえた?」なんて思う程、みんなこの連邦法には1年前からナーバスになっていたのでした。戦うにも戦えない・・頑張っても頑張りきることができない。「法律」ですからね。それに従うしか方法はありません。相手は大国アメリカ合衆国です。

   92年11月にこの島に来てから・・・随分と長い月日を送りました。でも覚えているのは最初の1年ぐらいかな?連邦法に基づき、整理したい思いやスッキリしたい心に引っ掛かっている事をまとめたらナーバスになってしまったのでした。

   これからどうなるのかな?

2009年1月18日日曜日

ピラティス始めました・・・

   今年中に体を鍛えようと思っていた矢先・・・友人から「ピラティス」に誘われました。ホテルの中のジムでインストラクターがついて1時間みっちり教えてくれます。
ピラティスとはご存知の方も多いでしょうけど、呼吸法を重視したエクセサイズのようなもの。西洋のヨガとも言われているようですが、マットの上で腹筋を中心に呼吸をしながらバランスを整えてゆくもののようです。実際にかなり「吸って・吐いて・・・」を何度も言われます。体を動かす内容はよくある足上げだったり、腹筋だったりするのですが呼吸を大きく正しくすることを意識しなければなりません。

   1クラス7人。1日に2クラスあるかないか・・・クラスが終わりチェックアウトする時に次の予約を入れるのですが、私の次回のクラスは29日。かなり待ちます。でもその間は、ランマシーン等のあるジムで体を絞ることにします。

   まぁ~ここまでは上辺のお話。実際にはティラピスのマット運動ではかなりきつい状況に陥っています。来ている人達はアメリカ人が殆ど・・・インストラクターもアメリカ人。日本人の女性の方もいらっしゃいますが、全て英語でございます。まったくチンプンカンプン&勘で体を動かしているようなもの。何を言っているのか?理解していると呼吸法を忘れてしまう・・・あっちゃぁ~です。
「インヘイル・・・エクスヘイル・・・」なんて言葉が飛ぶ度にあたふたと「吸って・・・吐いて・・・」を必死で繰り返す。2回行ったのですが、初回はアメリカ人の陽気なおばちゃん達。「恥ずかしがらないで、もっと前に来て一緒にやろうよ・・・」と白髪のアメリカ人おばちゃんに推される・・・2回目は横にマットを並べたアメリカ人の初老のおばちゃん。私よりも体が柔らかい・・・「うっそ!」と思いながら横眼でチラリ・・おばちゃんも私を横眼でチラリ&ニッコリ・・・「負けた・・・」アメリカ人のおばちゃん達はパワー全開だ・・・
さすが、エクセサイズの好きな国民だと思う。

   機械を使った運動もあるようですが・・・これに関しては予約が取れません。この間、そのクラスの人達もいたのでメンバーを見てみるとやはりアメリカ人ばかり。男性2人、そして初回に「恥ずかしがらないで、こっちにおいでよ・・・」と前に出してくれたアメリカ人のおばちゃんもいた。凄いパワーだ・・・この機械運動に関しては、見ているだけで腹の筋肉が縮みあがるようなものだった。

   因みに2回目のインストラクターはアメリカ人。50代前半か40代後半か?体はスマートとは言えないし、足も太いし腕も太い・・・「まさか・・・」はっきり言って西洋のおばちゃん体型である・・・が・・・
めちゃくちゃ凄い体は柔らかいし、腹筋の力も凄い。静かに状態をゆっくり起こし、静かにゆっくりと、確実に状態を倒してゆく。綺麗な体の動きに超びっくり・・・・

   でもこれは病みつきになりそうですな・・・今まで使うことのなかった筋肉だろう。痛い・・・でも心なしか2回のティラピスだけでも背筋が伸びたような気がします。姿勢が良くなったような・・・そして家に居る時も下腹部の内に力を込めて意識しているし、何故か?今まで着ていたパンツが少し緩くなっている。
ガハハハ・・・頑張ろう。

2009年1月12日月曜日

感じだけでも・・・

   なんかボケてしまったけど、昨夜とゆうか今朝方の月です。
昔から月の光は好きだったけど、日本ではゆっくり見ることもなく過ごしていたし大人になって街で働くようになってからは「月」の光さえ感じることもない街の中で友達と飲み歩いていたっけ・・
17年前の6月。やっと休暇が取れてサイパンに下見を兼ねて5日間遊びに来た時、やはりこんな月夜でした。夜中便で到着して海沿いの道を走ると満月がポッカリ海の上に浮いていて、海面がキラキラして・・・別世界に来たみたいでした。
   
   目ざましを午前3:30にセットして11時に睡眠。興奮していたのか?2:00に目が覚めてしまい、ずっと眠れることができない。午前3:30になっても月はまだ西のフィリピン海の上にまで移動していない。4:30にセットし直す。でも眠れない・・・
今回の月の軌道は寝室の窓枠から月が見えるようになると、水平線に落ちてゆくまでの月を窓1枚の広さで見ることができるもの。我が家もクラブハウスも西側に面して建っているのです。
  
  昨夜、お客様に「寝室の窓のカーテンを開けて寝ると寝ながらにして月光浴ができるよぉ~」と話しておきました。お客様も「夜中に絶対に起きて海と月を見る!」と言われていましたが、どうかな?後で聞いてみよ・・・・
   結局、カメラの中で海と月が同時に入れることができる位置になったのは午前5:40・・・・
2:00~ベッドでゴロゴロしてウトウトして、またゴロゴロして・・・今は頭が朦朧としています。眠い・・・
   とにかく綺麗です。でもかなり眠い・・・言葉が出てこないので、今日はこのへんにしておきます。

2009年1月10日土曜日

お肌の曲りかど。ならぬお体の・・・

   「お肌の曲りかどじゃん」と25歳の時に超無神経な男性に言われたことがあります。20代にしてそうゆう事を男性に言われるとカツン!とくるのは当然。しかし40代になった頃から「私はシジュー代」と開き直り、ここでも公表しています。逆に30代の頃はやけにサバヨミをしましたが・・・
何故か「私はシジュー代」と言い放つのもイサギヨイ感じがして妙に言ってみたくなったりもします。
友人に言わせると「それは恥も無くなっておばさんってことなんだよ」と言われました。そうかも・・・

   さて・・・今年の目標を確実に遂げようと、昨日から再度ジムへ通うことになりました。RUNマシーンでウォームアップ(坂道設定にして早歩きから開始)ヒップアップ目的。次は走り、これは骨盤あたりについている鬱陶しいぜい肉処分。30分続け、次はマシーンを使って腹筋・背筋・太もも・二の腕の絞りコース・・・横にアメリカ人のおじさんが居て、何故か競争になるのでした。おじさんも私を見る。私もおじさんを見る。最後には笑って力が入らなくなる・・・楽しいジム時間でした。普段は孤独になってしまうけど・・・本当はこれを2セットすると余裕で2時間以上はかかるのですが、昨日は久し振りのジム。ここで頑張ってしまうと朝筋肉痛で大変だ!と思い、初日は1セットにしておきました。
でも汗をかくって凄く気持ち良いです。

   朝になり筋肉痛がありません。「なんだ・・・私ってば、まだいけるじゃん」お風呂のタイルもサンドペーパで綺麗にする余裕・・・腹筋50回やっても全然大丈夫!
でも夕方になり夕飯の準備をしていると・・・腹筋・二の腕・脇・・・足。めちゃくちゃ筋肉痛!反応が遅いってことはやはりそうゆう事なんだそうです。げっ!40代にしてお体の曲りかどに入ったことを実感。

   でもこの筋肉痛の時に絞りこむ拷問的なトレーニングをすると翌日歩けなくなる・・・とゆう事を以前経験したことがあります。でも筋肉痛って嫌いじゃない。「ちゃんと筋肉があるって事?脂肪ばかりじゃないんだ!」って変なところで自信がついたりします。なんか変な納得だな・・・

   「目指せ!20代」ハードルは高いけど、22歳の姪に対抗しようと思います。